『暗殺の森』

矢野華子
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ベルナルド・ベルトルッチ(1941ー)脚本・監督『暗殺の森』(1970年)がリバイバル上映されている。1962年に『殺し』で監督デビューしたベルトルッチの、初期の名作と評価されてきた。アルベルト・モラヴィアの小説を原作に、第二次世界大戦前夜のイタリアに生きるブルジョア出身のマルチェッロ(ジャン=ルイ・トランティニアン)の姿が描かれる。子供時代に受けた性的暴行、それに抗った結果の殺人罪に悩み続け、頽廃的な生活を送る両親を憂う彼は、ファシストとして多くの一般市民に同化しようとする。1922年に政権を獲得したファシスト党は、当時、紛うことなき体制派であった。反ファシストであり、マルチェッロの学生時代の恩師でもあるパリ在住の教授暗殺の指令を受け、新妻ジュリア(ステファニア・サンドレッリ)との新婚旅行を隠れ蓑にパリに赴き、教授に接近したものの、その若き妻アンナ(ドミニク・サンダ)に魅了されていく。

本作は、日本でのドミニク人気に火を着けた作品としても知られている。パリ出身の彼女は、1969年の『やさしい女』(ロベール・ブレッソン監督)で映画デビューしたばかり。上質な大理石を第一級の彫刻家が刻んだ美術作品のような、上流階級出身と一目でわかる優雅な面差しに、すらりとした肢体と典雅な身のこなし。主人公の心を乱すに相応しい、息を呑むばかりの美しさである。しばしば高貴、と表現される彼女の個性も、マルチェッロに惹かれつつも彼の主義を軽蔑せずにはいられないアンナの役どころにぴたりとはまっている。

さて、金髪で進歩的なアンナと黒髪で表面的には奔放だが実は保守的なジュリアが対比的に描かれるのだが、アンナがジュリアをショッピングに誘ったのが、パリ・オートクチュールの「ジャック・エイム」。1920年代半ばに創設されたこのメゾンは1969年に店を閉じたので、撮影時にはぎりぎり、存在していたことになる。映画の舞台である1938年頃には、人気メゾンであった。ヴィクトリア&アルバートやメトロポリタン美術館が同メゾンの衣装を所蔵しているので、興味のある方は検索されたい。といっても、本作の衣装はジット・マグリー二が手がけており、「ジャック・エイム」のクレジットは見当たらないので撮影時に店舗をかりただけらしい。しかし、パリ・オートクチュールならと適当に選ばれたのでは決してない。「ジャック・エイム」はもちろん贅沢なドレスを手がけたのだが、特に得意としたのはコート、毛皮などの外衣、そしてスポーティな装いであった。1936年にはリゾート地として名高いビアリッツとカンヌにスポーツ・ウェアのブティックを開設し、翌年には当時のメゾンとしては珍しい既製服に乗り出し、第二次大戦後には水着のビキニをオートクチュール・メゾンとしていち早く手がけた。装飾を多様しない颯爽としたその作風はクールでモダンなアンナに似つかわしく、細部まで配慮の行き届いた演出といえる。

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自宅でのアンナは、「ジャック・エイム」も得意としたパンツ・スタイルだ。パンツは流行アイテムだったが、海辺やスキー場でのリゾート服、スポーツ服、またはホステス・ドレス、つまり自宅でカジュアルに来客対応できる服、として着られていた。1920年代に西欧の歴史上初めてスカートが膝丈になり、女性にも二本の脚があって自立しているのだと示された後、男性服と規定されてきたパンツが、非公式な場限定にしても女性に履かれるようになったのである。体制に呑まれることなく自ら考え、確固とした主張を持つアンナに相応しい服装である。と共に、ジュリアにレズビアン行為をしかけ、娼婦の一面も垣間見せるアンナの、その理性とは対照的な背徳性を表現するにも、禁忌を破る服、パンツは効果的である。

映像美には定評のある本作の中でも特に有名なのが、アンナとジュリア、女二人の官能的なダンス・シーン。「ジャック・エイム」らしい装飾の少ないバイアス・カットの、つまり身体のラインをくっきりと描く、肩も露わなロング丈のイヴニング・ドレスに豪華な宝石を煌めかせながら踊るタンゴ。当時のイヴニングの流行はロング丈なのだが、大衆的なダンス・ホールなのか、周囲の女性たちはめかしてはいても膝丈のドレスだ。二人は明らかに場違いで、だからこそよりスリリングで妖艶である。

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さて、普通の男性諸氏なら陥没間違いなしのこの噎せ返るような官能美を目前にしても、マルチェッロはファシストとして生きる道を選択することになる。それだけ自らの境遇への絶望が深かったということか。ベルトルッチが選りに選った女優、衣装、舞台背景の美しさ、その視覚効果は、特異な故に一般には共感し難い彼の絶望の深さを、逆説的に私たちに納得させてくれる。ラストの、正真正銘の悲劇へとなだれこむ展開も見事。ファシズムと官能性という二律背反的な要素のコントラストのみに注目が集まりがちだが、大衆ではない故に孤独で、特殊な状況下においてその孤独を一層深める一個人の葛藤を鋭く、かつ重厚に描いた本作は、後に巨匠と呼ばれるベルトルッチの志向性と能力を既に表している。

それにしてもこの映画、軟派な私をしてもつっこみどころがない。若き日のベルトルッチ、超まじめ!まあここは彼の手腕に身をまかせて、彼の世界に浸るのが正解かしら。理屈は抜きにしても、お洒落な映画だし。1970年頃には1930年代風ファッションがレトロ・スタイルとして流行したのだけれど、その要素が再び、2010年あたりから「セリーヌ」などによって提案されている。このファッションにはドミニクの、この身のこなし。それを勉強するだけでもためになります。

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Comment(2)

Posted by ハラショー | 2015.04.12

 暗殺の森は、1972年の月刊スクリーンに小さな記事として掲載されていたように記憶する。その扱いは、ポルノムービー的で、何故か女性の血染めの顔だけが印象に残っている。
 その女性が、スクリーンの表紙を飾る新進個性派女優ドミニク・サンダであることを知ったのは、ずっと後のことである。
 全体主義が勢いを増す中で、人間の理性が翻弄され続ける姿を歴史をからませながら鮮やかに描きっている。人間はいつでも弱い存在なのだ、ということをこの映画は警鐘している。いかに順応しても、時代は変わり、人間の理性に挑み続ける不条理な事件、事故は、これからも私たちに挑み続けるだろう。
 

Posted by ゆうき | 2013.04.03

「暗殺の森」をDVDで観ました。ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画は初めてです。「ライフ イズ ビューティフル」と一緒に、手にしたのが本作でした。
すっかりこの映画に魅了されました。
どの瞬間の映像をを切り取っても、絵になると思いました。色彩のコントラストや、ものの配置が計算され尽くしたようにはまっていると思いました。
女性二人がタンゴを踊るシーンが特に美しかったです。ジュリアの白と黒のドレスが美しかったです。
映像が美しい映画を 久しぶりに観た気がしました。Apr.2013

『暗殺の森』
原題:Il conformista

リバイバル上映
3/12(土)〜3/25(金)
シネマ ジャック&ベティにて!

監督・脚本:ベルナルド・ベルトルッチ
製作:マウリツィオ・ロディ=フェ
原作:アルベルト・モラヴィア
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
美術:フェルディナンド・スカルフィオッティ
衣装:ジット・マグリーニ
編集:フランコ・アルカッリ
助監督:アルド・ラド
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、ドミニク・サンダ、ステファニア・サンドレッリ他

1970年/イタリア、フランス、西ドイツ/113分/カラー


映画の國 名作選Ιイタリア編:『暗殺の森』『フェリー二の道化師』『ロベレ将軍』


謝辞:藤原敏文
『別無工夫』日記
『暗殺の森』〜憧れの都市としての巴里/煉獄としてのパリ
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