『チェチェンへ アレクサンドラの旅』

イーデン・コーキル
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82歳のひとりの老女がこんなにも戦場を、さらには、戦争映画というジャンルまでも変えてしまうものだろうか。

ロシア人監督アレキサンドル・ソクーロフによる映画『チェチェンへ アレクサンドラの旅』で主演を努めるのは1950年代のオペラスター、ガリーナ・ヴィシネフスカヤである。成熟しており、誇り高く、自信に満ちた女性だ。つまり、戦争映画に登場するこの世代の女性たちとは大きく異なる。銃撃が止んだ途端にすすり泣く犠牲者でもなければ、孤独な兵士の夢に現れる家庭のシンボルでもない。どういう訳か、この偉大な女性は砂漠に閉ざされた駐屯地チェチェンに配属されたロシア軍将校で、孫にあたるデニス(ヴァシリー・ シェフツォフ演じる)に会いに来る。この設定だけだとコメディにもなりえるのだが、(「ママが軍服にきがえたら」(1989)を覚えている人がいるだろうか?)ソクーロフの思案に沈んだ、奇妙に心に染みる映画に親しんだ観客であれば、笑い話ではないことは想像に容易い。

私には従軍の経験が無く、80歳代の女性が、前線に程近い基地の日常に与える影響については知る由もないのだが、ソクーロフが全くもって真に迫った、目が離せないほど引き込まれる作品を描き上げたことは確かだ。

兵士たちを乗せて走る酷く暗い列車から、武装した窮屈な装甲車へとアレクサンドラが夜通し移送されるシーンで、まず気付くのは、彼女の存在が周囲の兵士をより若く見せているということだ。ただ単に、皺と白髪が滑らかな肌と角刈りの頭髪にクローズアップで併置されているからではない。彼女の周囲にいる兵士の言動がそう見せるのだ。冷蔵庫を開けた瞬間に真夜中のつまみ食いを母親に見つかって狼狽する少年のように、ほとんど間抜けともいえる兵士の表情を車両に僅かにもれる光が浮かび上がらせる。

兵士はまた礼儀正しくもある。位の高い兵士がこの路地、あの道とアレクサンドラを案内していると、荷物に手を貸そうとする輩が何やらもごもごと呟きながらついてくるのだ。

この映画を成功に導いた要因の1つは、ソクーロフが明らかに本物の兵士を起用している点だ。彼らの神経質なぎこちなさは、映画の撮影隊はまだしも、老婦人までもが戦地の掘建て小屋に乗り込んできたことに対するまっとうな反応であることは疑う余地もない。

アレクサンドラはついに孫に会う。彼が前線で配備につく時間の合間に、終盤に差し掛かった彼女の人生について、そして彼の行き詰まった独身生活について対話を重ねていく。しかし、会話の内容よりも、私達を魅了する視覚的そして聴覚的な効果をソクーロフはこの映画に投じている。

例えば兵士が武器をきれいにする、こんなにも興味をそそるシーンを私は知らない。若い坊主頭が古い銃に覆いかぶさる様にして、銃を捻り離してはボロ布で磨く。それを観ているアレクサンドラ。独特なテンションを生みだす彼女の存在を、ソクーロフはここで最大限に生かしている。銃、固く盛り上がった筋肉、ヘリコプターの唸り、地響きをあげる軍隊輸送車のモンタージュは、この映画を壊滅的な暴力の瀬戸際で留めている。そして、それを見つめるアレクサンドラ。

世代の距離を超えて繋がろうとする性的なテンションもある。かつてのディーバであり未だ充分に官能性を湛えるヴィシネフスカヤは、見張りに立っているのか、ただうろついているのかわからない、好色な若い男を手際よく片付ける。そのヴィシネフスカヤ扮する老婦人が最初に孫を見つけるのは、彼女が眠りから覚め、隣の簡易ベッドで寝ている孫の姿を目にした瞬間だった。彼女は起き上がり彼の身体をくまなく観察する。玉の汗がうかぶ二頭筋から水ぶくれのある足まで。その後のシーンで、アレクサンドラは長い髪を編むよう彼に差し出す。2人が戦車やテントといった狭く、プライベートな空間でお互いを押し合うようなシーンが多く描かれ、最もあり得ないと思いつつも「逢い引き」という言葉が一瞬パッと頭をよぎる。

それでもスクリーン上で、暴力と同様、性的なテンションが解き放たれることはない。その代わりに、この2つの弛まぬ底流は、2人がそれぞれすぐに直面しなければならない変化のシンボルとして物語を流れて行く。孫のデニスは自分の家庭を築くため家路に着かねばならず、老いたアレクサンドラは迫り来る死に立ち向かわねばならない。2人とも望まない変化であろう。ソクーロフはほとんど慈悲の心をもってして、思いもよらない休息のひとときをここで2人に与えているように思えるのだ。

(翻訳:親盛ちかよ)




『チェチェンへ アレクサンドラの旅』

上原輝樹
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『牡牛座 レーニンの肖像』『モレク神』『太陽』の映画作品でレーニン、ヒトラー、昭和天皇といった権力者をあくまでひとりの"人間"として描き、『エルミタージュ幻想』ではロシア・ロマノフ王朝300年の歴史を、1度きりの撮影、90分ワンカットで描くという離れ業をやってのけたロシアの鬼才アレクサンドル・ソクーロフ監督。そして今度は新作『チェチェンへ アレクサンドラの旅』で、ロシア軍の全面協力を仰ぎながらも、"戦争映画"につきものの"戦闘シーン"を一切描写することなく、戦争がもたらす荒廃を描いた希有な"反戦争映画"を撮った。

映画は、世界的に有名なソプラノ歌手、ガリーナ・ヴィシネフスカヤの最も古い歌唱音源に、ロシア的旋律を強調したオーケストレーションが彼女の歌声をかき消さんばかりの音量で被さってくる、情感豊かなサウンドトラックで始まる。そこには、当時、反体制作家のアレクサンドル・ソルジェニーツィンを擁護したことで当局から音楽活動を妨害され、ソ連国籍まで剥奪される憂き目に遭ったガリーナの人生へのオマージュであると同時に、当時の体制への痛烈な批判が込められているように感じられる。

微かに聞こえてくる60年以上前の音源に導かれるように、齢80歳のガリーナ演じるアレクサンドラ(※)が画面に登場し3日に亘る"アレクサンドラの旅"が始まる。<人々の守護者>という名前を持つアレクサンドラは足が不自由だ。対チェチェン前線のロシア軍駐屯地に赴任する27歳の孫を訪ねる、この威厳に満ちた老婦人に対し、若い兵士たちもそれなりの節度と敬意を払う。登場する兵士の多くが、実際のロシア兵だということを考えると、ロシアが誇るべき世界的なソプラノ歌手であった彼女に、フィクションを超えた尊敬の念が滲み出ても不思議はないが、アレクサンドラは、時には彼らを叱り、時には人を喰った態度で接し、まだ精神年齢が幼い兵士たちを次第に手なずけていく。<人々の守護者>らしい母性を大いに発揮しながら、悠々と、赤茶けた砂地の駐屯地を徘徊的に突き進むアレクサンドラは、駐屯地内では飽き足らず、いよいよロシア軍駐屯地の外、チェチェン市街へと歩みを進める。

チェチェンの人々も、アレクサンドラが、顔立ちで一目瞭然なのか、その地を占領するロシア人だということを敏感に感じとっている。見知らぬ土地で敵意すら感じさせる人々の波に疲弊するアレクサンドラだが、一人のチェチェン女性マリカと出会い、彼女の家で世話になる。そこで目にするのは、ネオリアリズモの巨匠ロッセリーニの『ドイツ零年』の廃墟を想起させる、戦火で崩壊しかけた建物と依然住み続ける住民の姿だった。旧ソ連時代のレジスタンスの象徴として本作に招かれ、兵士の親、戦争の被害者として駐屯地に送り出されたはずの"守護者"アレクサンドラだったが、いまや少数民族を抑圧するロシア人の立場を余儀なくされる。映画冒頭で微かに流れていた歌声は、もはやここでは聞こえてこない。ソクーロフ監督は、本作に現実のロケーションを大胆に取り込むことで、戦争の不条理に翻弄されるひとりの"人間"の姿を鮮やかに描き出すことに成功している。

マリカの手厚い接待を受け、駐屯地へ戻る近道を案内されたアレクサンドラは、再び不自由な足で歩みを始める。一生のうちにサンクト・ペテルブルクとメッカに行ってみたいと、暗い目を輝かせる青年は、本当に駐屯地へ戻る道を教えてくれるのだろうか?アレクサンドラは知らないが、我々観客は、映画の冒頭で、2人のロシア兵が一瞬にして何者かに拉致されるという、あまりに唐突なワンショットを目撃している。映画が不穏な気配をまき散らす中、アレクサンドラは依然、"守護者"たり続けることができるのか?エンドタイトルと共に流れる、壮麗な旋律が、静かな"反戦争映画"の余韻を辺りに響き渡らせていく。


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『チェチェンへ アレクサンドラの旅』
Alexandra

2008年12月20日公開
渋谷ユーロスペース他

監督/脚本:アレクサンドル・ソクーロフ
撮影:アレクサンドル・ブーロフ
音楽:アンドレイ・シグレ
演奏:マリーンスキー歌劇場管弦楽団
音楽監督:ワレリー・ゲルギエフ
指揮:パヴェル・スメルコーフ
製作美術:ドミトリー・マーリチ・コニコーフ
衣装デザイナー:リディア・クリュコワ
メイクアップ・アーティスト:ジャンナ・ロディオーノワ
録音プロデューサー:ウラジーミル・プルソフ
編集:セルゲイ・イワノフ
カメラマン:アレクサンドル・マズール
製作総指揮:ドミトリー・ゲルバチェフスキー
共同製作者:ロラン・ダニエール
製作:アンドレイ・シグレ
出演:ガリーナ・ヴィシネフスカヤ、ワシーリー・シェフツォフ、ライーサ・ギチャエワ、エフゲーニー・トゥカチュク

製作:Prolin-film(ロシア)/Rezo Productions(フランス)
後援:ロシア連邦文化映画局・フランス国立映画センター
2007年/カラー/92分/DOLBY DIGITAL/1:1.66
配給:パンドラ=太秦

『チェチェンへ アレクサンドラの旅』
オフィシャルサイト
http://www.chechen.jp/



























































































































※アレクサンドラ(女性名)、アレクサンドル(男性名)は<人々の守護者>という意味がある。
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