OUTSIDE IN TOKYO
GEORGES GACHOT Interview

リオの夜景を捉えたスタイリッシュな映像で始まる『ジョアン・ジルベルトを探して』(2018)は、ジョアン・ジルベルトの謎めいた伝説の数々と素晴らしい音楽に魅せられてきたファンにとっては、まったく以てその期待を裏切らない作品であり、美しく謎めきながら、見るものを思索へと誘うドキュメンタリー映画の秀作である。映画は、ドイツ人の音楽ジャーナリスト、マーク・フィッシャーの著書「オバララ ジョアン・ジルベルトを探して」(ドイツ語版)を参照しながら、ここ10年間姿を消してしまったといわれている”ボサノヴァの法王”ジョアン・ジルベルトに出会うべく、監督自らが探求するという筋立てになっているが、この映画で描かれていることは本質的にかなり文学性が高く、例えば、ヴェンダースの『東京画』(1989)やクリス・マルケルのシネマエッセイの作品群を想起させる。ブラジル音楽ファンにとっては、シネマノーヴォの巨匠ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス監督の『アントニオ・カルロス・ジョビン 素晴らしきボサノヴァの世界』(2012)、偉大な詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスの生涯を描いた『ヴィニシウス -愛とボサノヴァの日々-』(2005/ミゲル・ファリアJr.監督)と共に必見のドキュメンタリー映画であると言って良いだろう。

本作の監督を務めたジョルジュ・ガシュは、スイスとフランス、2つの国籍を持ち、音楽にまつわる映画の監督として実績を残してきた。2002年に、ガシュ監督は、アルゼンチンのピアニスト、マルタ・アルゲリッチのドキュメンタリー『Martha Argerich, conversation nocturne』を撮り、これを見て気に入ったマリア・ベターニアから私の映画を撮っても良いと言われ、次の作品『Maria Bethânia: Música é Perfume』(2005)へと繋がり、マリア・ベターニアの作品に出演したナナ・カイミとの関係が次の作品『Rio Sonata: Nana Caymmi』(2010)へと繋がったのだという。そうしたキャリアの積み上げ方からも、音楽好きで堅実な人柄が伝わってくるジョルジュ・ガショ監督へのインタヴューは、監督が最も話し易いというドイツ語の通訳を介して行われた。

1. 友人の部屋でジョアン・ジルベルトと私と友人と3人でいるような感覚がした

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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):ジョアン・ジルベルトが初来日した2003年9月のコンサートを見ているのですが、曲の合間に、ジョアンが40分間沈黙してしまったのです。観客は、(ジョアンは喉に良くないエアコンを嫌っているので)エアコンの効いていないコンサートホールでその間、ずっと拍手をしてジョアンが再び演奏を始めるのを待っていたのですが、後日、あの時彼が何をしていたのか、その真相がまことしやかに囁かれました。それによると、ジョアンは、40分間、ひとりひとり拍手の音を聴いていたと言うのです。
ジョルジュ・ガショ:そのことを聞いて私が思い出すのは、マーク・フィッシャーが著書の中で書いてるんですけど、リオ・デ・ジャネイロの近くにヴィスタ・チネーザというロードレースのコースがありまして、そこにジョアン・ジルベルトが車で行って、車のエンジン音をずっと聴いていたって言うんです。そのエピソードは私の映画の中では使うことが出来なかったんですけど、そういうことを彼はやっていたんですね。

OIT:ところで、私の友人の名前がこの映画の中に唐突に出てきてびっくりしました。マークに最初ジョアン・ジルベルトの音楽を聞かせた者としてトシミツアオノという名前が出てきたからです。もちろん監督はトシミツアオノをご存知ではないと思いますが、監督はどういう風にジョアン・ジルベルトの音楽と出会われたのでしょうか?
ジョルジュ・ガショ:私がブラジル音楽に触れたのはかなり遅かったのですが、マリア・ベタニアのドキュメンタリー映画を撮った時に、モントルー・ジャズフェスティバルで彼女の歌を通じてブラジル音楽と出会ったような形になります。その前からジョアン・ジルベルトの音楽は無意識ながらも聴いてはいまして、大学の時に数学専攻の友達がいて、彼が自分の部屋でいつもジョアン・ジルベルトの歌を聴いていたんです。私はその時、その歌詞や曲がどういうものであるか、あまり意識していなかったのですが、当時20代だった私が友人の部屋でジョアン・ジルベルトのか細い声を聴いたというのは事実です。その時に私が持った印象を今でも覚えていますが、彼の下宿の狭い部屋の中に友人と私がいて、ジョアンもその同じ部屋にいるような感覚がしたんです。例えばマイケル・ジャクソンの歌を聴いても、どんなにいい装置を使って聴いてもそこにマイケル・ジャクソンがいるという感覚はあまりしないと思うんです。その時、友人の部屋でジョアン・ジルベルトと私と友人、3人でいるような感覚がして、すごく不思議な感覚だったことを今でも覚えています。



『ジョアン・ジルベルトを探して』
原題:Where Are You, Joao Gilberto?

8月24日(土)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

監督・脚本:ジョルジュ・ガショ
製作:ジョルジュ・ガショ、ピエール=オリビエ・バルデ、クリストフ・メナルディ、アンドレアス・アツワンガー
原作:マーク・フィッシャー
撮影:ステファン・クッツィー
編集:ジュリー・ピラット
音楽:ジョアン・ドナート
出演:ミウシャ、ジョアン・ドナート、ホベルト・メネスカル、マルコス・ヴァーリ

© Gachot Films/Ideale Audience/Neos Film 2018

2018年/111分/ビスタ/5.1ch/DCP/スイス・ドイツ・フランス
配給:ミモザフィルムズ

『ジョアン・ジルベルトを探して』
オフィシャルサイト
http://joao-movie.com
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