『メアリー&マックス』

鍛冶紀子
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私がインターネットを使い始めた90年代、当時はSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)はもちろんCMS(コンテンツマネジメントシステム)もなく、大半の個人ホームページは自分でデザインし、自分でHTMLを組み、自分でサーバーにアップしていた。だから個人でホームページを持っている人は極限られていて(そもそもインターネットを使っている人口自体まだまだ少なかった)、そのせいか今よりずっと個人間のやりとりに親しみがあったように思う。ホームページに綴られた文章に共感し、手紙にも似たやりとりが交わされることもあった。お互い顔も名前も年齢も知らないのに、そこには確かなコミュニケーションがあった。『メアリー&マックス』を観ながら、そのころのことを思い出した。人は身近な知り合いよりも、実像を知らないどこかのだれかに対しての方が素直になれるのかもしれない。

本作は製作に5年の歳月をかけた長編クレイアニメーションなのだが、クレイアニメーションとしてのクオリティを語るより、ストーリーについて語りたい。もちろんクレイアニメーションあってのこのストーリーであるし、このストーリーが活かされているのはクレイアニメーションであるがゆえなので、どちらがどうと切って語れないことは承知しているつもりだ。それでも、本作の要はストーリーなのだという気がする。

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アダム・エリオットはこれまでの作品でもマイノリティを語ってきた。今回もそれは変わらない。主人公のひとり・マックスはアスペルガー症候群で過食症。もうひとりの主人公・メアリーは不健康な家庭環境で育った少女。そのふたりがひょんなことから文通を始める。ふたりの共通点は「友だちがほしい」という想い。オーストラリアとニューヨーク。国を越えた友情が手紙によって育まれて行く。

その手紙のやりとりを軸に、それぞれが抱えるさみしさが浮き彫りにされて行く。マックスは手紙に「人間は面白いけど理解するのが難しい」と書き、部屋でひとり絵を手本に笑顔を作る練習をする。アル中で万引き癖のある母と、死んだ鳥を拾ってきては剥製作りに熱中する父の下で日々窓の外を眺めるメアリー。決して"満ち足りた"とは言えないふたりの人生が、手紙によって交差し、影響を及ぼし合い、互いを知る前より豊かなものになっていく。

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アスペルガー症候群のマックスは、アダム・エリオットの20年来の文通相手がモデルだという。アダムは「私の狙いはただこの病を世界に知ってもらうだけではなく、みんな(いわゆる専門家も含めて)が持つこの病への誤解を解くことだった」と語っている。果たして"誤解を解くこと"に成功しているかは定かでないが、少なくともマックスが抱える「周囲との不調和による孤独」には現実味を感じるし、アスペルガー症候群の特徴としてコミュニケーションや感情のコントロールが苦手であるということは描かれていて、"この病を世界に知ってもらうこと"はできるだろう。

そしてなにより知らしめられるのは、人は誰でも「誰かとつながりたい」「誰かに必要とされたい」と願っているということ。これはマジョリティであれマイノティであれ同じはず。現実社会がどんなにさみしいものであろうとも、どこかのだれかとつながっているという事実が、その人の支えになるということ。その相手は必ずしも身近な誰かであるとは限らない。メアリーとマックスのように年が違うかもしれない、国籍が違うかもしれない。現代ならインターネットの向こう側にいる可能性だってあるだろう。

3月11日の地震で私たちはつながることの重要性を学んだ。地震以前にはどこかでそれを求めながらも具体化することが難しかった。しかしあの日以降、つながることは生き抜いて行くために必要不可欠なことへと変換した。私たち日本人はひとりでは生きていけないことを体感として知り、そして今、誰かの支えになれることを実感している。そういう意味では、偶然とはいえこのタイミングでの本作の公開はタイムリーと言えるのかもしれない。


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『メアリー&マックス』
原題:Mary & Max

4月23日(土)より、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋 ほか全国順次ロードショー
 
監督・脚本:アダム・エリオット
プロデューサー:メラニー・クームズ
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、トニ・コレット、エリック・バナ、バリー・ハンフリーズ

© 2008 Screen Australia, SBS, Melodrama Pictures Pty Limited, and Film Victoria

2008年/オーストラリア/94分/カラー/35ミリ
配給:エスパース・サロウ

『メアリー&マックス』
オフィシャルサイト
http://maryandmax-movie.com/
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