OUTSIDE IN TOKYO
TARR BELA INTERVIEW

タル・ベーラ『ニーチェの馬』インタヴュー

4. 世界は豊かでカラフルでパワフルなものなのだから、新しい人たちがやってきて、
 凄く新鮮で力を持った作品を作ってくれるだろう

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Q:ベラ・バラージュは、ハンガリー映画においてどんなインパクトがありましたか?
TB:ハンガリーの映画作家の皆にどのくらい彼の影響があったかって聞いてみたら、ほとんどが誰も読んでいないと言うのではないかなと思います。映画を作る人達というのは実用的で、そういう理論であったり、評論であったり、読まないタイプが多いです。やはり何かをするということは、自分自身も強い思いがあったり、何か理由があって作るわけで、私自身もそういう理論とか評論というものは、時々はいたずらに読むけれども、それから何かを学びとるということはありません。学ぶという行為はむしろ普通に公園で、あるいは市場にいる人たちに会わなければいけません。そこで何かを見るのです。そこで何かに心を動かされ、どこかへ衝き動かされて進むのです。誰かが映画についてぶあつい本を書いたとしても、私に何ができるでしょう(笑)。分かるよね。いいことも言えるかもしれないし、そういうフリもできるかもしれないけど、それが真実なのです(笑)。

彼は映画理論の研究者でした。それに、彼はとても優秀な、というか、ベラ・バートフと一緒に仕事しました。いい芝居を1本書きました。『青ひげ』です。「青ひげの城」、とでも言いましょうか。

Q:それは、昨日の会見で、将来的には教えていくとおっしゃっていたので、それで聞きたいと思ったのです。
TB:(笑)それはまたの話にしましょう。

Q:馬が動かなくなって馬小屋に入れられて、顔のところが見えたんですけど、目から涙を流したように僕には見えたんですが、あれは実際に泣いていたのですか?
TB:そういう風に見えたのだと思います。実際には泣いてはいませんでしたが、自分にとって馬の目というのはいつも悲しく見える非常に奇妙なものです。若い頃から色々馬は目にしていましたが、はっきりそういう風に感じたのはシカゴで観光客用の馬車をひいている馬二頭の顔を見た時で、ひどく目が寂しそうに見えたんです。それからは馬の目を見る度になんか寂しさというのを感じてしまい、寂しくない目をした馬に出会う日を待ち望んでいるのです。

Q:昨日の会見でもフィルムとかデジタルの話は出てきたのですが、監督が作ることを止めてしまうと、こうした凄く美しい白黒のフィルムで撮られた映画には出会えないのかなと思って、観客としては凄く不満に思うのですが、どうなんでしょうか?
TB:これを最後の作品にするというのはパーソナルな選択だったわけで、映画、フィルムというものは死んではいません。若い映画の作り手達が、それぞれの自分達の言語で、自分達の映画を作っていかなければいけないと思う。自分が身を引いたからといってこの世界は砂漠化するとか終わるとか死んでしまうということはないです。世界は非常に豊かでカラフルでパワフルなものなので、自分としても誰か新しい人たちがやってきて、凄く新鮮で新しい、そして力を持った作品を作ってくれるだろうと信じています。決して人生の終りというわけではありません。

Q:今のはとてもいい終わり方だったと思いますが…(笑)。
TB:では、追記にしておきましょう(笑)。



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