『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』

上原輝樹
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蒸し暑い東京の昼と夜を数ヶ月の間に渡って、水面を大きくたゆたわせる黒い潮流の如き、シャブロル作品の一群が支配し、観る者に確かなトラウマと悦楽を残しながら、ひとまずはまた暗く静かに深く潜行していった今、そのタイミングを見計らって、カイエ的友情で示し合わせたかのように暗躍する東京の仕掛人たちは、今度はゴダールとトリュフォー、そして、ジャン=ピエール・レオーに焦点を充てたドキュメンタリー映画『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』なる手を繰り出してきた。

カイエ・デュ・シネマの元編集長であったというアントワーヌ・ド・ベックが脚本を手掛けた作品であるから、事実と資料に基づいたその内容については、"間違いない"というお墨付きの声が早くから聞こえていたものの、映画として観てみると、例えば、山田宏一氏の名著「友よ、映画よ」の感動には遥か遠く及ばない、であるとか、大学の教授が作ったような映画、との声も当然の如く、聞こえてくる。

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そうしたクールな反応は、既にヌーヴェルヴァーグを知るものにとっては当然のものかもしれないが、山田宏一氏も感動したという、ジャン=ピエール・レオーが『大人はわかってくれない』のオーディションを受けているレア映像や、"ラングロワ事件"で共闘するゴダールとトリュフォーの勇姿、ゴダールによるフリッツ・ラングへのインタヴュー映像といった血湧き肉踊る映像も納められており、ヌーヴェルヴァーグを知らない若い世代はもちろん、ゴダールもトリュフォーもシャブロルもロメールもリヴェットも知っている、という皆さんにもお薦め出来る内容になっている。ロジェもルーシュもヴァルダもデミもマルケルもカヴァリエも一通り観てるけど?という強者の皆さんには、もはや、私の口から改めてお薦め出来るフランス映画があるとは思われないけれど。

『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』は、若かりし日のトリュフォーとゴダールの初めての合作が洪水を捉えた"水"の映画だったということは、その後、彼らの作り出したムーブメントが"新しい波"と呼ばれることを考えれば、何とも象徴的な初動であったと言えそうな『水の話』、トリュフォーの瑞々しい傑作短編映画『あこがれ』の、つい最近では是枝裕和監督『奇跡』で長澤まさみが演じた生足先生へと継承されたと思しき、ベルナデット・ラフォンのサドルの匂いを嗅ぐ少年の名シーン、『大人はわかってくれない』『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』『突然炎のごとく』といった名作の数々からの抜粋やそのときどきのインタヴューが次から次へと繰り出され、観るものを圧倒するが、やがて、というよりは、すぐに終息してしまうヌーヴェルヴァーグの商業的成功の終焉とともに、時代はシリアスな色調を帯びていく。

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"ラングロワ事件"での共闘を経て、暫くは友情が続いたトリュフォーとゴダールだが、その詳細についてここでは触れないが、やがて決裂を迎える日がやってくる。二人の間に立ち、彼らの息子のように接していたというジャン=ピエール・レオーは二人の父親の決裂に精神を病んでしまったと山田宏一氏が述懐している通り、ゴダール、トリュフォー、そして、レオーへと引き継がれたかのように本作では位置づけられているヌーヴェルヴァーグの血統は、実は受け継がれなかったというべきなのかもしれない。もちろん、その後、世界中の映画作家に影響を与えた作家主義であるとかスタジオを離れた映画作りの話はまた別の話として。

ほんの数年間で完結したヌーヴェルヴァーグ、それ故の永遠にエヴァー・グリーンな魅力が、今なお、ゴダールとトリュフォーの初期の作品に宿っている。そして、その輝きはいささかいぶし銀ながらも、彼らと並走していたクロード・シャブロルの初期の作品についても同様であることは当然忘れてはならないわけだが、明らかに、ゴダールよりもトリュフォーに傾倒している本作(ゴダールがトリュフォーを見つめるという構図が何ともあからさまなスチルばかり!)の作り手の熱意に、ここはひとまず伝染して、併せて公開される、トリュフォーの9作品を観る為に劇場へ足を運びたいと思っている。3.11以降の目で見つめるには、あまりにも眩し過ぎる作品群ではあるのだが!

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「それぞれのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー監督特集」
7/30(土)より9/2(金)新宿K's cinemaにて連日上映中
http://www.cetera.co.jp/nv/nv.pdf

上映されるのは以下の13作品:
ジャン=リュック・ゴダール
『女は女である』『女と男のいる舗道』『男性・女性』『彼女について私がしっている二、三の事柄』
フランソワ・トリュフォー
『あこがれ』『大人は判ってくれない』『ピアニストを撃て』『突然炎のごとく』『アントワーヌとコレット』『柔らかい肌』『夜霧の恋人たち』『家庭』『恋のエチュード』


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Comment(4)

Posted by PineWood | 2016.04.16

名画座のゴダール監督特集で(男性・女性)と(女と男のいる舗道)の二本立てを見ました。後者をトリュフォー監督は具象と抽象の狭間で往き来する映画と評じたというー。前者はこの振幅で言うなら抽象・実験性、更には政治主義に傾いた作品で今のゴダール監督作品のスタイルに通じ合う…。具体的なストーリーの語り口に徹したトリュフォーと別の道を歩むゴダールの訣別はその作品の目指す方向の中に起因していたのだろう。その事を二人の男と男の友情と別れとしてドキュメントしたのが、本作なのだろう!映画の記憶に満ちたセミ・ドキュメンタリーとファッショナブルなナナ(アンナ・カリーナ)が美しい二本のゴダール作品を見て、そんな印象を改めて持ちました。

Posted by PineWood | 2015.10.11

ヌーベルバーグの影響は8ミリ映画の自主映画の世界でも強力だった。黒沢清監督作品(ドレミファ娘の血は騒ぐ)などを見るとゴダール、トリュフォー、そして小津安二郎監督作品へのオマージュに満ちている。ここにはシネフィルによる引用合戦とリリシズムとアンデイー・ウオホールの実験映画風なスタイルが同居するという幸福がある。即興演出と凝った編集と音楽による映画の記憶と。トリュフォーとゴダールの作風の対立或はポリシーの齟齬は無い。物語性と実験性は両輪の如く回転し続けるー。´

Posted by PineWood | 2015.06.06

ゴダールの甲高い声、忙しなく走り回るトリュフォー二人の友情決裂のドキュメントは、ある意味でアンリ・ピエール・ロシェの小説(突然、炎のごとく)(恋のエチュード)に出てくる一人のヒロインを巡る二人のライバルの男たち、或いは一人のヒーローを巡る二人のライバルの女たちに喩えられるかも知れない。
ただ確かなことは(トリュフォーが、はやく亡くなったからといってゴダールが勝ったということにはなりません)とジャン・ピエール・レオー氏が来日の際していみじくも語っているように二人の影響力は高まっていると思われます!ゴダールがアバンギャルドな作品を撮り続け注目を浴びれば浴びるほど、原点としてのフランスのヌーベルバーグの先駆者として、一見オーソドックスなトリュフォー監督の手法が甦るといった具合に…。シネフィルとして映画館の最前席に忍び込んで必死にスクリーンを見上げていた繊細な男たちの物語でもある!

Posted by 徹也さん | 2011.08.26

映画しかなかったトリュフォーと映画ではなくともよかったかもしれないゴダール。映画界史上、最も映画を愛し最も戦闘的な批評家であったトリュフォーは映画を自らの手に入れるためかつてのフランス映画をことごとく切り捨ててしまう。そこには、映画館の闇の中でそっと涙を流した数々の作品も含まれることになるだろう。

断腸の想いで切り捨てた映画の地平に見事に『大人はわかってくれない』を生み出し、ゴダールの『勝手にしやがれ』をサポートしたトリュフォーは、まさに実践的革命家そのものであった。両作品は、ロッセリーニ的悲劇性を帯びながらも映画そのものに祝福されているともいうべき幸福感に満ちている。

時はたち、ゴダールよりブルジョア的で堕落しているという手紙をもらったトリュフォーは、最も向けたくなかった友人に久方ぶりにその刃を抜くことになる。
『君は何と闘っているのか。ポーズにしか過ぎないではないか。』
『君の映画には愛が感じられない。』
20枚以上の便箋に書かれた絶縁状は、トリュフォーの死後もゴダールを苦しませる。

『映画史』で何度も『フランソワ・・・』とつぶやいてしまうゴダール。
ヌーヴェルヴァーグ。映画。人生。
取り返しのつかないその瞬間瞬間に真摯にむきあうことで
かろうじて存在できる脆弱なもの。だからこそ美しい・・・。

『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』
原題:DEUX DE LA VAGUE

7月30日(土)〜9月2日(金)、新宿K's cinemaにて夏休みロードショー
 
脚本:アントワーヌ・ド・ベック
監督・製作:エマニュエル・ローラン
出演:イジルド・ル・ベスコ、フランソワ・トリュフォ−、ジャン=リュック・ゴダール、ジャン=ピエール・レオー

© Films a Trois 2009

2010年/フランス/モノクロ・カラー/HD/97分
配給:セテラ・インターナショナル

『ふたりのヌーヴェルヴァーグ』
オフィシャルサイト
http://www.cetera.co.jp/nv/
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