『レスラー』
夭折のヒーローは美しい姿のまま伝説となり、生き残ってしまったヒーローは、栄光を失っていく現実を目の当たりにしながら老いていく。それはひどく酷な仕打ちのようにも思える。
主人公のランディーは、全盛期は歓声とスポットライトを一身に浴び、マジソン・スクエア・ガーデンを満員にする程の人気プロレスラーだった。20年後の今は、金も家族も名声も失い、町から町への"どさ回り"興行とアルバイトで食い扶持をかせいでいる。
ある時、試合中に心臓発作を起こし、引退を余儀なくされる。プロレスどころか軽いランニングですらその心臓は耐えられなくなってしまった。
慣れない仕事につき、疎遠だった一人娘と関係を修復し、恋人を見つけて人生の再出発を果たそうとするが、自分の居場所はもうそこにはないと気づく。
自分の最も輝ける場所、それはリングの上だけなのだ。
ダーレン・アロノフスキー監督がこだわり抜いたという、現役のレスラーとの激しく臨場感あるプロレス・シーンは、思わず見ている者の顔がゆがむほどの迫力だ。実際、3ヶ月間、みっちりとプロレスラーの指導を受けたというリング上での体術や技は伊達ではなかった。あの"猫パンチ"程度のことだろうなどとあなどってはいけない。全身全霊を込めたトップロープからのダイビング・ヘッドバットは、ダイナマイト・キットやハリー・レイスのダイブを知る目の肥えたプロレス・ファンも唸ることだろう。プロレスオタク目線で細かくカット割りされた有刺鉄線デスマッチシーンも見応えある素晴らしい出来。会場内にも本物のプロレス・ファンの歓声とブーイングで埋めつくされている。全てがリアルだ。古傷の痛みも、心の痛みも。
試合後の控え室で、肘のサポーターを外すランディーの背中を見ていると、ふと錯覚する。これは映画の中の話ではない。演じているミッキー・ロークその人のドキュメンタリーを見ているかのようだ。
ボクサー転向時代の傷を治すために繰り返した整形手術の所為で変形した顔に、『ランブルフィッシュ』や『ナインハーフ』などに出演し、セックス・シンボルともてはやされた頃の面影はどこにもない。ミッキーは言う「家、妻、金、キャリア、自尊心。全てをなくして暗闇の中に立っていた」。プロボクサーへの道を断念してから13年、"チョイ役"を得ながら細々と映画に出演してきたという。まさに、2人の男は重なり合う。俳優の人生がサイドストーリーとして映画によりそいながらラストシーンへ。
2008年12月17日、アメリカ国内でたった4館のみで先行上映されたこの無名の低予算ムービーが、やがてヴェネチア国際映画祭の金獅子賞をはじめとする世界54個の映画賞を受賞するなど、一転、世界中の注目を浴びることになった。
男たちは、再び、自分の最も輝ける場所に帰ってきたのだ。
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『レスラー』
The Wrestler
6月13日(土)
シネマライズ、TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
監督:ダーレン・アロノフスキー
製作:スコット・フランクリン
製作総指揮:バンサン・マラバル、アニエス・メントル、ジェニファー・ロス
脚本:ロバート・シーゲル
美術:ティム・グライムス
撮影:マリス・アルベルチ
音楽:クリント・マンセル
出演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、エヴァン・レイチェル・ウッド、マーク・マーゴリス、トッド・バリー、ワス・スティーブンス、ジェダ・フリードランダー、アーネスト・ミラー、ディラン・サマーズほか
主題歌:「ザ・レスラー」ブルース・スプリングスティーン
2008年/アメリカ・フランス/109分/カラー/シネマスコープ/35mm/ドルビーデジタル
配給:日活
写真:© Niko Tavernise for all Wrestler photo
『レスラー』
オフィシャルサイト
http://www.wrestler.jp/
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