OUTSIDE IN TOKYO
TOM FORD INTERVIEW

トム・フォード『シングルマン』オフィシャル・インタビュー

ウディ・アレンは、「映画の90%は作る前から既に失敗している。それは、ほとんどの映画には”ストーリー”と呼ぶべきものがないからだ」と語った。その意味でいうと『シングルマン』もそうした“失敗作”のひとつと言ってしまいたい衝動に駆られる。さらに、『シングルマン』は、同性愛を題材にした映画としては、『トーチソング・トリロジー』(88)や『ブロークバック・マウンテン』(05)といった多芸と明白なメッセージ性を武器に万人の心に届かんとする強い意思を持つ作品と比べると、いかにもわかりやすいエモーションに欠けている。というより、そもそもそうした涙を誘うドラマティックな世界を始めから志向していない。

それでは、コリン・ファースやジュリアン・ムーアといった素晴らしい俳優陣の魅力はひとまずおいて、語られるべき“ストーリー”もなく、人の心を惹き付けるほどの“芸”もない『シングルマン』に、一体どんな見るべきものがあるというのか?それは、“ザ・デザイナー”と呼ばれ世界のファッション・シーンを牽引してきたイヴ・サン=ローランを自らのブランドから追い出し、モードの世界で大成功を収め過ぎたアメリカ人、“嫌われ者”トム・フォードならではの“魂の孤独”が、どのようにフィルムに刻印されているのかに尽きる。その痕跡を観た観客がどのような感想を持つのか、あとは観客の手に全てが委ねられている。
(上原輝樹)

1. ファッションは束の間だが、映画は永遠だ

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──映画『シングルマン』のエッセンス
20代前半の1980年代初頭、ロサンゼルスに住んでいたときに、小説『A Single Man』を初めて読んだ。すぐに虜になったよ。その物語の誠実さとシンプルさに感動を覚えたんだ。3年前、自分の監督デビュー作として最適な作品を探していた私は、この小説のこと、主人公“ジョージ”のことを頻繁に考えていたことを思い出したんだ。『シングルマン』は我々全員が感じる孤独を描いている。それは人間性の一部だと思う。人間の魂は肉体によって隔離されている。だから、人は誰かとつながりをもとうとする。この映画のメインメッセージは、“今を生きること”。毎日を最後の日だと思って生きることなんだ。

映画化すると決めてからは、かなり長い間この作品に取り組んだよ。脚本は2年間断続的に作業したし、草稿もたくさん書いた。書きながらシーンを想像していたときは何の問題もなかったね。俳優たちはセリフを完ぺきに言い、撮影もすべて上手くいく。想像上のことだから当たり前だけど。

しかし、脚本を進める内に、原作にはないストーリーを加える必要が出て来た。生きる意味を失って死を決意したジョージの1日というストーリーを付け加えることにしたんだ。ジョージは過去に生きていて、人生の変化を経験する。そしてこれからの人生を見失ってしまい、深い絶望感を振り払うことができず人生を終わらせようと決意する。だが最後に彼が目にするものによって、彼は世界を違う目で見始め、ここ何年かで初めて今を生きている自分を見出し、世界の美しさに直面する。これはタイムリーなテーマだと思う。我々の人生に与えられた贈り物に感謝することは、我々全員にとって、今だからこそもっと大切なのだと私は信じている。

──自分を見つめ直すこと
私がどんな経歴を持ったどんな人間なのか、先入観をもってこの映画を観た人の多くが驚くと思う。私はとてもロマンチックだし、いつも孤独を感じている。でも皆さんもそうでしょう?映画は、普段の私のイメージとは違うかもしれない。だからこそいちばん自分らしい作品と言えるだろう。ファッションは束の間だが、映画は永遠だ。映画は人に挑んでくる。考えさせてくれる。主人公ジョージの中には、私自身が大きく投影されている。多くの人に訪れる中年の精神的危機のようなものだ。私は若いときに物質世界でかなり成功した。経済的安定、名声、仕事の成功、必要以上の物質的所有物・・・。私は私生活を満喫していたよ。23年間連れ添った人生最高のパートナー、2匹の素晴らしい犬、多くの友人。だがなんとなく自分の道を見失っていたんだ。ファッションデザイナーとして、実際に店頭で売り出される数年前から未来のコレクションをデザインする毎日。我々の文化は、物質で何でも問題が解決できると我々に信じさせようとしている。私は完全に人生の精神面をおざなりにしてきた自分に気づいたんだ。

私にとって大切だったことは、ジョージとパートナーのジムの関係をありのままに描き出すことだった。人生でいちばん素晴らしいことは、少なくとも私にとっては、些細な事であることが多い。振り返ってみると、小さな事に気づかされる。誰かの匂いとか、ある日誰かが言った言葉とか、庭を横切る時の犬の眼差しとか、とても小さなことだ。それがこの映画で描かれている。そういう小さなことにフォーカスを当て、それが織り合う様を描き出す。それこそが、忘れがちな私たちの人生なんだ。

『シングルマン』
原題:A Single Man

10月2日(土)新宿バルト9ほか、全国順次ロードショー

監督・脚本・製作:トム・フォード
原作:クリストファー・イシャーウッド
衣装:アリアンヌ・フィリップス
美術:ダン・ビショップ
音楽:アベル・コルゼニオフスキー
追加音楽:梅林茂
撮影:エドゥアルド・グラウ
編集:ジョアン・ソーベル
出演:コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、マシュー・グード、ニコラス・ホルト、ジョン・コルタジャレナ

2009年/アメリカ/101分/シネマスコープ/カラー/ドルビーデジタル
提供・配給:ギャガ

© 2009 Fade to Black Productions, Inc. All Rights Reserved.

『シングルマン』
オフィシャルサイト
http://singleman.gaga.ne.jp/
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