OUTSIDE IN TOKYO
TALK SHOW

アッバス・キアロスタミ監督が生きた”76年と15日間”の内、ほんの束の間に過ぎないが、監督と共に豊かな時間に過ごすことが出来たのは身に余る幸甚だった。今から6年前、2010年11月25日のことだ。『トスカーナの贋作』(10)の宣伝のために、30分間の時間をもらって、作品についてお話を伺う機会を得たのだ。キアロスタミ監督は、折しも、後に最後の長編映画として公開されることになる『ライク・サムワン・イン・ラブ』(12)のキャスティングなどの準備も兼ねて日本を訪れていた。

その時のインタヴューを、今、読み返してみると、キアロスタミ監督が”死”というものについて、随分身近なものとして語っていたことに改めて気付かされる。今回、東京国際映画祭で上映された『キアロスタミとの76分15秒』(16)でも、キアロスタミは、雪が降り積もった道を見ながら、この道は一体どこまで続いているのだろう?いずれにしても道の先の先には”死”があるのだが、と呟いているところが映像に収められている。

そうした”死”について言及は、何か特権的なもの、特別なものとして語られているわけではない。生の延長線上にあり、極めて自然に生命が辿るひとつの段階としての”死”が、散文的に、それでいて、ある種の詩情を湛えながら語られているのだ。生命の息吹や鳥の羽ばたき、オリーブの林、大地震が起こした建物の壁のひび、男と女が一緒になり、別れること、そして子どもたち、そうした自然の一部に過ぎない人間存在を含む森羅万象のひとつとして、詩人が”死”にも詩情、美を見出したまでのことに過ぎないのだと思う。

しかし、人生においてあらゆる”渦中”を生きる人々にとって、そうした”美”はあまりにも見過ごし易い。詩人は、そんな私たちに代わって、そうした瞬間瞬間を虚構の中に刻み続けてくれたのかもしれない。そして、すべては作り物であるはずの”映画”の中で生起していることの、あまりの生々しさに私たちは驚くほかなかったのだ。しかし、そんなキアロスタミ監督を以てしても、唐突に訪れた自らの死だけは、フィルムに刻印する術を持たなかった。

だから、今度は、残された者たちがキアロスタミ監督に成り代わって、彼の生涯を人々の記憶に刻印しなければならない。その試みは、日本においてはまず8月に「ありがとう、キアロスタミ!」として追悼上映が開催され、次いで10月には「キアロスタミ全仕事」の上映が行われ、監督が生前に深い関わりを持った東京国際映画祭でも、セイフラー・サマディアンのドキュメンタリー『キアロスタミとの76分15秒』と、キアロスタミ監督の遺作となった短編映画『Take Me Home』の上映として結実している。

『キアロスタミとの76分15秒』には、キアロスタミが仲間たちと写真を撮ったり、映画をつくったりする姿が捉えられている。その姿は、子どもが全身全霊を傾けて遊ぶ、子どもならではの残酷さも含めた微笑ましさと共に、まざまざと映像に記録されており、映画作家であるのみならず、写真家であり詩人でもあった、名匠と讃えられた人物の魅力を”充分”に伝えてくれる。その得難い作品の上映後に行われたセイフラー・サマディアンのQ&Aの模様をここに採録掲載する。


セイフラー・サマディアン『キアロスタミとの76分15秒』上映後のQ&A

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石坂健治PD:通訳はショーレ・ゴルパリアンさんにお願いしますが、ショーレさんもキアロスタミ監督とは親交が深かった方なのでコメントの方もお願いしたいということで拍手でお迎えください。
それでは一言ご挨拶を頂いて進めましょうか。
セイフラー・サマディアン:皆さん、こんにちは。本日はご来場頂き、ありがとうございます。今回で3回目の日本滞在になりますけれども、1回目は1983年ACCU(ユネスコ・アジア文化センター)写真コンテストの審査員として日本に来ました。そして2000年には、短編映画を持って東京国際映画祭に来ました。今回はとてもとても残念ですけれども、こういう形で、巨匠を亡くして、この映画を持ってこちらに来ました。
わたしは、黒澤明監督、小津安二郎監督、キアロスタミ監督はみんな家族だったんじゃないかなと思います。けれども、小津監督とキアロスタミ監督は双子だったと思います。黒澤明監督にお礼を申し上げた上、今回の日本のプレミア上映を小津監督とキアロスタミ監督の霊に捧げます。小津監督とキアロスタミ監督は同じ目線で世界を見ていたと思います。
石坂健治PD:ショーレさんご自身もキアロスタミ監督と色々思い出がおありになると思いますけれども、ちょっとだけお話頂けますか?
ショーレ・ゴルパリアン:私はキアロスタミさんの日本と韓国のアシスタントと言ってもおかしくないくらい、25年間キアロスタミ監督の日本と韓国の映画ロケ、撮影、写真、全てをコーディネイト、アシストしてきました。一番最後の(長編)映画になった『ライク・サムワン・イン・ラブ』(12)を日本で撮った時も、助監督やプロダクションマネージャーをやっていましたので、もう思い出が一杯で、、、今、ユーロスペースでもキアロスタミさんの追悼特集をやっていますけれども、今も、この映画を観て、涙を一生懸命我慢している状態で、すみません、通訳しながら、お話ししながらも震えてるので許してください。そのぐらいキアロスタミさんの思い出は一杯、一杯ありますから、いつか(文章に)書きたいなとは思っています。
セイフラー・サマディアン:ショーレがいなかったら日本とイラン映画関係はここまで進んでいなかったと思います。イランではショーレは、イラン映画のシスターと呼ばれてます。怖くてイラン映画の母とは言えないです、なぜなら彼女は会う度にどんどん若返ってますから。

『キアロスタミとの76分15秒』
英題:76 Minutes and 15 Seconds with Abbas Kiarostami

10月25日(火)~11月3日(木・祝)@六本木ヒルズ、EXシアター六本木 ほかにて

監督/撮影/編集/プロデューサー:セイフラー・サマディアン
エグゼクティブ・プロデューサー:サハーンド・サマディアン
音響:モハマドレザ・デルパーク、ハッサン・マーダウィ
編集技術助手:アリ・カマリ、ナグメ・マグスドル
出演:アッバス・キアロスタミ、ジュリエット・ビノシュ、マスード・キミアイ、ジャファル・パナヒ、アリレザ・ライシアン、タヘレ・ラダニアン、ハミデー・ラザウィ

76分/カラー/ペルシャ語(日本語・英語字幕付き)/2016年/イラン



『Take Me Home』

監督/撮影:アッバス・キアロスタミ
視覚効果スーパーバイザー:アリ・カマリ
編集:アデル・ヤラギ
音楽:ビター・ソレイマニプール
音響:エンシエ・マレキ
協力:イレーネ・ブッフォ、ハミデー・ラザウィ、ジャンニ・ガラントゥッチ、トニーノ・カパッキョーネ
出演:ビアージョ・ディ・トンノ

16分/モノクロ/セリフなし/2016年/イラン

TIFF 第29回東京国際映画祭
オフィシャルサイト
http://2016.tiff-jp.net/ja/
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