OUTSIDE IN TOKYO
DEREC CIAFRANCE INTERVIEW

デレク・シアンフランス『光をくれた人』オフィシャル・インタヴュー


テキスト:上原輝樹

M.L.ステッドマンのベストセラー小説「海を照らす光」を原作とした映画『光をくれた人』は、”物語”が始まる前から、オーストラリア西部バルタジョウズ岬から160キロも離れたところにあるという絶海の孤島”ヤヌス島”の映画的自然を描写した映像美と、アレクサンドル・デスプラの流麗なスコアで、見るものの心を捉えてしまう。聳え立つ灯台が映える孤島の美しい景観、夕焼けを反射する海の水面、吹きすさぶ風の轟音が雄大な自然の厳しさを伝えるスケール感豊かな情景の中に、マイケル・ファスベンダーが演じる、孤独な内面を抱える男トムが佇むだけで、神話的とも言うべきこの映画の世界観が立ち上ってくる。そこに、アリシア・ヴィキャンデルが演じる、生命の輝きに満ちた女性イザベルが加わり、映画は序盤にして幸福の頂点を迎えることになるだろう。

第一次世界大戦に4年間従軍して、余りにも多くの死を体験してきたトムは、もはや何も”感じる”ことができない人間になっていた。絶海の孤島にやってきた彼は、孤独に最期を迎えることができる”死に場所”を求めていたのだ。しかし、そこでは、思わぬ出会いが彼を待ち受けていた。イザベルと出会ったトムの孤独は徐々に癒されていき、彼は”生”の感覚を取り戻していく。イザベルが、死にかけていた男の心に希望の”光”を灯したのだ。 ヤヌス島で灯台守として暮らし始めたトムが、イザベルを島に迎えるにあたって語るエピソードがある。ヤヌス島の語源となった”1月=January”は、”始め”の月であると当時に前の年を送る月であることから”終わり”と隣接した月であるということ、そして、この島は2つの大洋の潮が出会う、何が起きてもおかしくない、世界の潮流の要所に位置している島であるということ。このことは、少なくともトムが、この島が2つのものの間に引き裂かれる”二重性”を象徴的に担っていることに自覚的であり、やがて二人を襲う暗い運命の予兆をどこかで感じ取っていたことを匂わせる。あるいは、戦争の闇で身に付いた不幸が、その悲劇をも招き寄せたのか?

仲睦まじく島での暮らし始めた二人を、イザベルの流産という不幸が襲う。度重なる流産にイザベルは生来の快活さを失ってゆく。誰が悪いというわけでもない。そんな島での日常が続くある日、海辺に遭難したボートが流れ着く。ボートの中では”天からの恵み”のような赤ん坊が、すでに息を引き取った父親に抱かれたまま、泣き声を上げていた。最初にこの泣き声を聴きつけたのはイザベルだ。人の声や鳥の鳴声、風や樹々が揺れる自然界の音、そして、デスプラのスコアを含めた音響演出が、映画の絶えざる感情の流れに繊細に寄り添っていて素晴らしいのだが、とりわけこのシーンの”泣き声”は、イザベルが死産した赤子を埋めた土の上に寝そべって耳をつけ、既に失われた生命からの声無き声を聴こうとした時に幻聴のように響く演出が成されており、後に、レイチェル・ワイズが演じる、赤ん坊の実の母親ハナが、図らずも同じポーズを取るシーンへと、見るものの記憶を巡らせる源泉ともなっている。イメージと音響が、時系列を超えて重層的に共鳴する見事な演出である。

二重性の呪縛に引き裂かれる地”ヤヌス島”において、トムは正義と愛の間で引き裂かれ、イザベルは幼い命への愛と執着、そして嘘との間で引き裂かれ、実母ハナは、死別した夫、そして、最愛の我が子と引き裂かれていく。両親が離婚をした自らの体験に基づいて、忘れ難い傑作『ブルー・バレンタイン』(10)を11年間の年月を費やして創り上げたシアンフランスは、初の原作物に挑み、その地に宿る魔力を物語の不可視なモーターとして駆動し、暗闇の中でも灯台が行く船を照らすように、悲劇的な登場人物たちを神話的な輝きで照らし、見るものを忘我の境地へと誘う。ここに、デレク・シアンフランス監督のオフィシャル・インタヴューを掲載する。

1. ステッドマンの原作小説を読んで、地下鉄の中で人目もはばからず泣いた

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Q:物語に惹かれた理由を教えてください。
デレク・シアンフランス:スティーブン・スピルバーグ監督が、僕が撮った『ブルー・バレンタイン』(10)の大ファンだったそうで、彼の会社ドリームワークスから「新作を撮らないか」という声がかかった。それまではオリジナルの作品ばかり撮っていたので、原作があるものを撮ってみたかったときにこの原作を紹介されたんだ。

それからその原作本を読んで、人間関係が“孤島”のように描かれている点に惹かれた。幼い頃、実家で暮らしていた時、僕の家族はお客さんが来るとみんな変わったんだ。“理想的な自分”に変身した。そしてお客さんが帰ると、みんなリアルな自分に戻った。僕はこれまで作品の中で家族を描き、家庭内で起こっていること、隠している秘密を追求してきた。この物語は、僕が常に思い描いてきた“孤島に暮らす家族”という隠喩的なイメージを体現していたんだ。そういう孤独を掘り下げている点に強く惹かれた。時代を超えた壮大な設定を背景に、生々しい人間の感情を描写している点にね。そして原作に驚くほど忠実に描きたかったんだ。この映画で私がもらった最も嬉しかった誉め言葉は、原作者のステッドマン自身からのものだった。試写で見た後、彼女は一日中泣いていたと言っていた。自分の作品が理解されたことに涙したんだよ。 “あれは、人間として私たちがお互いに理解しようとした瞬間だったわね”と彼女は言ったんだ。

世界中にいる数百万のファンと同様、ステッドマンの小説に度肝を抜かれた。彼女の創作能力の素晴らしさは、暗い秘密と破滅を暗示するような決断をサスペンス風にも詩的にも描けるところで、この小説を読みながら地下鉄の中で人目もはばからず泣いたことを思い出すよ。その数年後に、この本を読みながらカフェや、公園、地下鉄で泣いている人を見かけたんだ。これはとても人間性が豊かで、普遍的な物語だと思うよ。人々がこの作品に魅かれるのは、愛の痛みと愛を失う辛さがすごく正直に描かれているからだと思う。そしてそれが贖罪と癒しとなる見事な表現で綴られているんだ。


『光をくれた人』
原題:The Light Between Oceans

5月26日(金)、TOHOシネマシャンテほか全国公開

監督・脚本:デレク・シアンフランス
原作:「海を照らす光」M・L・ステッドマン
撮影:アダム・アーカポー
音楽:アレクサンドル・デスプラ
衣装:エリン・ベナッチ
出演:マイケル・ファスベンダー、アリシア・ヴィキャンデル、レイチェル・ワイズ、ブライアン・ブラウン、ジャック・トンプソン

© 2016 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC

2016年/アメリカ・オーストラリア・ニュージーランド合作/133分
配給:ファントム・フィルム

『光をくれた人』
オフィシャルサイト
http://hikariwokuretahito.com
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