『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の唄』

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消費主義が蔓延する時代、ウォーホル前夜へのレクイエム
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の唄』は、雪解けのニューヨークとシカゴ、その間を結ぶハイウエイといった、ウォルター・サレスの『オン・ザ・ロード』(12)でも目にしたばかりの、アメリカ北東部の寒々しい冬の景色が印象に残る映画だ。コーエン兄弟と常連タッグを組んでいる撮影監督ロジャー・ディーキンスの都合がつかず、今回初めてコーエンと組むことになったブリュノ・デルボネルは、彼らが書いた脚本を読んで、映画の物語が始まる前に既に他界しているひとりの男(作品を見れば、誰のことを言っているのかがわかるだろう)への"レクイエム"のように感じた(※)と語っている。その、作品全体に覆い被さるような"メランコリー"を、デルボネルと(ソクーロフの『ファウスト』(11)や『ロード・オブ・ザ・リング』(01-03)シリーズを手掛けている)デジタル・カラリストのピーター・ドイルは、青みを排した黒とグレイ、ブラウンを中心に、寒々しくも、どこか現実離れした独特のカラートーンを生み出すことに成功している。

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本作は、フォークシンガー、ブルースシンガーとして知られる、フォークミュージック・シーンの重要人物デイヴ・ヴァン・ロンクの回想録「グリニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃」に着想を得ていると言われている通り、ニューヨークらしい饒舌さで書かれた回想録の中でも1950年代から60年代のNYグリニッジ・ヴィレッジにおける、ボブ・ディラン誕生前夜のフォークミュージック・シーンという特定の時間と場所をスクリーンに閉じ込めている。しかし、ヴァン・ロンクのジャズ・ミュージシャン時代やカリフォルニア時代の自伝的要素や学究的ストイズム、米国におけるフォークリバイバルと共産主義の関係、赤狩りの嵐が吹き荒れ、知識人たちが告発を怖れて偽名で文章を書かざるを得なかった当時の政治状況、そして、こうした犠牲の下、「黄金の50年代の陽気な雰囲気」は捏造されたのだと語る彼のアナキスト的側面に、映画が直接触れることはないだろう。

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そもそも、デイヴ・ヴァン・ロンクのアルバム「インサイド・デイヴ・ヴァン・ロンク」には"猫"が写っているが、デイヴ・ヴァン・ロンクの回想録に"猫"は出て来ない。つまり、オスカー・アイザックが演じる主人公ルーウィン・デイヴィスは、コーエン兄弟によるほぼ純粋な発明品であると言って良い。とはいえ、シカゴでの惨憺たるオーディションシーンや、ドック・ポーマスをモデルにした巨漢をジョン・グッドマンが演じる「路上」的ヒッチハイクシーンなど、回想録のそこかしこから部分的に拝借されているシーンもあって、虚実ないまぜに独自の人物造形を作り上げるコーエン兄弟の魔術的脚本術に唸らされる。

しかも、ヴァン・ロンクの回想録の原題は、「The Mayor of MacDougal Street」と題されており、ヴァン・ロンクが、「名もなき男」というよりは、一角の人物であったことは否定のしようもないところだが、コーエン兄弟は、むしろそうした特権性を剥奪することで、ルーウィン・デイヴィスというひとりの男を、奇妙な不幸のサイクルに誘導し、コーエン作品に特徴的な負け犬的主人公の鋳型に溶かし込む。そして、貧しさのループを永遠に回り続けるラットレースに閉じ込められた主人公は、それにも関わらず、燻んだ神話的輝きをスクリーンに反射してみせるのだ。

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結局、また別の人生ならば、"The Mayor/市長"などと呼ばれる一角の人物に成り果せることもあるかもしれないが、人は自らがやるべきことをやり続けるしかないのだし、いつまでも貧しかろうがキャリー・マリガンのように魅力的な女性に罵られようが、ルーウィン・デイヴィスはギターを弾き、歌を唄い続けるしかない。人は人生において、そのような時間を過ごす時がある。それが短い時間で終わることもあれば、生涯続くこともあるのかもしれない。「朝起きて夜寝るまでの間に、自分が本当にしたいことが出来ていれば、その人は成功者だ」というディランの言葉を想起するまでもなく、『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の唄』は、、音の粒子が沸き立ってくるようなオスカー・アイザックの奏でるギターの音を通して、ひとりの男の内面における十全な生の輝きを奇妙な方法で見るものに伝えてくれる。

ちなみに本作は、正規サントラの他に、映画でカヴァーされた曲の元歌や、ヴァン・ロンク、ジョーン・バエズ、オデッタら、当時の傑作フォークミュージック、というより"ルーツ・ミュージック"と呼びたい誘惑に駆られる楽曲の数々が収められた「Songs Heard on the Inside Llewyn Davis」という企画盤が出ていて、正規サントラ盤よりも素晴らしい。そして、後年、ルー・リード擁するヴェルヴェット・アンダーグランドが出演することになる"カフェ・ビザール"にヴァン・ロンクも出演していたことなども語られている回想録からは、ウォーホルの"美しい人々"の時代の足音が近づいていることを耳聡く聴き取り、自分たちの時代<グレート・フォーク・スケア>の終わりに気付いてしまうヴァン・ロンクの屈折したメランコリーも伝わってくる。ことによると、コーエンがレクイエムを捧げた、物語が始まる前に既に他界していた、その不在の登場人物は、回想録が完成する前にこの世を去ったヴァン・ロンク、その人と、消費主義が蔓延する前夜に確かに存在していたはずの、ある種のシリアスネスのメタファーだったのかもしれない。


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『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の唄』
英題:Inside Llewyn Davis

5月30日(金)より、 TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
 
監督・製作・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コエーン
製作:スコット・ルーディン
撮影監督:ブリュノ・デルボネル
プロダクション・デザイナー:ジェス・ゴンコール
衣装デザイナー:メアリー・ゾフレス
エグゼクティヴ・ミュージック・プロデューサー:T・ボーン・バーネット
共同音楽プロデューサー:マーカス・マムフォード
製作総指揮:ロバート・グラフ
出演:オスカー・アイザック、キャリー・マリガン、ジョン・グッドマン、ギャレット・ヘドランド、F・マーレイ・エイブラハム、ジャスティン・ティンバーレイク、スターク・サンズ、アダム・ドライバー

Photo by Alison Rosa (C) 2012 Long Strange Trip LLC

2013年/アメリカ/105分/カラー/ビスタサイズ/5.1ch
配給:ロングライド

『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の唄』
オフィシャルサイト
http://www.insidellewyndavis.jp





(※)American Cinematographer January 2014
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