『ミレニアム 2 火と戯れる女/ 3 眠れる女と狂卓の騎士』

上原輝樹
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世界中で2600万部を超えるベストセラー小説、スティーグ・ラーソンのミレニアム三部作、社会派雑誌ミレニアムの記者ミカエルが、身長150cmの天才ハッカー、リスベットと協力し事件を解決していく第一作、リスベットの秘められた過去が明らかになっていく第二作、第三作は、個性的な登場人物とミステリーとしてのクオリティの高さという作品自体の魅力もさることながら、作者のラーソンが作品が世に出る前に急死、大ヒットして生じた数百万ユーロともいわれる莫大な印税が、30数年間を共に過ごしたパートナー、エヴァの手に行かなかったことも大きな社会的関心を引き起こすなど、原作者スティーグ・ラーソンにまつわる様々なエピソードや彼の生き様もその魅力の源泉になっていることは間違いない。

共産主義者の母親の影響で10代前半にしてトロツキストだったという早熟なラーソンは、その頃から警察小説などを書き始め、将来は小説家かジャーナリストになることを夢見ていたという。20代のラーソンは、活動家として世界中を飛び回る。77年にはエチオピアで独立を目指す女性兵士部隊のゲリラ活動を支援、81年にはグレナダでマルクス主義の人民革命政府を支持、リーダーのモーリス・ビショプと親交を深めるが、モーリスは2年後に処刑されてしまう。その直後の米軍によるグレナダ侵攻を目の当たりにしたラーソンは、ついにスウェーデンに帰国し、その後20年間通信社に腰を落ち着けることになる。

しかし、本国スウェーデンにおいても暴力は眼前にあった。86年2月オルフ・パルメ首相が映画館前で暗殺されるという事件が起きる。ラーソンは初めてテレビ画面に登場し、ネオナチの活動を糾弾、以来生涯に渡るナチズム、人種差別主義、全体主義との闘いが始まることになる。その頃のスウェーデンは、ホワイトパワーミュージックシーンが隆盛を極め、ヨーロッパ中にヘイトプロパガンダを撒き散らす本拠地として機能していたことも、ラーソンらの活動を不可避なものにした。95年、ネオナチの活動を研究する機関誌EXPOを仲間とともに発刊、EXPO誌は今現在も紙媒体とWEBで活動を続け、極右思想、人種差別主義と闘い、民主主義を擁護する専門誌として高い評価を受けている。劇中の社会派雑誌ミレニアムは、このEXPO誌をモデルにしている。

"闘う"といってもラーソンの場合は、自らネオナチの集会に出向いて行き、彼らと正面から"議論"を闘わせる。そして、ネオナチの若者たちについて、彼らは単なる酔っ払いではない、特別な出自などがあるわけでもなく、誰もが彼らのように振舞う危険性を孕んでいると語り、特定の個人を責めるのではなく、彼らの存在を世に知らしめることで、社会に警笛を鳴らす。ラーソンは、誰にも正面からフェアに接しようとするが、相手もそうだとは限らない。EXPOやラーソン、彼らの支援者は、極右組織のターゲットにされ、同僚の記者は8歳の息子と共に爆弾テロに合い重傷を負ってしまう。ラーソン自身、いかにしてそうした攻撃から自分や家族の身を守りながら活動を続けるか、そのノウハウを記したジャーナリストのサバイバル本も著している(日本では未訳)。

昼夜EXPOの編集部で仕事をし、夜中には「ミレニアム」の執筆にその身を費やしていたラーソンの日々の睡眠時間は2〜3時間、食事もファーストフードばかりの粗末なもので、タバコを1日60本吸い、コーヒーを大量に飲むという生活だったという。その過労が祟って、ラーソンは自らのライフワークの成功を目にすることなく齢50歳にして急死してしまう。

現実に世界で多くの暴力を目撃しながらも、活動家としては理想を実現し得なかったラーソンは、ジャーナリストとして言論の力で暴力と闘った。もちろん、それでも現実の世界を変えることは困難だった。だから、彼は現実の世界を参照した「ミレニアム」というフィクションの世界を創り上げ、その小宇宙の中で超法規的な正義を実現してみせた。

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作品自体は、彼が目撃してきた現実世界を反映して、暗く暴力的な描写に満ちているにも関わらず、25の言語に翻訳され、40カ国以上に出版権が売れ、デンマークでは聖書を除く最大のベストセラーとなり、本国スウェーデンでは、ミカエルとリスベットの足取りを訪問するミレニアムツアーなるものも盛況を呈し、スウェーデンの観光収入を20%も引き上げるほどの成功に浴することになったのは、小説の登場人物とストーリーの魅力もさることながら、ラーソンが生涯を賭してみせた、捨て身で社会の闇と闘う姿勢が、混迷を極める現代において、世界中の多くの人々の心を掴んだからに違いない。

映画『ミレニアム』の前提には、日本ではあまり知られていない、スウェーデン、及び欧州のきな臭い現実があるに違いなく、こうした現実に想像力を働かせて『ミレニアム』を見ると、どこか娯楽映画に成り切っていない本作の暴力的な勧善懲悪的ストーリーのリアリティが、明確な意思を持って私たちの眼前に迫ってくるように思う。そして、同じくスウェーデンから届いた傑作映画『ぼくのエリ 200歳の少女』が孕む不穏な空気と、殺人を犯してでも生き延びるという恐るべき倫理観の源泉が、『ミレニアム』で描かれた命がけで社会の闇を告発する姿勢と通底していることが見えてくる。


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『ミレニアム 2 火と戯れる女/ 3 眠れる女と狂卓の騎士』
原題:Millenium 2: The Girl Who Played with Fire
Millenium 3: The Girl Who Kicked the Hornet's Nest

9/11(土)より、シネマライズ他連続公開
 
監督:ダニエル・アルフレッドソン
製作:ソロン・スターモス
原作:スティーグ・ラーソン「ミレニアム2 火と戯れる女」「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」 
出演:ノオミ・ラパス、ミカエル・ニクヴィスト

2009年/スウェーデン/カラー/シネスコ/ドルビーデジタル
ミレニアム 2 火と戯れる女:130分
ミレニアム 3 眠れる女と狂卓の騎士:148分
提供:パラディソ×ギャガ×テレビ朝日×ドリームシェア×デイライト
配給:ギャガ

©Yellow Bird Millennium Rights AB, Nordisk Film, Sveriges Television AB, Film I Vast 2009

『ミレニアム 2 火と戯れる女/ 3 眠れる女と狂卓の騎士』
オフィシャルサイト
http://millennium.gaga.ne.jp/


参考:

「『ミレニアム』ベストセラー誕生の裏側」WOW WOW

EXPO ウェブサイト
http://www.expo.se/
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