OUTSIDE IN TOKYO
SEAN BAKER INTERVIEW

2015年の1月にサンダンス映画祭でプレミア上映されて以来、世界の映画祭サーキットを賑わせてきた映画『タンジェリン』が、2016年の東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門での上映を経て、2017年1月、ここ日本でもロードショー上映されるに至った。サンダンス映画祭で、全編iPhoneで撮影されたインディペンデント映画として話題をさらってから、約2年後の日本での劇場公開となったわけだが、二人のトランスジェンダーガールのマシンガントークが、スコセッシやタランティーノの映画ばりに炸裂する本作の魅力は少しも色褪せていないし、米インディー映画の俊英ショーン・ベイカー監督の、実在する社会の周縁の人々をリアリティとポッピズムで描くスタイルは、日本の映画作家にも刺激を与え得るものだと思う。また、日本では濱口竜介が『ハッピーアワー』(15)においてひとつの頂点を示し、鈴木卓爾が『ジョギング渡り鳥』(16)においてひとつの臨界点を示した演劇的”ワークショップ”を取り入れた演出術/俳優との共同作業は、『ヒッチコック/トリュフォー』でもまさに言及されていた通り、俳優の存在が映画製作のプロセス全体を通して、その比重を大きくしていった現代映画のひとつの起結点を示していると言ってよいだろう。

しかし、なぜ現代の映画作家たちは、完璧に仕上げられた脚本よりも、現場での俳優との共同作業を好むのか?そのひとつの答えを、本インタヴューでショーン・ベイカー監督が明かしてくれている。その答えに、現代の映画監督が感じている、完璧な世界を創り出す万能感ではなく、現実の世界を生々しくスクリーンに息づかせること、その触媒足り得たいという慎ましくも、愛おしい、映画に対する欲望の形を見た思いがする。

1. 映っているもののエネルギーの凄さに圧倒された

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):今、新作『The Florida Project』の編集をしているとのことですが、『タンジェリン』も編集作業の比重が多い作品だったのではないかと思いました。監督にとって映画の編集プロセスはどのような意味を持つものですか?
ショーン・ベイカー:そうですね、編集段階では、自分の人生が崩れて行くんじゃないかと思うほど、頭がおかしくなりそうな状態でカオスに陥ります(笑)、僕はいつも編集のプロセスで苦戦を強いられるんです。僕にとって監督業の50%が編集という感じで、まだまだどういう映画になるのか、その形を自分の中で見極めている段階なのです。『タンジェリン』の時は、撮影から3ヶ月という時間を置かなければ、編集の作業に入ることができませんでした。というのは、笑いやコメディ要素が多い作品ではあるけれども、掘り下げているイシューは、ヘビーなものであったり、悲しいものであったりしたので、気持ちの上で疲弊してしまったんです。家に帰って、あのエリアで暮らしている、有色人種のトランスジェンダーである彼女たちが置かれている状況の厳しさについて、改めて考え込んでしまうような夜もありました。ポスプロ(ポスト・プロダクション)の段階でそうしたエモーショナルな部分と向き合っていくのは、僕にとってひとつの挑戦でした。ただ技術的には、その段階で色々な道が見えてきた映画でもあったんです。最初は音楽を使わないでいこうと思っていましたが、音楽を要求している映画だと気付いたし、色彩に関しても最初は退色した色彩で考えていたけれど、むしろもっと色彩を出していこうと考えるようになった。何よりも、撮影をしている時は気付かなかった、そこに映っているもののエネルギーの凄さに圧倒されたんです。再発見の連続だったんです。ですから編集のプロセスは、とても愛していると同時に憎んでいる(笑)と言えますね。再撮影する予算があるわけでもないし、それほどショットを選べるほどの素材があるわけでもない、自分が手にしたもので何とかするしかないわけですから。

OIT:今、お話を伺って意外だなと思ったのは、最初は音楽を使わない方向だったということです。映画の冒頭、ヴィクター・ヒューバートのクリスマス・ソング「トイランド」が使われていて、古典映画的なオープニングになっているわけですが、あの音楽も後付けだったのでしょうか?
ショーン・ベイカー:実は、そこだけは前もって決めていました。といのも、アレクサンドラ(マイヤ・テイラー)が劇中でその曲を歌うことは脚本の段階で決めていましたから。僕が、「トイランド」を見つけたのは、その曲を本歌とした、1930年代の素晴らしいスクリューボール・コメディだったのですが、その曲の古典映画的なムードをまずは観客の皆さんに味わってもらって、その後、映画は急転直下で2016年のiPhoneが普及し、トラップミュージックが鳴り響く現代へとトリップする。古典映画的な世界観が、イメージとサウンドの両方において、突如現代社会へと変転するわけですね。

OIT:素晴らしいコントラストでしたね。先程、『タンジェリン』の時は再撮するほどの予算はなかったという話がありましたが、新作の方は、予算に余裕があったのですか?
ショーン・ベイカー:実は『タンジェリン』の時も、1~2シーン、追撮をしたんです、6ヶ月後にマイヤに演じてもらったのですが、それも、iPhoneだから予算をかけずにできたことです。今、編集している『The Florida Project』の方は、35mmフィルムで撮影していて、自分が住んでいるわけではないフロリダで撮影をしたので、再撮は全くできません。それで、今まさに編集中で、悶々としているわけです。『タンジェリン』の追撮の時に唯一参加してもらえなかったのが、もとの撮影の時にフル装備で参加してくれていた録音技師だったのですが、仕方がないのでiPhoneで撮影して、あとでアフレコをする必要があるかなと思っていたんですが、iPhoneで録った音が素晴らしくて、全然その必要はありませんでした。

『タンジェリン』
英題:Tangerine

1月28日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

監督・編集・共同脚本・共同撮影・共同プロデューサー:ショーン・ベイカー
共同脚本・共同プロデューサー:クリス・バーゴッチ
共同撮影・共同プロデューサー:ラディウム・チュン
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラー、カレン・カラグリアン、ジェームズ・ランソン、ミッキー・オヘイガン

© 2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

2015年/アメリカ/88分/カラー/シネスコ
配給:ミッドシップ

『タンジェリン』
オフィシャルサイト
http://tangerinefilm.jp
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