『インビクタス/負けざる者たち』

上原輝樹
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この世にはびこる腐敗した権力の権化と化した卑劣な男たちに、拳と"真実を語る銃弾"をぶち込む西部劇的超法規措置で、"許されざる者"どもをなぎ倒してきた20世紀の男の中の男、クリント・イーストウッドは、21世紀に入るや否や、『ミスティック・リバー』(02)、『ミリオン・ダラー・ベイビー』(04)、硫黄島二部作(06)、『チェンジリング』(08)といった、20世紀アメリカ的勧善懲悪世界観を超越して善悪の彼岸へ辿り着いたかのような、ヘヴィー級の傑作群をものにし、前作『グラン・トリノ』(08)では、自らの20世紀のフィルモグラフィに決着をつける自己犠牲の精神を世に問い、世界の映画ファンを涙に暮れさせた。そして、新作『インビクタス』では、『グラン・トリノ』で背負うことを覚悟した"十字架"を明らかに背負い続けているイーストウッドの姿が、キャメラの後ろに透けてみえる。

とはいえ、喧嘩っ早いアメリカ人に違いないはずのイーストウッドは、スパイク・リーから、硫黄島二部作に一人も黒人兵が出ていないのは人種差別的だと非難され、硫黄島の史実に記述されているわけでもない黒人兵を登場させることなど出来るものか!お前なんか黙ってろ!と叱責、スピルバーグが仲介するまでその喧嘩は収まらなかったという武闘派エピソードが伝えられている。その喧嘩の時点で、イーストウッドが南アフリカの黒人大統領ネルソン・マンデラの実話を映画化する話は既に決まっており、「マンデラ役に白人をあてるつもりはないがね」とのブラックジョークを飛ばすことも忘れなかったという。そもそも、マンデラの伝記の映画化の話は、製作総指揮を務めるモーガン・フリーマンからイーストウッドに持ちかけられた話であり、その時点で、イーストウッドの頭の中では、マンデラを演じるのはモーガン以外にいないと思っていたはずだから、素直にその事を語れば良いものを敢えてシニカルなジョークを飛ばしてみせる、、、喧嘩がなかなか鎮静しなかったのも無理はあるまい。

そんな『グラン・トリノ』のコワルスキー爺を地で行くようなイーストウッドのけんか腰は、本作『インビクタス』では、"封印"されないまでも、随分と"抑制"されている。映画は、1994年、南アフリカ共和国初の黒人大統領ネルソン・マンデラの誕生を伝える、この映画のためにわざわざ作り込まれた、当時を模したニュース映像で開巻する。キャメラは、新しい黒人大統領ネルソン・マンデラを乗せた車を追い、車が走りぬける一本の細い道だけが物理的に僅かな距離でお互いを隔てる、分離された白人居住区と黒人居住区を映し出す。アパルトヘイト政策がもたらした互いを憎み合う現実が、実にスムーズに経済合理性に基づいた一連のショットで示される。白人居住地区では、ラグビーに勤しむ若者に向かって、鬼の形相のコーチが、「覚えておけ。今日が、南アフリカの恥の始まりだ」と苦々しく言い捨てるセリフが多くを物語るように、"抑制"された暴力の気配が周囲に充満している。映画ではあまり触れられなかったが、ネルソン・マンデラ大統領の誕生による、レジーム・チェンジによって、今まで虐げられてきた黒人たちが、白人家庭を襲い、強奪や殺傷事件が頻発する暴力の連鎖が周囲を支配した時代があったことは、例えば、南アフリカ出身のJ.M.クッツェーの英国ブッカー賞受賞作品「恥辱」(99)などにも、セクハラ退職から身を滅ぼし、転落していくアフリカーナーの大学教授の悲劇として、その"恥"にまみれた事態がフィクションとして描かれている。『インビクタス』では、そこまでは触れられていないものの、紛れもない"暴力"の気配がそこかしかに漂っているのは、こうした背景に依るものに違いない。

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濃厚な"暴力"の気配が現実にあるからこそ、『インビクタス』では、"希望"が描かなければならなかったのだろう。もちろん、その"暴力"の気配は、南アフリカだけに限った話ではなく、中東、アフガニスタン、イラク、そして、初の黒人大統領を生み出したアメリカにおいても、先行きの不透明な時代の雰囲気として、世界中のありとあらゆる場所で、人々の暮らしを暗く覆っている現実が存在する今、映画において"希望"に満ちたストーリーを語るという最高の仕事をやらなければならないとイーストウッドは感じていたに違いない。その"代償"として、幾度となくカタルシスを求めて暴発しそうになる暴力の気配は、本作を通して終始抑制されている。その抑制されたマグマは、自らの最大の敵を赦すという"人間的妥協"の優れた産物を人類に示すことで世界を変えたネルソン・マンデラの営為をジョン・カーリンの原作に忠実に描くことに費やされた。

もっとも原作の「インビクタス(Playing The Enemy:Nelson Mandela and the Game that Made a Nation)」は、マンデラがまだ獄中にいる1985年から南アフリカがラグビーワールドカップで奇跡的な優勝を成し遂げる1995年6月までの10年間を描いているが、映画『インビクタス』は、マンデラが大統領に就任した1994年からの1年間にフォーカスしている。いかにしてマンデラが、27年間の獄中生活を<不屈/インビクタス>の精神で乗り越え、大統領にまで就任し、分裂した国民を"スポーツ"の力を利用して、ひとつにまとめあげることができたのかという、その内なる精神の力強さと人間的魅力を炙り出す事に成功したのは、脚本を手掛けたアンソニー・ペッカムの手腕によるところも大きいだろう。アンソニー・ペッカムは、ロバート・ダウニーJr、ジュード・ロウ共演による、全く新しいホームズ像を描いた期待の新作『シャーロック・ホームズ』でも監督ガイ・リッチーと共に共同脚本を手掛けた、現在注目の脚本家だが、そもそも南アフリカに育った彼は、大学で先述のJ・M・クッツェーに師事し、レイモンド・チャンドラーを学んだ徒であり、マンデラの複雑な半生のエッセンスを2時間15分の脚本にまとめあげるのには最高の人材だったに違いない。「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる価値がない。」というチャンドラーが生んだ20世紀の名セリフの精神が、ネルソン・マンデラを媒介としてアンソニー・ペッカムの脚本を通して、21世紀の名作『インビクタス』の地下水脈に脈々と流れている。

しかし、そもそも"ネルソン・マンデラ"といえば、80年代に都市で青春時代を過ごした者にとっては忘れ難い"ポップ・アイコン"のひとつであったことに触れないわけにはいかない。時代は、1984年、イギリスのSpecial AKAというスカバンドの楽曲がイギリスのポップチャートを席巻していた。エルビス・コステロがプロデュースしたその楽曲の名は「nelson mandela」(※)。ずばり、ネルソン・マンデラを釈放せよ!という歌である。日本では、その当時、ピーター・バラカンの「ポッパーズMTV」という素晴らしい音楽番組があって、毎週火曜日(だったか?)の夜中には最新のクールなUKチャートを知ることが出来るという、80年代的奇跡が顕然していたのだが、その「ポッパーズ」でヘビーローテーションで紹介されていたのが「nelson mandela」だった。

もともと労働者階級出身や移民の親を持つミュージシャンが多かったUKのロック/ポップシーンでは、政治的な意識が高いミュージシャンがとても多かった。そもそも70年代末にセックス・ピストルズやザ・クラッシュなどのUKパンクムーブメントを生み出す原動力となったのは、階級社会における若者たちの社会に対する欲求不満であり、エスタブリッシュメントと化したロック音楽産業自体への反逆だった。「nelson mandela」をヒットさせたSpecial AKAも、そんなパンクムーブメントの残滓とジャマイカ移民のミクスチャから発せられた捨て鉢のクールネスだったのだ。そして、時代は確実に変わり始めていた。

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翌年の1985年には、ゴルバチョフがソ連で政権を掌握し、東西冷戦の雪解けがはじまりつつあった。イギリスでは、スキンヘッズの若者たちの青春を描いた『This Is England』(06)でも時代背景として描かれた、サッチャーが強行した悪名高きフォークランド紛争の最中だったが、アフリカの飢饉救済を訴えるライブ・エイドが開催され、すぐにこれに触発されたアメリカのミュージシャンたちが「we are the world」を発表し、時代は俄にチャリティブームの様相を呈し、世界は"融和"を希求する気運に満ちているように見えた。音楽シーンでは、アフリカの音楽を中心に、"ワールド・ミュージック"が全世界的に流行し、"アフリカ"への欧米の目線は明らかに変わり始めていた。そして、1989年、ベルリンの壁が崩壊した年に、ネルソン・マンデラも長年の獄中生活から解放され、その5年後にマンデラは全人種参加選挙によって大統領に選ばれる。もちろん、マンデラが大統領になって、ラグビーワールドカップに優勝したからといって、全ての事態が好転したわけではない。

しかしイーストウッドは、南アフリカ社会に存在する暴力や貧困の気配を確実にフィルムに刻印しながらも、少なくとも、"希望"に満ちた時代の空気(それは音楽によって多くが表現されている)とマンデラの<不屈>の精神、すなわち"敵"を許すという最大の"人間的妥協"の営みによって、世界を永久に変えたプロセスを丁寧に描き、これからの新しい10年<NEW DECADE>の精神的支柱となりうる傑作映画を作り上げたように思う。さらに、イーストウッドにしてみれば、ジョン・ヒューストンをモデルに描いたゴア・ヴィタルの同名原作小説の映画化『ホワイトハンター ブラックハート』(90)以来、約20年振りのアフリカ大陸への帰還を遂げた本作は、本年2010年に開催されるサッカーワールドカップ成功へのエールも込めつつ、20年前に作った"借り"を最高の形で返すことになったのだと思う。

最後に、モーガン・フリーマンと素晴らしい共演を果たしたマット・デーモンは、今やアメリカを代表する最も素晴らしい俳優のひとりであることに誰しも異存はないと思う。イーストウッドの次回作『Hereafter』で主役を演じることが伝えられている彼については、ここで語るよりも、どうぞ映画で彼の勇姿をご覧ください、と言い添えるだけで充分だろう。


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『インビクタス/負けざる者たち』
原題:INVICTUS

2月5日(金)丸の内ピカデリーほか全国ロードショー

監督・製作:クリント・イーストウッド
脚本:アンソニー・ペッカム
原作:ジョン・カーリン「インビクタス/負けざる者たち(PLAYING THE ENEMY)」(NHK出版)
製作:ロリー・マックレアリー、ロバート・ロレンツ、メイス・ニューフェルド
製作総指揮:モーガン・フリーマン、ティム・ムーア、ゲイリー・バーバー、ロジャー・バーンバウム
撮影:トム・スターン
美術:ジェイムズ・J・ムラカミ
編集:ジョエル・コックス、ゲイリー・D・ローチ
衣装:デボラ・ホッパー
音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーブンス
出演:モーガン・フリーマン、マット・デイモン、トニー・キゴロギ、パトリック・モフォケン、マット・スターン、グラント・ロバーツ、スコット・イーストウッド、マルグリット・ウィートリー他

2009年/アメリカ/2010年日本公開作品/134分/シネマスコープ・サイズ/SR/SRD/DTS/SDDS
配給:ワーナー・ブラザース映画

(C) 2009 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.

『インビクタス/負けざる者たち』
公式サイト
http://www.invictus.jp














































































































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Special AKA「nelson mandela」

Special AKA「nelson mandela」ミュージック・クリップ YOUTUBE映像
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