OUTSIDE IN TOKYO
TOM FORD INTERVIEW

トム・フォード『シングルマン』オフィシャル・インタビュー

2. 観客に問い掛け、考えさせる映画になっていてほしい

1  |  2



──はじめての映画製作の現場
これだけのキャストを揃えることができて幸運だった。コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、マシュー・グード、ニコラス・ホルト。全員優れた俳優だ。彼らが脚本を気に入って、この仕事を引き受けてくれたことが本当に嬉しかった。この映画をこれまでやった仕事の中で最も重要な仕事として、私と一緒に作業してくれるチームが必要だったが、結果として、すべてが非常にスムーズに進んだ。撮影はたった21日間だったが、私の監督としての最大の強みは、大勢の人間と仕事をすることに慣れているということだね。私のビジョンを通して彼らの道案内をしながら、一番良いところを引き出す。それぞれにできる限り創造力を発揮してもらう演出法には慣れていたんだ。

この映画では色使いが重要な役割を果たす。小説では、読者はジョージの頭の中にいて彼がどんな気持ちでいるかがわかる。だが私は、ジョージの気分を外側から観客に伝えなくてはならない。そこでその日の始まりは、ジョージが最低の気分でいるため、我々は彩度を減らし、照明をフラットにして、人生に絶望しているジョージのために文字通り無彩色で表現した。ジョージが美しさを体験する瞬間が始まると、スクリーン上の色もジョージの高まる気分を反映してテンションを上げていく。これは銀行で少女に偶然会ったときから始まる。いつも陰鬱な状態でいるジョージは、普段からこの少女にイラついている。だが銀行で偶然彼女と会ったジョージはついに彼女の本当の姿に気づくんだ。実は可愛らしくて、新鮮な美しさに溢れた少女。彼は彼女と会話を交わす。そして夕方になる頃、人生の美しさにジョージが引き込まれ始めると、彼の住む世界は完全に鮮やかな色彩に変わっていくんだ。

編集には、6ヶ月間を費やした。とりかかる前にどのくらいかかるか聞かれていたら、3ヶ月だと答えただろうね。編集によってシーンや物語の意味が完全に変わってしまうなんて全然知らなかったからね。ジョアン・ソーベルと仕事ができてラッキーだったよ。本当にひらめきのある編集者だし、私にとって最高の協力者だった。編集作業は“ルービックキューブ“のようだった。映画の中に入り込み、あらゆる角度からひっくり返したり、ひねったりしながら編集していく。本当に疲れ果てる作業だった。だが最後には、そうあるべき、そう意味されるべき、そうすべき1本の線が見え始め、やっと1本の映画としてまとまってきたんだ。



──素晴らしい俳優たち
コリン・ファースが演じた主人公ジョージ役はキャスティングがいちばん難しかった。ジョージ役を演じる感受性をもった俳優は世界中にほとんどいないからだ。彼はすべてのシーン、すべての瞬間に登場している。大変だったと思うが、彼に失望させられたことは一度もなかった。本当のプロだ。素晴らしいよ。驚くべき俳優だ。特に表情が素晴らしい。何も動かさなくても、感情が伝わる。考えていることがわかるんだ。カメラを長い時間彼の顔に向けて撮影した。彼の表情を捉えるためだけにね。驚くべき表現力だ。コリンは、目を通して、ほとんど表情も変えず、セリフも言うことなく、思っていることを伝えられるんだ。

ジュリアン・ムーアが演じたチャーリーはその美しさで人生を築いてきた。そんな彼女も時間には勝てない。自分でできることはすべてやってきた。今彼女は、自分の美しさが消えていく岐路に差しかかっている。ジョージと一緒にいると、チャーリーは全然違う。そして、彼にとっても彼女は光だ。チャーリーはこの映画に新鮮な空気を与えている。ジョージとチャーリーには長い歴史がある。恋人だった時期もある。でもジョージは自分がゲイであることを自覚し、彼女とは気楽な関係でいたいが、チャーリーはもっとジョージを真剣に捉えているんだ。キャスティングではジュリアンが最初に”イエス”と言ってくれた俳優だった。セットでの彼女には驚かされるよ。今までコリンと話していたかと思ったら、”アクション”の声がかかるとすぐにイギリス英語になって、キャラクターに入り込むんだ。しかも滑らかにやってのける。もちろん、我々には俳優が頭の中でどんな準備をしているのか、知る由もないが・・・。私は、小説とは違うチャーリーを創り出した。私の女友達と祖母の集合体なんだよ。イシャーウッドのチャーリーは複雑性に乏しく、魅力にも欠けていたから。それに私の人生に関わる数人の女性たちとの関係を描写するために、ジョージとチャーリーの過去も新しく考えた。チャーリーも中年の危機に直面し、ジョージと同じように自分の未来を見ることができずにいるんだ。

ケニー(ニコラス・ホルト)はジョージを信頼している。ジョージに興味を抱き、自分の疑問に答えてくれる人だと期待し、惹きつけられる。そしてジョージもまたケニーに惹かれている。もちろんジョージは教授という立場から、人を寄せ付けないところがある。ケニーは天使のような存在で、ジョージの心を、文字通り救い出すんだ。ニコラスは実に素晴らしかった。撮影時、彼はまだ18歳だった。非常に真剣にプロに徹している彼の姿は、素では面白いイギリス青年の印象とはかけ離れている。素顔はものすごく愉快な青年なんだ。

──トム・フォード監督から、観客へのメッセージ
この映画で、人生の些細なことが本当は大きなことなのだと、観客に伝えたいと願っている。素晴らしい映画は人の心に入り込む。そういう映画は、楽しませ、思考を刺激する。そういう意味で、『シングルマン』も観客に問い掛け、これまで思ってもみなかったことを考える映画になっていてほしいと思います。そして“自分の1日に、自分の人生にもう少し注目してみよう”と思ってもらえたら嬉しいですね。それが私の望みです。人生最後の数時間でさえ、人々にそれを思い出してもらえるような影響を与え続けたいと思います。



1  |  2