フレディ・M・ムーラー特集<マウンテン・トリロジー>



ダニエル・シュミット、アラン・タネールらと並んで、"ヌーヴォー・シネマ・スイス"の旗手と称されるフレディ・M・ムーラーの代表作『山の焚火』(1985)、そして、10年後に『山の焚火』へと連なることになるドキュメンタリー映画『我ら山人たち』(1974)、放射性廃棄物処理場の賛否に揺れるアルプス山間の住人たちを追った『緑の山』(1990)の3作品が"山映画3部作"<マウンテン・トリロジー>として特集上映される。

若き日のムーラーは、多くの実験映画を作ることで映画作家としてのアイデンティティを模索する中、20歳の時にロバート・フラハティの『極北のナヌーク』(1922)と『アラン』(1934)と出会い、自らの出自である山岳地帯に住まう山人たちについての映画を撮ろうと思い立つ。「映画」と同様に、民俗学にも興味を抱いていたムーラーは、様々なリサーチに勤しみ、山人たちと1年間の寝食を共にする日々を経て記録映画『我ら山人たち』を撮り上げた。

『我ら山人たち』を撮り上げることで得た民俗学的知見の蓄積は、そのまま『山の焚火』の製作に活かされた。ムーラーはまず最初に小説を書き上げる。小説の舞台はアイスランドになっていたが、映画の舞台設定は非現実的な場所にしたいと考え、新藤兼人『裸の島』(1960)や勅使河原宏『砂の女』(1964)の舞台となったような匿名性の高いロケーションを探したのだという。紆余曲折の挙げ句、ムーラーは原点回帰し、『山の焚火』は彼の生まれ故郷である山岳地帯でロケーション撮影されることになるが、そもそも当初『我ら山人たち』を記録映画にするつもりはなく、怪談や地方の民話を基にしたフィクションにしようと思っていたというムーラーの思いは、巡り巡って『山の焚火』に結実することになる。

『山の焚火』は1985年に完成し、ロカルノ国際映画祭で初上映され、金豹賞(グランプリ)を受賞、世界にムーラーの名を轟かせた。スイス国内でも25万人を動員、スイス映画アカデミーよりスイス映画史上最高の一作に選定されている。その『山の焚火』が、今、35年の歳月を経て、デジタルリマスターでスクリーンに蘇ろうとしている。『山の焚火』の5年後に撮られた『緑の山』は放射性廃棄物処理場の賛否を巡る作品であり、<マウンテン・トリロジー>は極めて現代的アクチュアリティの高い特集上映であるといって良いだろう。この機会に、柳田國男を通して山人について思考した柄谷行人の『遊動論』『世界史の実験』といった論考に触れてみるのもまた一興である。
※参考文献:「イメージフォーラム」1986年8月号「私の中には二つの魂がある フレディ・M・ムーラー インタヴュー」
(上原輝樹)
2020.2.18 update
『山の焚火』

広大なアルプスの山腹。人々から隔絶された地で、ほぼ自給自足の生活を送る4人家族。10代半ばの聾啞の弟は、その不自由さゆえに時に苛立つこともあるが、姉と両親の愛情を一身に受け健やかに育つ。ある日、草刈り機が故障したことに腹を立てた弟は、それを投げ捨て父の怒りを買う。家を飛び出し山小屋に隠れ、一人で生活をする弟。そこに食料などを届ける姉。二人は山頂で焚火を囲み楽しい時間を過ごすが、やがて姉の妊娠が発覚し...。
雄大な自然に囲まれた美しく神話的な世界で、その中に潜む人間のリアリティが、画面から溢れ出す。


監督、脚本:フレディ・M・ムーラー
撮影:ピオ・コラーディ
録音:フロリアン・アイデンベンツ
編集:ヘレーナ・ゲルバー
出演:トーマス・ノック、ヨハンナ・リーア、ロルフ・イリック、ドロテア・モリッツ、イェルク・オーダーマット、
ティッリ・ブライデンバッハ
スイス/1985/スイス・ドイツ語/カラー/117分
『我ら山人たち─我々山国の人間が山間に住むのは、我々のせいではない』

1973年から1975年にかけて、ムーラーの故郷スイスのウーリ州で撮影されたドキュメンタリー映画。変わりゆく山岳地帯に住む山人たちの生き方と精神世界に迫る。民俗学的なテーマや、共同体の閉鎖性など『山の焚火』に直接的に繫がる多くの要素が詰まっている。


監督:フレディ・M・ムーラー
原案:フレディ・M・ムーラー、ジャン=ピエール・オビー、ゲオルク・コーラー
撮影:イワン・シューマッハー
編集:フレディ・M・ムーラー、エヴェリーネ・ブロムバッハー
録音:リュック・イェルサン
スイス/1974/スイス・ドイツ語/カラー/108分
『緑の山』

アルプスの山間で持ち上がった放射性廃棄物処理場の建設計画、土地と自分たちのルーツを守ろうとする反対派と賛成派に分かれた住民たちを追ったドキュメンタンタリー映画。ムーラーはこの作品を「子どもたちと子どもたちの子どもたち」に捧げており、次世代に対して責務を負うべき大人たちに、今日にも通じる問いを突きつける。


監督、原案:フレディ・M・ムーラー
撮影:ピオ・コラーディ
編集:カトリン・プリュス
録音:フロリアン・アイデンベンツ
スイス/1990/スイス・ドイツ語/カラー/128分
配給:ノーム
公式サイト:https://gnome15.com/mountain/
2月22日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー




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