OUTSIDE IN TOKYO
NEWS

オタール・イオセリアーニ映画祭 〜ジョージア、そしてパリ〜

『月曜日に乾杯!』『皆さま、ごきげんよう』などで知られる名匠オタール・イオセリアーニの劇場初公開作品を含む21作品がデジタル・リマスター版にて、2023年2月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シアター・イメージフォーラムにて特集上映される。
大国ロシアの隣国として過酷な運命に晒されてきたジョージアの首都トビリシに生まれたイオセリアーニ監督は、数多の困難を乗り越え母国ジョージアとパリで映画を撮り続けてきた、筋金入りの知識人、芸術家であると同時に、屈指のエンテーティナーである。
イオセリアーニ監督は「ジョージアの人々は陽気でのんきです」と、ことある毎に語ってきたが、今回の特集上映で上映される、ジョージアの歴史・文化・政治を語り尽くす4時間に及ぶ傑作ドキュメンタリー『唯一、ゲオルギア』を見ると、この過酷な歴史に苛まれてきた人々が一体どのようにして”陽気でのんき”で居続けることが出来たのか、理解に苦しむと同時に、妙に納得させられてしまうのである。『唯一、ゲオルギア』はまた、イオセリアーニ監督作品に頻出する”謎”を解読する鍵となる必見の作品でもある。”帝国主義の亡霊”が甦り、不穏な空気が世界を覆う今、見逃せない特集上映が始まろうとしている。
(上原輝樹)
2023.2.15 update

オタール・イオセリアーニ監督マスタークラス
オタール・イオセリアーニ『汽車はふたたび故郷へ』インタヴュー
2月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シアター・イメージフォーラムにて劇場初公開作品含む全監督作21本一挙公開
上映プログラム

初公開の長編2作品と3部作ドキュメンタリー

劇場初公開
『月の寵児たち』
(Les Favoris de la Lune)
1984年/フランス=イタリア/102分
◎1984年 ヴェネチア国際映画祭 審査員特別大賞

18世紀末の絵皿と貴婦人の裸体画をめぐる物語。パリの女画廊主と愛人の技師、銃砲店主、美容師、警視、空き巣の父子、過激派の音楽教師、娼婦、暗殺者のアラブ人、ホームレスなど一一。彼らの行動が主役、脇役の区別なくポリフォニックに描かれる、とぼけた味わいの奇想天外な群像劇。空き巣の息子を演じたマチュー・アマルリックの記念すべきデビュー作。
劇場初公開
『そして光ありき』
(Et la Lumière Fut)
1989年/フランス=イタリア=ドイツ/106分
◎1989年 ヴェネチア国際映画祭 審査員特別大賞

セネガルの森に住むディオラ族。男たちは川で洗濯をし、女たちは弓矢で鹿を狩る。女祈祷師バディニャ、狩人の女ムゼズヴェ、怠け者の夫ストゥラと別れ、3人の子供を連れてイェレと再婚するオコノロ…。一方、白人による森林伐採は進み、彼らの村に危機が迫る。ディオラ族の牧歌的な生活と、産業により文化が侵食されていく様を寓話的に描く。全編アフリカで撮影された異色作。
劇場初公開
『唯一、ゲオルギア』
(Seole, Géorgie)
1994年/フランス=ドイツ
第1部:91分 第2部:69分 第3部:86分

ソ連が崩壊に向かい、政治的混迷を深め内戦が勃発したゲオルギア(ジョージア)。祖国が無くなるかもしれないという思いから製作を決意したイオセリアーニ。ゲオルギアの歴史、文化など、過去を振り返り現在を検証する。まだ先行きが混沌とする1994年の製作だが、現在の世界情勢とも通じる4時間におよぶドキュメンタリー大作。イオセリアーニの真髄ここにあり。
ジョージア時代の短編や貴重な中編作品
★『四月』『水彩画』『珍しい花の歌』を1プログラム、『エウスカディ、1982年 夏』『鋳鉄』『ジョージアの古い歌』を1プログラム、『トスカーナの小さな修道院』『ある映画作家の手紙』を1プログラムとして上映します。

『四月』(Aprili)
1962年/ジョージア/47分
◎2000年 カンヌ国際映画祭 特別招待作品(復元版)

物質的な豊かさを求めるうちにケンカを繰り返すようになった若い男女が、愛の大切さに気づくまでを、セリフを使わず音(楽)と映像だけでコミカルに描く。製作当時、不当な上映禁止処分に遭い、“幻の傑作”と言われていたが、2000年カンヌ国際映画祭で復元され、世界中から集まった観客を熱狂させた。
劇場初公開
『水彩画』
(Akvarel)
1958年/ソ連/10分

ある貧しい家族。夫は飲んだくれ、洗濯女の妻が家計を支えている。金を持ち出した夫を追いかける妻。夫が逃げ込んだ美術館で、2人はある家の絵を見つける…。ソ連映画学院在籍中に製作された処女短編。
劇場初公開
『珍しい花の歌』
(Sapovnela)
1959年/ジョージア/16分

歌と共に様々な美しい花々が映し出される。年老いた造園家が、庭園に花や石などを使って丁寧に飾りつけるが…。監督の意に反して、検閲によりロシア語のナレーションがつけられた。
劇場初公開
『エウスカディ、1982年夏』
(Euscadi Été 1982)
1983年/フランス/54分

1982年の夏にバスク地方を訪れたイオセリアーニは、バスクの文化にジョージアと通じるものを感じ、エレットの神の祭りとパゴル村の人々が演じる牧歌劇を撮影する。本来の祭りだけでなく、準備や歌や踊りの練習風景、村人たちの日常までカメラは追っていく。ヨーロッパ最古の言語を守り続けてきたバスクの人々に捧げられている。
『鋳鉄』(Tuji)
1964年/ジョージア/17分

溶鉱炉での過酷な作業、タバコを喫いながら談笑する休憩時間など、ルスタヴィ冶金工場で働く工員たちの日常が描かれる。本作を撮るため、イオセリアーニは身分を隠し、4ヶ月間この工場で精錬工として働いていた。
『ジョージアの古い歌』(Dzveli Kartuli Simghera)
1969年/ジョージア/21分

スヴァネティ、サメグレロ、グリア、カヘティの各地方の合唱風景の合間に、各地の人々の日常が描かれる。ポリフォニー(多声合唱)で歌われ、世代から世代へと受け継がれてきたジョージア民謡。それは、人々の生活、労働、信仰と密接に結びついている。ポリフォニー文化はジョージア人の魂と言えよう。
劇場初公開
『トスカーナの小さな修道院』
(Un Petit Monastère en Toscane)
1988年/フランス/57分
◎1988年 ヴェネチア国際映画祭 エンリコ・フルチニョーニ賞
◎1988年 SCAMフランス・ドキュメンタリー賞

トスカーナ地方にある修道院。5人の修道僧が礼拝堂で祈りを捧げている。礼拝、食事、ワインを飲みながらの村人たちとの交流など、修道士たちの日常と並行して村人たちの暮らし――馬の飼育、ワイン作り、農作業、ブタの解体作業、修道士の衣服の洗濯などが描かれる。
劇場初公開
『ある映画作家の手紙。白黒映画のための七つの断片』

(Lettre d’un Cinéaste. Sept Pièces pour Cinéma Noir et Blanc)
1982年/フランス/21分

カフェ、街のベンチ、毛皮のコートの女たち、地下鉄のホームで洒を飲み歌うホームレスたち、散歩する犬たち…。イオセリアーニ流のパリの観察であり、後の作品に登場する様々な要素が既に映し出されている。パリに拠点を移し製作された初めての作品。イオセリアーニの演技も必見。
長編作品

『落葉』(Guiorgobistve)
1966年/ジョージア/95分
◎1968年 カンヌ国際映画祭 国際批評家連盟賞
◎1968年 ジョルジュ・サドゥール賞

ワイン工場の若い技術者ニコは、真面目な人柄で職人たちからも信頼を得ていた。出世主義者の同僚オタルは、そんな彼らを見下していた。工場はノルマ達成のため、未成熟のワインを瓶詰めするよう命じる。ニコは強硬に抵抗するが…。公開禁止となり、製作から2年後にカンヌ国際映画祭に出品。初めて西側で紹介された。イオセリアーニの名前が世界に知られるきっかけとなった記念すべき長編第1作。
『歌うつぐみがおりました』(lkho Chachvi Mgalobeli)
1970年/ジョージア/81分
◎1974年 カンヌ国際映画祭 監督週間 正式出品

若きティンパニー奏者のギアは、気が多くルーズだが悪気がないので憎めないヤツだ。今日もまた約束事と時間に追われて生きる彼に、思いもよらぬ結末が…。愛すべき主人公の姿は『勝手にしやがれ』のジャン=ポール・ベルモンド、トリュフォー作品のジャン=ピエール・レオーを彷彿させる魅力がたっぷり。“ジョージア風ヌーヴェルヴァーグ”と名付けたいほどにみずみずしく描いた初期の傑作。
『田園詩』(Pastorali)
1976年/ジョージア/98分
◎1981年 ベルリン国際映画祭 国際批評家連盟賞

ジョージアのとある農村にトビリシから弦楽四重奏団の若者たちが夏合宿にやって来る。彼らは練習をしながら、村人たちと交流する。宿泊先で、幼い弟や妹の面倒を見ながら、彼らの世話をする娘エドゥキは、自由で都会的な音楽家たちに憧れる。自然と人間をみずみずしいタッチでとらえ、祖国への思いを綴った映像叙事詩。イオセリアーニの娘ナナ・イオセリアーニが、エドゥキを演じている。
『蝶採り』(La Chasse aux Papillons)
1992年/フランス=ドイツ=イタリア/118分
◎1992年 ヴェネチア国際映画祭 新間記者協会賞
◎1993年 モスクワ国際映画祭 アンドレイ・タルコフスキー賞

フランスの古い城館で余生を過ごす2人の老婦人。森でピストルを撃ち、オーケストラに参加したりと充実した日々を送る彼女たちの元に、バブル景気の日本から、城を買いたいとビジネスマンがやって来た。老婦人は断固拒否するが、彼女たちのひとりが急死したことから事態は思わぬ方向へ…。古き良き時代へのノスタルジーをにじませながら、お金の力とはかなさをシニカルに描いた1本。
『群盗、第七章』(Brigands: Chapitre Ⅶ)
1996年/フランス=スイス=イタリア=ロシア=ジョージア/122分
◎1996年 ヴェネチア国際映画祭 審査員特別大賞
◎1996年 ダンケルク国際映画祭 男優賞

中世から現代へ、ジョージアからパリへと時空を超えて繰り広げられる荒唐無稽なジョージア史劇。戦争や暴力を繰り返す愚かな権力者たちをあざ笑い、権力に屈することなくひたすら日々を生きようとする人々を讃えるイオセリアーニ流の人間賛歌が縦横無尽・奇想天外に綴られる。同じ役者が違う時代のキャラクターを演じるのも楽しい。郷愁の切なさに涙するラストシーンは圧巻。
『素敵な歌と舟はゆく』(Adieu, Plancher des Vaches!)
1999年/フランス=スイス=イタリア/117分
◎1999年 ルイ・デリュック賞
◎1999年ヨーロッパ映画アカデミー 最優秀批評家連盟賞

郊外の屋敷に住む、鉄道模型とワインが大好きな父、パーティー好きな実業家の母、街で物乞いやバイトに明け暮れる長男。金持ち一家を中心に風流な浮浪者、カフェの看板娘や鉄道員、はてはマラブーやラブラドールまで!様々な人と動物がパリを舞台に交錯するエピソードが、なめらかなカメラワークによってしりとりのように連なってゆく。ほのぼのとした幸福感が心を満たす群像喜劇の傑作。
『月曜日に乾杯!』(Lundi Matin)
2002年/フランス=イタリア/128分
◎2002年 ベルリン国際映画祭 銀熊賞(監督賞)、国際批評家連盟賞

フランスの小さな村に家族と暮らすヴァンサンは、毎日工場に通って単調な仕事をこなしている。家では雑用を言いつけられ、大好きな絵を描くこともままならない。そんなあくせくした日常にさようなら!ヴァンサンはワイン片手に水の都ヴェニスへ。気の合う仲間と出会い、ヴェニスの美しい風景が彼の心を軽くする。平凡な日常にあるささやかな幸せに気づかせてくれる極上のリラックス・ムービー。
『ここに幸あり』(Jardins en Automne)
2006年/フランス=イタリア=ロシア/121分
◎2007年 マルデルプラタ国際映画祭 審査員特別賞

現代のパリ。突然大臣の職を追われ、仕事、妻、家…すべてを失ったヴァンサン。思いがけず訪れた、自由気ままな人生の休暇。ヴァンサンは昔住んでいた場所に帰り、懐かしい友だちと酒を飲み、歌を歌い、音楽を奏で、癒されてゆく。大切なのは、お金や物、肩書きじゃない。本当の豊かさに改めて気づく。ヴァンサンの母親に扮したミシェル・ピコリのあまりにも自然な変貌ぶりはお見事!必見です。
『汽車はふたたび故郷へ』(Chantrapas)
2010年/フランス=ジョージア/127分
◎2010年 カンヌ国際映画祭 特別招待作品

かつてソ連の一共和国だったジョージア。映画監督になったニコは、検閲や思想統制によって思うように映画作りができないことに耐えかねて、自由を求めてフランスへと向かう。ところがフランスでも、映画に商業性を求めるプロデューサーとの闘いがあったりと、映画作りは困難の連続…。はたしてニコは本当に望んでいる映画を作ることができるのか?イオセリアーニが初めて実人生を重ねて描いた人間賛歌。
『皆さま、ごきげんよう』(Chant d’Hiver)
2015年/フランス=ジョージア/121分
◎2015年 リスボン&エストリル映画祭 審査員特別賞

アパートの管理人にして武器商人の男と骸骨集めが好きな人類学者、そしてユニークな街の住人たち。警察の取り締まりで、追いやられるホームレスたち。住人たちは立ち上がるが…。いつの時代も変わることなく繰り返される人間の営み。争いや略奪は決してなくならない。それでも溢れるほどの愛や希望がある。混沌とする社会の不条理をノンシャランと笑い飛ばすイオセリアーニの集大成的傑作。


オタール・イオセリアーニ Otar Iosseliani
1934年2月2日、旧ソビエト連邦グルジア共和国(現ジョージア)のトビリシに生まれる。44年、トビリシ音楽院に入り、ピアノ、作曲、指揮を、53年から55年にかけてモスクワ大学で、数学、工学を学ぶ。その後、56年から61年まで、モスクワのソ連映画学院の監督科に在籍。卒業後は編集技師として働く。62年に中編『四月』を監督するが、「抽象的、形式主義的」という理由で、上映を禁止された。66年、長編第1作『落葉』を発表。公開禁止となるが、2年後の68年のカンヌ国際映画祭に出品。初めて西側で紹介され、国際批評家連盟賞とジョルジュ・サドゥール賞を受賞。イオセリアーニの名前は一躍世界に知られることとなる。79年、活動の拠点をフランス・パリに移し、短編や中編ドキュメンタリーをいくつか制作した後、84年に長編第4作『月の寵児たち』を、89年にはセネガルで撮影した長編第5作『そして光ありき』を発表。これら2作品はヴェネチア国際映画祭審査員大賞を受賞する。96年制作の『群盗、第七章』では、ヴェネチア国際映画祭審査員特別大賞を三度受賞する快挙を遂げる。06年、『ここに幸あり』を、10年、『汽車はふたたび故郷へ』を、15年、集大成ともいえるシニカルな人間賛歌『皆さま、ごきげんよう』を発表。