OUTSIDE IN TOKYO
Jessica Hausner INTERVIEW

奇蹟。それはキリストやマリア様によってもたらされる救済を意味する。キリスト教圏なら南米だろうが、あらゆるところに奇蹟があらわれたと報道される。貧しい街の子供だけでなく、トイレの壁にもハムの断面にも。それにあわせて奇蹟が降りた場所も数々ある。その中でも最も有名なのがフランスのルルドという町だろう。常に巡礼者であふれかえり、身体に問題を抱えた者が、“奇蹟”的な治癒を求めて、ルルドの水にすがる。だが残念ながら、奇蹟はそうそう訪れるものではない。それも人々は分かっている。だが病気、先天的な障害などを背負ったものにとってそこはいつか救済があるかもしれないという心の救いをもたらす存在なのだ。

ところが、ジェシカ・ハウスナーが新作『ルルドの泉で』で描くルルドという場所は、ディズニーランドのような観光地に見える。実際、ガイドブックにも大きく載り、キリスト教徒以外も訪れる。向学、物見遊山、ひやかし。だが同時に、重たい脚をひきずり、杖をつき、車椅子に乗り、真剣に奇蹟を願いながら詣で、祈りを捧げている人が大勢いる。なのに、彼女はそんな奇蹟を少し遠目に見つめる。主人公である車椅子の彼女は、麻痺を抱えながら、奇蹟に対しても懐疑的であり、身体は不自由を抱えていても頭脳は明晰なものだから、辛辣に世の中を見つめてきた。もちろんそれは彼女なりの防衛反応だろうが、そんな彼女の頭上に、奇蹟が訪れてしまう。彼女は突然2本の脚で立ち、歩き始める。叶うまいと思って遠くから見つめていたハンサムな男の彼女を見る視線も変わり、まるで、急に表舞台にあげられたようになる。だが一見、周囲は祝福しているようでも、なぜ自分に奇蹟が訪れなかったのかという嫉妬の視線を彼女に投げていた。それはまるで隣の家の人に宝くじが当たったかのように、何らかの運でそこに落ちてくるもののようだ。もちろん、人々は努力をする。祈り、善行など、できることは全てやっているに違いない。だが、映画の彼女もそうだが、治癒された奇蹟が永遠に続くかも分からない。医学的な裏付けもなければ、完治するという保証もない。そうなると、束の間の喜びはもっと落胆を呼ぶことになるだろう。

監督のハウスナーは、そんな中、センチメンタリズムを排し、淡々と向き合っている。そして彼女の見つけた映画言語による魔法を用いながら、そんなルルドという場所とそこを訪れる人たちにまつわるマジックに少しばかり光を当てる。それは客観的な光でありながら、我々を“信仰”という幻想的なフェアリーテイルの中へと誘う。

1. 絵コンテをかなり正確に描きこんでから、映画のスタイルを、この映画の言語を見つけようとした

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):前作からどのくらい経っていますか?
Jessica Hausner(以降JH):2001年の『ラヴリー・リタ』の後に『HOTEL』という映画を撮り、カンヌ映画祭で上映したのが2003年ね。そしてこの『ルルドの泉で』がヴェネツィアで上映されたのが2009年だから、できたら次の映画はもう少し早め、5年以内には撮りたいところね(笑)。

OIT:この映画は『HOTEL』を撮り終えてすぐとりかかったのですか?
JH:ええ、『HOTEL』が完成して、次に何をやるかはまだはっきりと分からなかったけど、いろんな物語を試行錯誤しながら、違う脚本を書いたりしていたの。でも完全には満足できなくて一度中断して。それから“奇蹟”というアイデアについて考え始めて、いろんな奇蹟についてリサーチを始めたの。そうして物語を発展させていくうちにルルドという場所に辿り着いたんだけど、そこがとても奇妙な場所に思えて、それで脚本を書いていったの。

OIT:それまではルルドに行ったことがなかったんですね。
JH:そうなのよ。

OIT:奇蹟に纏わる他の土地に行ったりも?
JH:それもないわ。もっと抽象的なアイデアから生まれたものだから。神がかり的な奇蹟が起きて、そんな(神様の)救済によって完全に何かが解決するという幻想について描いているの(笑)。でもよくよく見てみると、それ(奇蹟)が本当には存在しないことが分かる。たとえ奇蹟が訪れたとしても、それによって得られた幸福なり解放なり幸運なりがまた(いつか)変わってしまうということも分かる。物語の本質はそこにあるの。幸福の喪失について。だからルルドは、私が見て理解した限りではとても悲しい場所だったの(笑)。

OIT:ドキュメンタリーとして描くことも考えましたか?それとも元々、劇映画しか想定していなかったのでしょうか?もちろん物語はあなたが演出を加えているわけですよね。
JH:そうなの。演出もしているし、脚本も書いているわけだから、本質的にルルド自体の話ではないわけ。それは自分自身が語りたいと思う物語になっているの。だからドキュメンタリーとしては成立し得ないわ(笑)。(そもそも奇蹟による)治癒を描かなければいけないわけだから(笑)。

OIT:そうですよね!僕もルルドには、近くまでは行ったのですが実際には行けていなくて、映画で見るその場所はまるでディズニーランドのようですね。
JH:その通りね。初めて行った時はとても恥ずかしい想いをしたわ。そこへ向かう人たちの多くは、みんなとても重い病気にかかっていて、本当に死にそうな人たちがいる。そして奇妙なことに、人は死に直面した途端、その状況から逃げ出したいと思うの。でも私はそこが稚拙で子供っぽいことだと思ったの。とにかく、ルルドから戻って、物語を作り始めた時点で突然理解できたの。それがとても人間的な願いだということを。たとえ死に直面していなくても、人は生きている間ずっと、満足のいく人生を送りたいという願いを持っているものでしょ。幸せになりたいと。それでも運命はその願いとは裏腹に勝手な行動をとるものだから。

OIT:そうですね、願い通りにはいきませんよね……。
JH:そうなのよ。

OIT:それはとても興味深くも皮肉なことですね。映画の中でも、まるで奇蹟が宝くじにでも当たるような感じに見えます。映画で見られる距離感は、撮影的にどう作り出そうとしたのですか。
JH:距離?

OIT:そうです。奇蹟という考え方との距離というか。物語や対象への距離もあるし、それは必ずしも共感的でなければ、メランコリーでも、センチメンタルに描いているわけでもないという意味でも、一定の距離を保っているわけですよね。
JH:そうね。それは実際にリサーチの時点で出会った人たちが語ってくれた事実を元にしているわ。インタビューを通しても、私なりに理解しようと努めた結果として。信者たちが神様のことをどう感じているか。その信仰が一体どんなものか。私が結果的に分かったのは、個人で全てが異なるということ。みんな見かけは違っても、それぞれの人、それぞれの登場人物に、同じ権利を与えたかった。あなたの言うように、まるで宝くじのように、誰が勝つのか、誰が治癒されるのか分からない。でも最初はみんなに権利がある。それで最初に求めたイメージとして、グループ全体がフレームに入ってくるように気をつけたの。(主人公の)クリスティーヌが必ずしもセンターにいるわけでも、スポットライトを浴びているわけでもない。彼女は背を向けているか、(人の)陰に隠れて見えないかもしれないけど、必ずグループに埋没しているの。それでどの人間も同じ権利があることを見せるように意識したわ。

OIT:もっと細かく言うと、カメラとしてどんなことを求めたのですか?
JH:まず、絵コンテをかなり正確に描きこんでから、しばらくいじり回して、映画のスタイルを見つけようとしたの。この映画の言語を見つけようと。それでショットがどれくらいの長さになるか、誰がフレームに入るのかも考えて。映画の言語、つまり映画のリズムがどんなものかを探して。そして私の方で絵コンテを描いてから撮影監督のマーティン・ゲシュラハトと相談した。彼は私の全ての映画の撮影監督を担当してくれているから互いによく理解し合っているの。そして絵コンテをベースに彼とひとつひとつ見ていった。それを彼が(これは)不可能だとか、地球上どこを探してもこの風景に見合う土地は見つからないとか言ったり(笑)。その度に変更したり、実際に現場へ行ってみたり、どこにカメラを置くかを話し合ったわ。この映画では特に、準備期間を濃密にとって、カメラをどこに置くかなどを確実に把握しながら、どのフレームでどう撮るかを詳細に決めたの。それは時間が限られていたから。たとえば、洞窟のシーンでは午前11時に入ってもいいけど午後1時半には撤収しないといけないとか言われて(笑)。2時間程度しかない状態で、通常ならば、「ありがたいんですけど、無理です」と言うところが、今回に限っては「ありがとう、恩にきます」って言わざるを得なかった(笑)……。ということは、必然的に光もあまりないわけで、それでも外の撮影はほとんど自然光だけで撮ったの。だから余計に、周到な準備をしなければならなかった。

『ルルドの泉で』
原題:Lourdes

12月23日(金)より、シアター・イメージフォーラムにてロードショー

監督・脚本:ジェシカ・ハウスナー
撮影監督:マルティン・ゲシュラハト
出演:シルヴィー・テステュー、レア・セドゥ、ブリュノ・トデスキーニ、エリナ・レーヴェンソン

2009年/オーストリア、フランス、ドイツ/99分/カラー
配給・宣伝:エスパース・サロウ

2009 (C) coop99 filmproduktion, Essential Filmproduktion, Parisienne de Production, Thermidor

『ルルドの泉で』
オフィシャルサイト
http://lourdes-izumi.com/
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