『アニエスの浜辺』

上原輝樹
agnes_01.jpg

アニエス・ヴァルダが幼少期を過ごしたベルギーのブルュッセルから程近い浜辺で撮影されたオープニング映像で幕を開ける『アニエスの浜辺』は、浜辺にいくつも打ち立てられた鏡が、作家自らの80余年に及ぶ生涯の煌めきを乱反射するだけでなく、世界を映す鏡としての"映画"の比喩でありながら、かつて目にしたことのないような新奇な浜辺の風景を創りだし、観客をアニエスの"浜辺"に一気に引き込んでしまう。

この浜辺における鏡の壮観なインスタレーションを観ただけで、映画の後半で触れられるパリのカルティエ現代美術財団の依頼で行ったというインスタレーション『島と彼女』展(06)が作家自らの"自画像"を描くという道筋を作り、それが自然に発展して本作に結実した様子が窺える。従来の作品でも示されてきたアニエスのシュールレアリズムへの傾倒と相俟って、現代美術シーンとの親和性の高さが垣間見えてくる。「人の心の奥には必ず心象風景がある。わたしの場合、それは浜辺です。」と語るアニエスは、自らのポートレイトを、人生の様々な時期に大切な人たちと過ごした幾つもの"浜辺"を辿っていくことで描き始める。

agnes_02.jpg

アニエスが二番目に訪れるのは、第二次大戦の戦渦を逃れ一家が移住した地中海の漁村セートの浜辺だ。この地で撮影された処女長編『ラ・ポワント・クールト』(54)の編集を任されたアラン・レネの姿が本編にも登場するが、レネが編集をしながら「おや、このシーンはヴィスコンティの『揺れる大地』に似てるぞ!」「これはまるでアントニオーニの『ある愛の記録』だ!」などというたびに、そうした作品を見たこともないアニエスはイライラしたものだという。他のヌーヴェル・ヴァーグの作家たちと違い、そもそもシネフィルでも何でもなかったというアニエスだが、こうしたこともあっていずれシネマテークに通い古典や名作を見るようになったという。

浜辺に打ち寄せる波に"Nouvelle vague"の文字が重なり、アニエスが"ヌーヴェル・ヴァーグ"という言葉を口にするや否や、『5時から7時までのクレオ』(61)の劇中映画にサイレント映画の俳優として出演した時の、アンナ・カリーナ曰く「めがねをとったジャン=リュックはバスター・キートンなみに男前」な若き日のゴダールが登場し、"永遠の青春"ヌーヴェル・ヴァーグの回想が始まる。ヌーヴェル・ヴァーグをカラフルに彩った映画人たち、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル、ジャック・リベット、ミシェル・ピコリ、カトリーヌ・ドヌーブ、そして、映画はジャック・ドゥミとの出会いからますます多幸感を深めていく。かつてヌーヴェル・ヴァーグの洗礼を受けたからといって、2009年の今、感傷に流されてこの映画を観ることはあるまいと高を括っていたものの、『5時から7時までのクレオ』のミッシェル・ルグランのスコアが流れるとともに私の心のバリアも一気に瓦解して、涙腺がまずいことに、、、さらに追い打ちをかけるように流れるのは『ロシュフォールの恋人たち』(66)の甘美な旋律。音楽の力は恐ろしい!

agnes_03.jpg

ヌーヴェル・ヴァーグの中でも、アニエス・ヴァルダは、ジャック・ドゥミ、アラン・レネ、クリス・マルケルと共に"セーヌ左岸派"と呼ばれた。彼らは、ドキュメンタリー的手法で得た素材を時間軸に沿って批評的なスタンスで再構築していく作風が特徴的だったが、本編でイラストの猫ギヨムに扮してインタヴュアーとして登場するクリス・マルケルのシネマ・エッセイの傑作『サン・ソレイユ』(82)の名前だけはどうしても挙げておかなければならない。クリス・マルケルは、スチル写真のモンタージュで構成されたSF短編映画『ラ・ジュテ』(62)で高い評価を得た映画作家として知られるが、ギー・ドゥボールとともに、ジャン=ポール・サルトルのもとで哲学を学んだ、セーヌ左岸派きっての理論家でもある。『サン・ソレイユ』で、彼は日本とアフリカを訪れ、その地に暮らす人々の姿を自らキャメラにおさめ、"記憶と旅"というテーマに沿って、哲学的な洞察を自らの言葉で加えていく。マルケルの眼とイマジネーションが捉えるものは、現実のイメージに限らず、時には、映画に及ぶ。そこでは、ヒッチコックの『めまい』(58)が大胆に引用、再編集され、『めまい』は幽霊(キム・ノヴァック)に取り憑かれた男(ジェイムス・スチュアート)の映画だというマルケル独自のスリリングな読解が提示される。本作『アニエスの浜辺』においても、マルケルが展開したドキュメンタリー映画の新たな地平を切り開く試みは、盟友アニエスによって継続されている。『サン・ソレイユ』では、ある女性が世界中を旅するカメラマンからの手紙を読むという形式のナラティブが導入されているが、アニエスの試みは、自画像を描くということに簡素化されており、感情と共感、ユーモアといった人間性の探求においてより目覚ましい成果を上げている。

アニエスは、クリス・マルケル同様、映画に先立って写真家としてキャリアをスタートさせている。そのスタート時点でアヴィニヨン演劇際に参加したジェラール・フィリップを撮影するという幸運に恵まれていることからして、いずれ展開されるアニエスの豊かな色彩に彩られた人生を予兆させるかのようだ。写真家としての彼女のキャリアは本格的なもので、1957年の鮮やかな"赤"が溢れる毛沢東時代の中国、1962年キューバ危機直後の革命キューバを訪れ、多くの報道写真をものにしており、その時代の居るべき場所に居る彼女の嗅覚と行動力に驚かされる。

agnes_04.jpg

世界を跳び回る彼女の行動力は、もちろん映画でも遺憾なく発揮された。60年代後半にはカウンターカルチャーの嵐が吹き荒れるL.A.を訪れ、ヒッピーカルチャー発祥の地サンフランシスコで、過激な黒人解放運動を展開したブラックパンサーのドキュメンタリー『ブラック・パンサーズ』(68)を撮り、ハリウッドではウォホール映画のミューズ、ヴィヴァを主演に迎え、ピーター・ボグダノヴィッチやドアーズのジム・モリソンなども出演した『ライオンズ・ラブ』(69)※というコメディ/ドラマも撮っている。その翌年、パリで撮影され、その政治性ゆえにフランスの公共テレビでは放映されなかったという、アナーキズムに彩られた『ナウシカ』(70)では、貧しさゆえの盗みを正当化する弁舌をふるうヒッピー青年を無名時代のドパルデューが演じている。この60年代後半の時代の空気を見事に捉えた一連の作品がコラージュされていく中で、時代のアイコンたちがアニエスのキャメラを横切っていく様には思わず目眩すら覚える。

本作を自身のポートレイトとして位置づけ、様々な作品とエピソードをアニエス本人のナレーションで語りながら、時折コミカルなキャラクターに変身したり、キャメラ目線のまま後方に後ずさりして、体を張って文字通り過去を振り返る素振りを見せながら、茶目気たっぷりな"繋ぎ"を小気味良く挟みつつ回想の進行役をつとめるアニエスだが、世界的に盛り上がりをみせたフェミニズム運動に呼応した劇映画『歌う女・歌わない女』(77)の件になると、女性としての"怒り"を露にする。その"怒り"は、かつて歯に衣着せぬ発言で"爆弾女"という不本意な称号を与えられた過去のものではなく、「私は怒っている」という現在形で表明されているところが重要だ。今、改めて、フィルモグラフィを見直してみると、この作品を契機に、以降『ドキュメントする人』(81)、『冬の旅』(85)、『カンフー・マスター』(87)、『アニエスv.によるジェーンb.』(87)と"女性"という自らのジェンダーを深く見つめる重要作品が続いていく。 "男社会"との闘いを通じて一連の作品で獲得された、女性映画のエクリチュールは、今やアニエス・ヴァルダというひとりの女性映画作家ならではの個性として世界中の人々に愛されるものとなっただけでなく、"ジェンダー"の枠を超えて世界の誰もが認める普遍性を獲得するに至っている。

agnes_05.jpg

『アニエスv.によるジェーンb.』のワンシーンを参照して、"思い出とは、頭の中をハエがぶんぶん飛び回るようなもの"と秀逸な警句を発したり、パリのダゲール通りに浜辺の砂を敷き詰め、事務所の机や椅子、PCを並べ、自らのオフィス<シネ・タマリス>を再現してしまったりと快調に飛ばしていたアニエスだが、最愛のパートナー、ジャック・ドゥミの死だけは今もって受け入れ難い現実なのに違いない。"全ての死者の中で最も愛された死者、全てのバラの花をジャックのために。泣きたい。"とアニエスが語るとき、彼女がその実年齢に相応しい"老い"を生きていることに観客も今初めて気づくだろう。

アニエス・ヴァルダの映画の豊かな色彩は、世界の豊かさそのもののようにフィルムに焼き付き、観るものの心を豊かにしてくれる。その豊かさには、生も死も、喜びも悲しみも怒りも、すべての人間的な感情が、美が刻印されている。


『アニエスの浜辺』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(2)

Posted by 大湾節子 | 2014.01.25

こんにちは。

再度、コメントを書き入れることをお許し下さい。
このサイトを知ってから、他の映画監督の記事なども拝読致しました。

丁寧な分かりやすい記事で、楽しく読ませて頂いています。
私の個人的なブログで、アニエス ヴァルダ監督を紹介したのですが、知れば知るほど、彼女の大きさを知って、圧倒されました。

彼女の作品をまた初めから見ることになっています。
再度、この記事を読み直してみます。

これからもよろしくお願い致します。

http://ameblo.jp/romantictravel

Posted by 大湾節子 | 2013.11.08

ロスアンジェルス在住の大湾節子です。

アニエス ヴァルダの作品と検索したところ、こちらのサイトに辿り着きました。

丁寧な、そして洞察の深い解説に、大変感心致しました。
ここ数日、彼女の作品(DVD)を観ています。

全部観終わったら、また、このサイトを改めてゆっくり拝読させて頂きます。

彼女がロスアンジェルスにいたとき、
夫が彼女の作品のネガティブカッテング(編集作業の1部)をしました。

それで、彼女がロスアンジェルスに来ると、レセプションなどの招待状が届きます。

私たちがパリを訪れた時も、彼女のパリのスタジオを訪れました。

今月、彼女は2人の子供と一緒に、再びロスアンジェルスを訪れて、昔製作した作品の上映会や、ロスアンジェルス美術館で彼女の写真の展示会や、講演会のためにやってきました。

まったく年を感じさせない偉大な監督の一人です。
講演会の時は、階段を杖を使って歩いていましたが、
彼女は映画そのもので、いつも新しい物に挑戦していました。

夫には内緒で、私の旅行記を昨日パリのオフィスに送ったところです。

『アニエスの浜辺』
原題:Les Plages d'agnès

10月10日(土)より、岩波ホール他 全国順次公開

監督/脚本/語り:アニエス・ヴァルダ
撮影:エレーヌ・ルヴァール、アーレン・ネルソン
プロダクション・デザイン:フランキー・ディアゴ
編集:ジャン=バチスト・モラン
音楽:ジョアンナ・ヴルゾヴィッチ、ステファン・ヴィラール
出演:アニエス・ヴァルダ、ジャック・ドゥミ、マチュー・ドゥミ
登場者:ジャン=リュック・ゴダール、ジェーン・バーキン、カトリーヌ・ドヌーヴ、ハリソン・フォード、ジム・モリソン他

2008年/フランス/113分/カラー/ハイビジョンサイズ
配給:ザジフィルムズ

写真:© 2008 Ciné Tamaris
- Arte France Cinéma

『アニエスの浜辺』
オフィシャルサイト
http://www.zaziefilms.com/
beaches/



アニエス・ヴァルダ特集
『アニエス・ヴァルダの世界』























































































































































※『ライオンズ・ラブ』(69)公開直後
NYのTV番組に出演するアニエス・ヴァルダの映像
agnes_06.jpg


米ニューズウィーク誌の批評家Jack Krollが、『ライオンズ・ラブ』の登場人物(ウォホール映画のスター、ヴィヴァなど)を"グロテスク"と称したことに猛反発するアニエス。その横でタバコをふかしながら、アニエスを擁護するスーザン・ソンタグがスーパークール。アニエスとソンタグの60'/70'sファッションも見目麗しく、Jack Krollがなんともスノッブな堅物に見える。時代は変わり、今や、彼女たちの主張がなんと正しく響くことか!

















































参考文献:
「映画とは何か」山田宏一 映画インタヴュー集 草思社
「友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌」山田宏一 平凡社
印刷