『花の生涯 梅蘭芳』

上原輝樹
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チャン・イーモウ(張芸謀)と並んで中国映画第5世代を代表するチェン・カイコー(陳凱歌)だが、ジャ・ジャンクー(賈樟柯)、ワン・シャオシュアイ(王小帥)といったインディペンデントな映画作りでリアルな作品を世に問う刺激的な第6世代の登場もあって、中国映画のニューウェイブと言われ世界を席巻した1980年代当時の評価とは今や隔世の感があるのは否めない。スケールの大きな大作が多いのも第5世代の特徴だが、その"大きさ"がしばしば現代の観客にとってはリアリティを欠いたものに見えたことも否定できないだろう。

そんなチェン・カイコー監督が『さらば、わが愛 覇王別姫』以来15年振りに京劇の世界を描いた『花の生涯 梅蘭芳』では、前回が架空の物語だったのに対して、梅蘭芳(メイ・ランファン)という実在した人物の生涯を、しっかりとした歴史考証に基づいた濃厚なエピソードを盛り込み、2時間27分の長尺を感じさせないテンポで見事に描ききった。「実話」好きで忙しない現代の観客との接点を見出そうとする巨匠の、新たなる挑戦の意思が伝わってくる。

1920年代当時の京劇の大スター梅蘭芳が住居する北京の瀟酒な邸宅を再現した素晴らしいセットとチャン・ツィイー(章子怡)やチェン・ホン(陳紅、実生活ではチェン監督の妻)のモダンなチャイナ・ドレス姿をスクリーンで堪能できるだけでも、本作を観る価値があると思わず口走りそうになるが、そんな卓越した美術を舞台に展開される不世出の天才俳優梅蘭芳と交わっては別れていく多彩な人間模様が、激動の時代背景と共に描かれ大作映画ならではの魅力を放っている。

物語的には、波瀾万丈すぎる梅蘭芳の生涯を、ある特定の時期にフォーカスして描いたところが、本作が砂上の楼閣で終わらずに観客の胸に訴える力強い作品たり得たひとつの要因だろう。中でも、レオン・ライ(梅蘭芳)とチャン・ツィイーの秘められた愛、ふたりの関係を知る梅蘭芳の妻、チェン・ホンの夫を愛するが故の複雑な思いが描かれるクライマックスは、表面的には毅然とした大人達の恋愛の、その内面に隠された溢れんばかりの感情を、東アジア文化圏特有の「秘すれば花」的な沈黙と大陸的な熾烈さの両極で演出してみせるチェン監督の真骨頂と言える。

chen_s01.jpg北野武監督の『キッズ・リターン』で映画デビューした安藤政信が、中国に侵攻する日本軍の若手将校を張りつめた緊張感で演じている。この若手将校は、梅蘭芳への敬意と日本軍への忠誠との間で苦悩し、精神的に追いつめられて行く。多くの日本人はこの局面が描かれるにつれて、いたたまれない思いでスクリーンを凝視することになるだろう。その描写はバランスを欠くことなく、冷静な分析と史実に基づいて造形されたと思わせるに充分な説得力を持つもので、試写会場では年配男性のものらしき嗚咽が聴こえてきて、ただならぬ雰囲気が周囲を支配したことを付け加えておく。

本作は、本国の中国では大ヒットを記録、台湾の映画評論家による、2008年度の中国語映画ベスト10でも堂々2位に選ばれ、アジアでの高い評価は既に証明済みだ。中国映画第6世代の活躍のみならず、本作のような大輪の花が華々しく咲き誇るとき、映画の21世紀はアジアの世紀なのだという確信をより多くの観客に印象づけていくことだろう。


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『花の生涯 梅蘭芳』
原題:梅蘭芳

2009年3月7日
新宿ピカデリーほか 全国ロードショー

監督:チェン・カイコー
脚本:ゲリン・ヤン、チェン・クオフー、チャン・チアルー
プロデューサー/エグゼクティブ・プロデューサー:ハン・サンピン
クリエイティブ・スーパーバイザー:メイ・パオチウ
撮影監督:チャオ・シァオシー
プロダクション・デザイナー:リン・チン
衣装:チェン・トンシュン
音楽:チャオ・チーピン
音響:ワン・タンロン
編集:チョウ・イン
出演:レオン・ライ、チャン・ツィイー、スン・ホンレイ、チェン・ホン、ワン・シュエチー、イン・ター、ユィ・シャオチュン、安藤政信、六平直政、ユィ・シアオタン他

2008年/中国/1:2.35/SRD・SR/147分
提供:角川映画、アスミック・エース エンタテインメント、角川エンタテインメント、角川基金
配給:アスミック・エース、角川エンタテインメント

『花の生涯 梅蘭芳』
オフィシャルサイト
http://meilanfang.kadokawa-ent.jp/
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