OUTSIDE IN TOKYO
Fatih Akin INTERVIEW

ドイツにはトルコ本国に次いで一番大きなトルコ人コミュニティーがあるという。そんなトルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督が新作の舞台に選んだのが、そんなベルリンに次ぐコミュニティーを抱える故郷ハンブルクだ。初期ビートルズの拠点としても知られるこの街は、様々な人種がひしめくコスモポリタンな街でもある。ところが、絶望した男女が保守的な制度と折り合いをつけようともがく『愛より強く』(04)、移民したドイツ、祖国トルコを繋ぐ世代を超えた人間模様が描かれる『そして、私たちは愛に帰る』(07)など、暴力的とも言える鬱憤を内に抱え込んだ登場人物たちを非情に見つめる作風で知られてきたアキン監督は、新作の『ソウル・キッチン』で、ポジティヴな一歩を踏み出している。ハンブルク郊外の倉庫を安く手に入れたギリシャ系の主人公ジノスは、資金の無さからも、かなり手抜きだが、近くの労働者が昼を食べにくる定食屋ソウル・キッチンを営んでいた。だが恋人ナディーンがキャリアを求めて上海へ行ってしまってからの彼はまるでツキを逃してしまったかのように、ギックリ腰になるわ、資金が底をつくわ、保健所の査察が入るわといった次第で、レストランの存続さえ危ぶまれる。そこへ刑務所を出所した弟が転がりこんできて、更に危険が迫る…。

『愛より強く』『そして、私たちは愛に帰る』と、愛、死、悪の三部作の2作目まで行きながら、そのシリーズの完結を待たずにこのオフビート映画を出してきたのは正直、意外だった。しかもシリアスで刹那的な世界感からは大きく離れた、前向きでユーモアに溢れたエンタテインメントに仕上がっているのだ。だが食が人を繋げる群像劇として、入口は広く、思わず深いところへ人を引き込む映画として、2009年ヴェネツィア映画祭の審査員特別賞を受賞。

ノイバウテンのアレクサンダー・ハッケと共にイスタンブールの音楽を探求した『クロッシング・ザ・ブリッジ』(05)など、カルチャーやストリートを描くことにも長けている、エネルギッシュなファティ・アキン監督に、この突然な転換と、その未完結の三部作の行き先などについて聞いてみた。

1. 亡くなった友人、アンドレアス・ティールに背中を押されて作った映画、『ソウル・キッチン』

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Outside In Tokyo(以降OIT):まず、よく聞かれるとは思うのですが、なぜこのようにポジティヴな映画を撮ろうと思ったのですか?
FATIH AKIN(以降FA):それは、そういう気分だったから。『ソウル・キッチン』のような映画をやることがね。僕は一人の友人を亡くしていた。彼は僕の先生であり、師匠であり、指針であり、友人でもあった。彼は『愛より強く』『クロッシング・ザ・ブリッジ』『そして、私たちは愛に帰る』のプロデューサー(アンドレアス・ティール)だった。でも彼は『そして、私たちは愛に帰る』の撮影の最後の週にイスタンブールのホテルで亡くなった。僕はその後、悲嘆に暮れた。彼は本当に親しい友人だったから。もし生きていたら、今日も一緒にこの場にいると思うんだよね。実際、彼は日本で生まれたんだ。ドイツ人だけど、父親がエンジニアで、日本で仕事をしていた。だから彼も日本語を話せたんだ。とてもグローバルな人だった。とにかく、僕は苦しみ、自分の頭にあった映画の計画のことなど考えることができなくなった。これ(『ソウル・キッチン』)はだいぶ前の、2003年の秋に書いた脚本だ。彼(アンドレアス・ティール)は脚本を熟知していたし、ずっと映画にしてほしいと言っていた。でも僕はそこまで脚本を信じきれていなかった。自分が書いたのにね。シリアスさがまだ足りないし、外からの自分の評判も不安だった(笑)。でも彼は、人の言うことは気にする必要はないと言っていた。なぜそうなるかなんて。とにかく可能な限りいい映画にすればいいんだからと。彼の最後の言葉は、成功に隷属するなということだった。僕にはそれがとても大きな教訓になった。若い映画作家にとっては特に。

OIT:2003年に書いたもので、それを彼に推してもらったということですが、それを実際に作ろうと思った決め手は何でしたか?
FA:それは今のように、目の前の映画に少し怖じ気づいて、ためらいもあり、それをできるだけ遠くに追い払おうとしていた(笑)。映画を撮り始めないことへの言い訳にしていたんだ。今もそういう状態だけどね(笑)。次のは悪についての映画だから。これまで作ってきた三部作、つまり愛、死、悪についてだけど、画に現れる多くのものがそのうち現実に現れるようになる。それはとても奇妙だった。例えばだけど、アンドレアス(・ティール)は、僕が死についての映画を撮っていた時に亡くなった。『愛より強く』では、ポルノ女優と仕事していた。でも彼女の両親は、彼女がポルノ女優だということを知らなかったのに、それが世に出てしまった。両親はそれを映画の撮影が終わった後で知ることになった。それはまさに『愛より強く』の主人公の両親が、娘の結婚が嘘だったことを知るのと同じような形で知ることになった。そうしていろんなことが繰り返し出てきて、はまってしまった。それは、僕が歳をとり過ぎてしまう前の最後のパーティみたいなものだ。僕は年齢を重ねた映画監督が自分の若い頃の話や若い女たちの映画を撮ることに興味が湧かない。僕のヒーローたちは、自分と同じ年齢であってほしい。もし彼らが70歳、80歳になって、まだその時に僕が映画を撮れている状態なら、僕のヒーローたちは、自分と同じ年齢でいてほしい。要するに、振り返りたくはないんだ。絶対に振り返らない保証はないけど、今の年齢の自分から見ると、自分が歳をとった時に振り返るようにはなりたくないね。

『ソウル・キッチン』
原題:SOUL KITCHEN

1月22日(土)より、シネマライズほか全国順次ロードショー!

監督・脚本・プロデューサー:ファティ・アキン
脚本:アダム・ボウスドウコス
プロデューサー・音楽スーパーバイザー:クラウス・メック
撮影:ライナー・クラウスマン
編集:アンドリュー・バード
出演:アダム・ボウスドウコス、モーリッツ・ブライプトロイ、ビロル・ユーネル、モニカ・ブライプトロイ、ウド・キア

2009年/ドイツ・フランス・イタリア合作/99分/35mm/1:1.85/ドルビーSRD
配給:ビターズ・エンド

『ソウル・キッチン』
オフィシャルサイト
http://www.bitters.co.jp/soulkitchen/
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