OUTSIDE IN TOKYO
KALTRINA KRASNIQI INTERVIEW

パトリシア・ハイスミスは長編第1作の『見知らぬ乗客』(1950)がヒッチコックによって映画化(1951)、第3作の映画化『太陽がいっぱい』(1955/ルネ・クレマン)が大ヒット(1960)し、一躍人気作家の仲間入りを果たした。『パトリシア・ハイスミスに恋して』は、ハイスミスと親密な関係にあった人物と彼女の親類へのアプローチを経て、まさに“映画的”とも言える人生を送った彼女の創作と人生の秘密に迫った作品である。

かつてスーザン・ソンタグは、作り手と作品は別のものであり、私は作品のみを評価すると語った(『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』(2020)で引用されたトーク番組の抜粋映像)が、作品の作り手である作者がどのような人物であるのかを知ることは、昨今、重要度が増しているように思える。こうした傾向は、インターネットを通じた情報の浸透によって、作品における虚構性の濃淡が否応なしに透けて見える割合が高くなったことと無縁ではないだろう。

本作では、新たに見出された若かりし日の美しいパトリシア・ハイスミスの写真が多く使われていたり、マリジェーン・ミーカー(レスビアン小説の第一人者として知られる小説家、ハイスミスとの日々を綴った回想録やもある)やタベア・ブルーメイシャン(ラフトレードのTシャツを着て登場!)の証言などを通じて、彼女の人間的魅力が改めて語られており、今まであまりフォーカスされていなかったハイスミスの新たな魅力を提示し得している。

テキサス生まれのハイスミスは、ヨーロッパに渡り、フランス、イギリス、ドイツ、スイスと様々な土地に住み、母国語の英語の他に、フランス語、ドイツ語にも通じていたコスモポリタンだったが、晩年は人種差別主義的であったり、反ユダヤ主義の発言で非難を浴びるようになったことは、この作品でも触れられ、人種差別主義者であった祖母へ先祖返りしたようだとも語られる。

“人は老いると子供に戻る”と言うが、こうした先祖帰りは、一種の不可抗力なのかもしれない。そのことで逆に浮かび上がってくるのが、アメリカの保守的な南部の風土から出発して、様々な自由を獲得する努力を厭わず、貪欲に生きた彼女の人生の輝きである。その限られた時間の輝きを描くということ自体が、映画的な試みであり、本作はその挑戦に見事に成功している。

1. スイスの文学アーカイブでまだ出版される前のパトリシア・ハイスミスの「日記」を読んで、
 今まで公開されていなかった彼女の生涯に関して様々なことを知るに至りました

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):個人的にトッド・ヘインズの『キャロル』(2015)はとても好きな作品なのですが、それを契機にハイスミス再評価の機運が高まったような感じがあり、その後、2021年に彼女の日記やノートをまとめた「Patricia Highsmith: Her Diaries and Notebooks:1941-1995」が出版されることになるわけですが、監督がこの映画を作ることになった経緯を教えて頂けますか?
エヴァ・ヴィティヤ:スイスでもパトリシア・ハイスミスはとても有名な存在です。私は後になって知ることになるのですが、彼女はスイスのイタリア語圏に住んでいて、私も偶然、家族とともに休暇の日々を同じ村で過ごしていたことがあるのです。ただ、その当時、私はまだ子供でしたから、ハイスミスのことは意識していませんでした。私がハイスミスのことを意識し始めたのは、彼女が残した日記をスイスの文学アーカイブで見つけて読んでからのことで、これは「Patricia Highsmith: Her Diaries and Notebooks:1941-1995」がまだ書物として発売される前のことです。その日記を読んで、彼女の人生と創作活動を知ることになり、新しい形でパトリシア・ハイスミスに出会うことが出来たのです。彼女は有名人ですから、一般的な知識としては彼女のことを知っていましたが、彼女の生涯がどのようなものであったのかということまでは知りませんでした。彼女の日記を読んだことで、彼女の生涯にとても興味を持ち、彼女に関して今まで映画が作られていないのは不思議だなと思ったのです。それがこの映画を作ることになったきっかけです。それでいざ映画を撮ろうと思った時に私の中にあったのは、彼女は有名人でしたから、テレビとかラジオで取り上げられて、色々な情報が一般的なものとしては流れていたわけですが、今まで流布していた情報に加えて、彼女の生涯について何らかの新しい情報を提示するという形で寄与出来ないだろうかと考えたのです。

OIT:監督がアーカイブで読んだ日記というのは、「Patricia Highsmith: Her Diaries and Notebooks:1941-1995」として出版されたものの元となっている8000ページくらいあると言われる日記やノートのことでしょうか?
エヴァ・ヴィティヤ:そうです。仰る通り、8000ページくらいあると言われているノートや日記をスイスの文学アーカイブで、「Patricia Highsmith: Her Diaries and Notebooks:1941-1995」が出版される前に読んでいたわけですけれど、アーカイブの椅子に座ってそれらを読み続けました。私一人だけではなくて、アシスタントも一緒だったのですが、数ヶ月に亘って彼女の手書きの文字と格闘し続けましたが、中々手書きの文字を読むというのは簡単なことではありません。そのようにして1ページ毎に読み進めていくわけですが、その作業自体はとても面白く、楽しい作業ではありましたが、あくまでも映画を作るための作業でしたから、もう準備作業はやめて、そろそろ映画を撮り始めて欲しいとプロデューサーから言われてしまい、ある時点でその作業も終えねばなりませんでした。




『パトリシア・ハイスミスに恋して』
原題:Loving Highsmith

11月3日(金・祝)より新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

監督・脚本:エヴァ・ヴィティヤ
撮影:シリ・クルーグ
音楽:ノエル・アクショテ
製作:フランツィスカ・ゾンダー、マウリツィウス・シュテルクレ・ドルクス、カール=ルートビヒ・レッティンガー
編集:レベッカ・トレッシュ
演奏:ビル・フリゼール、メアリー・ハルボーソン
ナレーション:グウェンドリン・クリスティー、アニーナ・バターワース 出演:マリジェーン・ミーカー、モニーク・ビュフェ、タベア・ブルーメンシャイン、ジュディ・コーツ、コートニー・コーツ、ダン・コーツ

2022年/スイス・ドイツ合作/88分/G
配給:ミモザフィルムズ

©2022 Ensemble Film / Lichtblick Film

『パトリシア・ハイスミスに恋して』
オフィシャルサイト
https://mimosafilms.com/highsmith/
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