『サンシャイン・クリーニング』

上原輝樹
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暖炉に頭を突っ込んで自らの命を絶った詩人シルヴィア・プラスの生涯を、落ち着いた語り口で堅実に描いた『シルヴィア』(2003)で、ストーリーテラーとしての確かな才能を実証済みのニュージーランド出身の監督、クリスティン・ジェフズの新作『サンシャイン・クリーニング』は、タイトルの"サンシャイン"から連想される明るい陽光のイメージとはおよそほど遠い、凄惨な事件現場の"クリーニング"を生業とするべく悪戦苦闘する、アメリカの家族の物語だ。撮影監督のジョン・トゥーン曰く「どこを切り取っても絵になる」寂漠とした美しさを湛える街アルバカーキーを舞台に、『グラン・トリノ』(イーストウッド)の無骨な主人公ウォルト・コワルスキーと同じポーランド系移民の姓を持つローコウスキー家の不器用な面々を、"面白可笑しく"ではなく真摯な目線で描いた本作は、その真面目さゆえに家族が奮闘する姿が余計に痛々しくも可笑しくもあるのだが、辛くも絶望の一歩手前で希望の光と家族の暖かさに触れることができるヒューマン・ドラマに仕上がっている。

学生時代にはチアリーダーとして鳴らした主人公ローズ(エイミー・アダムス)は、どこで人生のボタンを掛け違えたのか、今や30代半ばのシングルマザー、不動産業の資格獲得を夢見ながら、ハウスクリーニングの仕事で生計を立てる日々が続く。恋人マック(スティーヴ・ザーン)とは不倫状態にあり、関係の発展は望み薄い。妹のノラ(エミリー・ブラント)は、幼児期に母親を亡くした経験から精神的なトラウマを抱えており、何をやっても上手く行かない。どんな仕事も長続きせず、父親のジョー(アラン・アーキン)と実家で同居生活をしている。年を重ねるにつれてじわじわと困窮していくローズの日常に追い打ちをかけるように、ノラに吹き込まれた話を真に受け、何でも舐めるヘンな癖がついた息子のオスカーが、学校の壁から女教師の脚まで舐めてしまい、退学の憂き目に。それでも気丈に、それならば私立の学校に入れるまでと息まくのだが、先立つモノがない、、、そんな折、恋人のマックから"事件現場の清掃"がよい金になると聞いたローズは、一念発起する。気乗りしない妹のノラを強引に誘って、「サンシャイン・クリーニング」社を立ち上げ、人生の一発逆転を狙うのだが、、、

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映画は、どん底一歩手前の暮らしを逆転できるのか?というテーマで観客を引きつけていく。ローコウスキー家のまだ始まったばかりの珍道中は、当然の如く行く先々で様々な困難が待ち受けているのだが、それを乗り越えたところで、もはや"アメリカン・ドリーム"が実現される術はない。そこで目指されるのは、せいぜい何とか食っていくこと。この一見低く見える目標設定が、私たちの現実の生活においてもリアルに低い目標とは言えない状況が生まれつつある現在、このアメリカの地方都市の小さな物語は、意外にもグローバルなリアリティを獲得してしまう。リアル・ライフがどんどん映画化されるこの国の映画は、オバマ大統領の出現によって、現実の政治的リーダシップが映画化されたリアリティを追い抜いてしまったかに見えたが、現実の生活はそう急には変わらない。本作や『レスラー』といった、アメリカの地方都市や郊外を舞台にした"小さな物語"の映画は、そうした現在のリアリティを顕著に確認できるアメリカン・コンテンポラリーな作品群のひとつと言える。

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アメリカのTVドラマ好きには『24』でジャック・バウアーの片腕として大活躍する"やぶにらみ"のクロエを演じるメアリー・リン・ライスカブの顔芸を本作でも見られるのは嬉しいサプライズだが、『リトル・ミス・サンシャイン』からそのまま出てきたようなアラン・アーキンの豪快でコミカルな存在感が素晴らしい。悪戦苦闘する家族の中にあって、爽やかな風を吹かす救世主たる可能性を常に期待させ、観客を楽しませてくれる。若い娘二人よりも、老年のアーキンが一人爽やかさを醸し出すという倒錯的な事態は、イーストウッドが一人勝ちするアメリカ映画界を象徴するかのようでもある。そして、何度見ても顔を覚えられそうにない主演のエイミー・アダムスだが、それは没個性故に印象に残らないということではなく、毎回役柄に成りきる演技の確かさを裏付けるもので、観客は、役者ではなく演じられている人物像を労せずして彼女の中に見てとることができる。安心して物語に集中させてくれる優れた女優だ。本作では30代半ばのシングルマザー、頑張り屋のローズを見事に演じきり、『ダウト あるカトリック学校で』(ジョン・パトリック・シャンリー/2008)では、メリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンの向こうを張って、純真なシスターの役で鮮烈な魅力を放っている。

エミリー・ブラントが演じる屈折した妹ノラは、いみじくも『レイチェルの結婚』(ジョナサン・デミ/2008)でアン・ハサウェイが演じたキャラクター、キムを想起させる。ノラもキムも妹で、姉はいずれもしっかり者のローズであり、レイチェルである。どちらの妹も情緒不安定で家族や周囲の者に混乱を巻き起こす厄介者である点も共通している。とは言え、この2つの映画の出来映えには大きな違いがある。ノラのトラウマは、幼い頃に母親を失ったことだが、その心の傷は『サンシャイン・クリーニング』の物語の核をなし、ストーリーテリングの悲しい原動力となり得ている。一方、キムのトラウマは、当時薬物依存状態にあった自分に子守りを任せ、その子どもを死なせてしまったことだ。キムはそんな状態の自分に子守りをさせた母親を心の中で責め続けている。という感じで少し設定がややこしいのだが、それ以上にこの2つの作品を遠く隔てているのが、映画の語り口だろう。ジョナサン・デミは、「世界一美しいホームビデオ」をつくるという傲慢とも思える思いつきから「観客がその式に出席しているかのような」映像で手持ちキャメラを駆使して結婚式に参列する多人種のクールな面々をリアルに描こうとするのに対して、クリスティン・ジェフズはあくまで実直にシンプルにどこにでもいそうな家族の物語をオーソドックスな手法で語ってみせる。どちらが人の心に響く映画になっているか、その結果は歴然としている。あらゆる「ホームビデオ」はその家族にとっては唯一無二の瞬間を切り取った掛け替えのない物であるかもしれないが、それが必ずしも"映画"である必要はない。むしろ、そうした下心が全く見えない『サンシャイン・クリーニング』の不器用な家族のサバイバルをフラットな視線で見つめるクリスティン・ジェフズの落ち着きにこそ、現代における映画のリアリティが確かに息づいている。


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『サンシャイン・クリーニング』
Sunshine Cleaning

7月11日(土)渋谷シネクイント・TOHOシネマズ シャンテ
ほか全国ロードショー

監督:クリスティン・ジェフズ
製作:ピーター・サラフ、マーク・タートルトーブ、ジェフ・ブロディ、グレン・ウィリアムソン
脚本:ミーガン・ホリー
撮影:ジョン・トゥーン
編集:ヘザー・パーソンズ
美術:ジョン・ギャリティ
ライン・プロデューサー:ボブ・ドーマン
アート・ディレクター:ガイ・バーンズ
衣装:アレックス・フリードバーグ
キャスティング:アイヴィ・カウフマン
出演:エイミー・アダムス、エミリー・ブラント、アラン・アーキン、ジェイソン・スペバック、スティーブ・ザーン、メアリー・リン・ライスカブ、クリフトン・コリンズ.Jr ほか

2009年アメリカ/カラー/1時間32分/1:2.35/ドルビーSRD
製作:ビッグ・ビーチ・フィルムズ、バック・ロット・ピクチャーズ
提供:ファントム・フィルム/クオラス
配給:ファントム・フィルム
© 2008 Big Beach LLC.

『サンシャイン・クリーニング』
オフィシャルサイト
http://www.sunshine-cleaning.jp
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