『ランナウェイズ』

上原輝樹
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80年代に「アイ・ラブ・ロックンロール」で一世を風靡したジョーン・ジェットを、『トワイライト』シリーズのクリステン・スチュワートが演じ、ザ・ランナウェイズのヴォーカル、シェリー・カーリーをダコタ・ファニングが演じる本作『ランナウェイズ』は、ジョーン・ジェットがブレイクする前に所属していたバンド、ザ・ランナウェイズの成り立ちと挫折、その主要メンバー達のやさぐれた青春模様をリアルに描き、70年代後半アメリカ音楽産業の薄ら寒い情景を浮かび上がらせる。

原作は、ダコタ・ファニングが演じたシェリー・カーリーの著作「Neon Angel」、というだけあって、製作総指揮を努めているジョーン・ジェットの伝記映画というよりは、ザ・ランナウェイズを脱退し、ジョーン・ジェットとは違う道を歩んだシェリー・カーリーが、"若かりし日に体験した狂躁劇の映画化"の様相を呈している。つまり、本作はジョーン・ジェットのサクセス・ストーリーを描いた音楽映画ではなく、バンドから脱落してアメリカン・ドリームを掴み損ねた女性の恨みつらみがリアルに刻印された青春映画であるから、ストゥージズやセックス・ピストルズの楽曲が使用されているにも関わらず、ロック・ミュージックが体現する疾走感は予め失われている。

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シェリー・カーリーのロール・モデルが、グラムロック時代のデヴィッド・ボウイという点ではトッド・ヘインズの『ベルベット・ゴールドマイン』(88)という優れたお手本が存在するが、『ベルベット・ゴールドマイン』の頽廃と熱狂はあくまで選ばれた者のそれであって、時代の徒花として消えていったザ・ランナウェイズには、後世に語り伝えられる程の才能豊かな何かがあったというわけではない。それ故に、"史上初のガールズ・ロック・バンドをブレイクさせるんだ"、"ガールズ・ロックは女のリビドーだ!"と彼女達の尻を叩いて鼻息荒くバンドをプロデュースする音楽プロデューサー、キム・フォーリーの存在が象徴的に嫌らしく描かれているところが秀逸だ。本作の中で唯一といっていい主要な男性キャストがこれほど醜悪に描かれているのは、本作がフェミニスト映画的な製作体制で作られているということだけではなく、当時幅を利かせていた音楽産業への痛烈な批判が込められているに違いない。その批判自体は、原作者シェリー・カーリーが、プロデューサー、キム・フォーリーの宣伝上の戦略で見せ物的に扱われたこともあって、自分を見失っていきドラッグに溺れ、次第にバンド仲間とも揉めるようになっていった、彼女の実体験から発せられている。

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一方、初めから彼女なりの音楽性を追求し続けていたジョーン・ジェットには、次第にサクセスへの道が拓かれていくわけだが、いずれにしても、彼女の音楽に関しても、本作にしても、間違っても"ガーリー"ではないということは、言っておいた方が良いだろう。むしろ、アメリカではフェミニストの活動家としても良く知られる彼女は、20年以上に渡って軍の慰問活動のツアーを行うアメリカ軍の支持者であり、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」にも選出され、堂々と全米のメイン・ストリームを歩む、男勝りの大物ミュージシャンといった風情だ。

本作では、労働者的家庭環境も含めて、まだ成功する前のジョーン・ジェットが描かれていて、それをクリステン・スチュワートが瓜二つに演じている。あまりに動作・表情がジョーン・ジェットに似ているので、逆にその役柄の中にクリステンを探してしまうほどだが、映画において、役者が本人に似ているかどうかは本当はどうでも良いことで、その役が自然に息づいているかどうか、その点の方がむしろ重要だ。その点で言えば、ジョーン・ジェットというロック・ミュージシャンの役を、自ら唄い、ギターを演奏することで見事に自分のものにしていると言って良い。それは、シェリー・カーリーを演じたダコタ・ファニングについても言えることで、この二人の為に、『ランナウェイズ』を観て損はない。そして、映画の中ではあからさまには描かれてはいない二人の"友情"が、バンドを脱落したシェリー・カーリーと、その原作の映画化を製作総指揮という立場で支えたジョーン・ジェットとの間に存在する"友情"の証明としてこの作品自体が存在していることが、この映画の美しさであることを感じとる瞬間に出会って頂きたい。


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『ランナウェイズ』
原題:The Runaways

3月12日(土)よりシネクイントほか全国ロードショー
 
監督:フローリア・シジスモンディ
原作:シェリー・カーリー
エグゼクティブ・プロデューサー:ジョーン・ジェット、ケニー・ラグナ、ブライアン・ヤング
プロデューサー:ジョン・リンソン、アート・リンソン、ウィリアム・ポーラッド
共同プロデューサー:フランク・ヒルデブランド、デヴィッド・グレイス
撮影監督:ブノワ・デビエ
プロダクションデザイン:エウヘニオ・カバイェーロ
編集:リチャード・チュウ
衣装デザイン:キャロル・ビードル
スコア:リリアン・ベルリン
音楽監修:ジョージ・ドレイコリアス
キャスティング:ウェンディ・オブライエン
出演:クリステン・スチュワート、ダコタ・ファニング、マイケル・シャノン他

© 2010 Runaways Productions, LLC. All Rights Reserved.

2010年/アメリカ/カラー/107分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
配給:クロックワークス

『ランナウェイズ』
オフィシャルサイト
http://www.runaways.jp/
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