パーシー・アドロンと聞いて、すぐにあの印象的な歌声が聴こえてくる。『バグダッド・カフェ』の乾いた砂漠に静かに流れる曲。だがもちろん、歌手のような名前でも、彼はその映画の監督だ。その後も彼は『ロザリー・ゴーズ・ショッピング』『サーモンベリーズ』など何本かの映画を発表したが、一般の印象は、その時のまま止まっている人も少なくない。そうしているうちに『バグダッド・カフェ』も再上映され、監督が新作で来日した。作曲家グスタフ・マーラーとその若く奔放な妻をアルマを描いた『マーラー 君に捧げるアダージョ』をひっさげて。これはマーラーの生誕150周年、没後100年を記念して製作されたが、マーラーの視点から見た妻のアルマにフォーカスが当てられ、彼の『交響曲第10番』の「アダージョ」が全編をバックボーンのように支える。一時はその暗さのために敬遠される声も聞こえながら、近年は確かな評価を集めているマーラーだが、アドロン監督は、若く才能あふれ、自分も刺激を受けて作曲したいという気持ちから、外見的にはさして魅力的ではない年上の男の才能に惚れこみ、結婚した妻のアルマと、その同時代の著名人たち(精神分析のフロイト、バウハウス建築家のグロピウスなど)を物語に持ち込むことで、歴史を僕らの世界に引き込んでみせた。聞けば、この作品の前は、ヨハン・シュトラウスについての22本の短編映画を撮っていたというほど、クラシック音楽に造詣が深い。そして確かな語り口の本作で評判を呼び、再び注目を浴びる監督に、マーラーと自身の映画史について語ってもらった。
1. 決定的な瞬間は、私が息子のフェリックスに |
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OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):最初に、なぜここでマーラーだったのでしょう。 パーシー・アドロン(以降PA):まず、マーラーのアニバーサリー(生誕150周年/没後100年)があります。そして物語があります。それはマーラー自身の自伝にもあるが、私は新しく知ったことでした。つまり、手紙の物語です。手紙による物語は強烈なアイテムであり、そこにはとても才能豊かな若い女性と、ある著名な作曲家がおり、まあ、その当時はかなり高名な指揮者で、今でいうカラヤンのような存在でした(笑)。 OIT:それは当時のポップスターのようなものでしょうか?
PA:そうですね。2人は当時、ブランジェリーナ(笑)のような存在でもあったわけです。 OIT:はい?
PA:ほら、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーのことを、みんなブランジェリーナと呼ぶでしょ? OIT:ああ(笑)。
PA:それにマーラーはフロイトにアドバイスを求めていた事実がある。それに女の愛人はヴァルター・グロピウスだ。なので、そこは使わずにはいられない物語の素材だった。見過ごせないよね。(考えずにいられない。)それに対してどんな対策があったのか、これはすごい、と反応せざるを得なかった。それにこの映画がマーラーの生誕/没後を記念するものになるのなら、ここは避けては通れませんよね。
それに決定的な瞬間は、私が息子のフェリックスに『交響曲第10番』の「アダージョ」を聴かせた時に訪れた。私たちは2人ともマーラーが大好きだったから、息子は私の顔を見て、なんて素晴らしい、まるで映画のために作曲されたかのようだと言った。映画音楽のようだと。そして私も、それを解体して、独自のスコアを作らなければならないと言った。マーラー自身の着想から、作曲家マーラーの頭の中に入りこむ必要があった。彼の原動力がどんなものだったかを知るために(笑)。なので、そこが一番の理由です。もちろん、マーラーの大ファンだったということは外せませんが。ヴィスコンティの『ベニスに死す』で『交響曲第5番』の「アダージェット」が使われて以来のことです。 |
『マーラー 君に捧げるアダージョ』 原題:Mahler auf der Couch 4月30日より渋谷ユーロスペースにてロードショー 監督:パーシー・アドロン 共同監督:フェリックス・アドロン 撮影監督:ベネディクト・ノイエンフェルス 指揮:エサ=ペッカ・サロネン 演奏:スウェーデン放送交響楽団 出演:ヨハネス・ジルバーシュナイダー、バーバラ・ロマーナー、カール・マルコヴィクス、エーファ・マッテス、レナ・シュトルツェ、フリードリヒ・ミュッケ 2010年/ドイツ、オーストリア/102分/カラー/ヴィスタ/ドルビーSRD 配給:セテラ・インターナショナル © 2010, Pelemele Film, Cult Film, ARD, BR, ORF, Bioskop Film GmbH 『マーラー 君に捧げるアダージョ』 オフィシャルサイト http://www.cetera.co.jp/mahler/ |
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