OUTSIDE IN TOKYO
HATA SAHOKO INTERVIEW

第13回東京フィルメックス:秦早穂子さんインタヴュー

4. 歴史は終わったからと言って、すぐに映画に出来るものではない。
 『エピローグ』には、この萌芽があります

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OIT:若い人が受容してるのは多分感覚的な部分も含めて面白いって思ってる部分があると思うんですけれども、その仏教的な部分について驚いてるのかどうかってちょっと分からないんですが。
秦早穂子:ご指摘の通りだと思いますね。しかし、仏教の根底には生まれ変わっていくという、思想があるわけでしょう。そこがキリスト教やユダヤ教とも違う。そういう異質なものにぶつかった感動が、西欧の人たちには、魅力のひとつではないかしら。そして、かつて私たちにはこうした土壌があったのだけれども、急激にドラスティックに変わり、失われていき、今の若い日本の人たちには無いのかも知れない。いい、悪いではなく、実際に、みんながどういう風に考えているかは分からないけれど、何か凄く新鮮だったり、はぁと思ったりするだろうと想像はするのですけれど、私にとってはああそうよと、ごくごく自然に感じられる。水の流れのように、いつまでも変わっていくような、変わらないようなものっていうのはあるのだと思う。

OIT:アピチャッポンに限らず、タイの映画にはそういう感覚がありますね、すぐ隣りに幽霊が普通にいるっていう。
秦早穂子:日本人もあると思う、少なくとも、ありました。タイには、まだ至るところにあるような気がします。しかし、産業が進むにつれて、これからは変化はしていくのでしょうね。

OIT:今上映されたばかりのイスラエル映画(『エピローグ』)なんかですと、人工的に建国された国で、それをこの映画の場合は失敗の歴史だったことまで言及しているんですけど、そういう映画の方が、ある種の驚きというか、凄く重いものがあると感じたんですけど。
秦早穂子:私が今日強く感じたのは、二十世紀という世紀は、常に、右翼か左翼か、あるいは、社会主義か資本主義かで闘争してきた。それを二十一世紀の今も未だに続けている訳でしょう。しかし現実に、ソビエトにおいて共産主義が崩壊し、それを信奉した多くの人たちが、凄いショックを受けたのだと思うのです。そういう歴史はすでに終わったからと言って、すぐに映画に出来るものでは決してない。『エピローグ』には、この萌芽があります。描かれたイスラエルの問題は、民族の問題も絡みますから、複雑です。ユダヤ人問題って、私たちは一生懸命、頭で理解しようとしているわけで、皮膚感覚的には分からない部分がいっぱいある。ユダヤ人と言っても、そこにも何系かという問題もあるし、それによる差別もある。それでも、映画で見ていると、多少は分かってくる。そこが素晴らしい。よくは分からないながらも。

OIT:パレスチナ側から撮る映画はまた違う訳ですもんね。
秦早穂子:『アバンチ・ポポロ』が優れているのは、イスラエルとエジプトの話なのに、イスラエル人がエジプト人を描くというその視点ですね、つまり結局は普通の人間が殺されてしまう。イスラエルとエジプトの戦争を、イスラエル人が描くならば、イスラエルの視点から描くのが普通でしょうが、エジプト人の兵士側から、逆の視点に見る。複眼で見ることによって、戦争の虚しさを訴えている。そして、実は未だに戦っているっていうこと。

OIT:『アバンチ・ポポロ』は、 レバノン戦争(1982年)の直後に、六日間戦争(第三次中東戦争/1967年)を舞台に撮られていて、しかもあのユーモアですから、凄いなと思いました。
秦早穂子:しかも「ベニスの商人」のシャイロックが出てきてね、あれがやっぱりユダヤ人の原型なんなのしょうかね。ヨーロッパにおけるユダヤ人の見かた。それをユダヤ人が、自嘲とユーモアで表現する。知的な傑作でした。

OIT:ホン・サンスも『3人のアンヌ』のQ&Aの時に言ってたと思うんですけど、映画でしか撮れないもの、他の美術や文学で表現出来ないものを映画でやりたいっていうようなこと言ってましたけど、映画の今後っていうのはどういうものになっていくのでしょう?
秦早穂子:これからの映画方向は、ますますそうした傾向になるでしょう。ホン・サンスはその意味でも先達の人。そこが優れているところ。『3人のアンヌ』では一人のフランス人、イザベル・ユペール、西洋の女を登場させて、彼女を自由に泳がせながら、じっと見ている、ホン・サンスの目というのは、冷たいのではないけれど、ゆったりしたような、さりげなさ、ちょっとばかりスケベ根性でも見ていたりして、エゴイズムな西洋の女の本性や、すべての女がもつ多面性も見つめる。衒いのない目です。ラスト・シーンの雨傘をかざして、手をふっていく女の後ろ姿は、実にいろいろな意味が含まれていて、忘れられない場面でした。これについて、話あったら、切りもないでしょう。もちろん、答えなどはありませんが。
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