『しあわせの雨傘』

鍛冶紀子
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カトリーヌ・ドヌーヴは近年積極的に若手監督の作品に出演している。レオス・カラックス、ラース・フォン・トリアー、アルノー・デプレシャン、そしてフランソワ・オゾン。彼女は常に現在進行形だ。多くの女優が年齢と共に表舞台から徐々に遠ざかってゆく中、ドヌーヴはスクリーンに立ち続け、さらには新たな世界へ突き進んで行く。その飽くなき探究心、飽くなき好奇心。女優としてはもちろん、ひとりの女性としても尊敬に値する。

ozon_03.jpg本作はフランソワ・オゾンが長年温めてきたプロジェクトだったという。10年越しのプロジェクトが動き出すにあたり、監督が真っ先にしたのはカトリーヌ・ドヌーヴへの出演オファーだったそうだ。それはそうだろう、この映画は彼女なくしては語れないし、そもそも彼女の存在なくしては成り立たない。ちなみに、ドヌーヴは出演だけでなく、脚本、キャスティングなどにも関わったというし、スチールにも使われているあのインパクト大のジャージ&カーラー姿も彼女自身のアイディアとのこと!お見事!

時は1970年代。男尊女卑かつワンマンな夫(ファブリス・ルキーニ)の元で、長年退屈な日々を送っていたお飾り妻のスザンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)が、ひょんなことから雨傘工場の経営者となる。それまでのカゴの中の鳥のような日々は一変し、スザンヌは新しい人生を歩み始める。ところが夫が復帰して、あわや元の暮らしに戻らなければならないのか?と思いきや、スザンヌは思わぬ決断をする──。

オゾンが舞台を70年代に設定したのにはワケがある。70年代のフランスには、まだブルジョワと労働者階級の間にはっきりとした線引きがあった。劇中、妻のスザンヌは共産主義者でありのちに市長となるババン(ジュラール・ドパルデュー)と不倫をするのだが、当時の時代背景を考えるとそれがいかに危険な行為であったかがわかる。また、劇中では夫のロベールに代表されるように、70年代の女性の地位はまだまだ低く、女性解放運動が活発になりはじめた頃だった。本作の原題は「Potiche(ポティッシュ)」というのだが、これは「実用性のない花瓶や壷」の意味で、転じて美しいが自分のアイデンティティーを持たない女性に対して軽蔑的に使われる言葉。つまり、スザンヌのことを指している。「しあわせの雨傘」という邦題はこの映画の文脈を変えてしまっているようで残念。たしかに「Potiche(ポティッシュ)」では伝わりづらいかもしれないが、個人的には原題の意味を強く説きたい。

当初Potiche(ポティッシュ)だったスザンヌがやがて男性たちを凌駕していく様は、下手をするとウーマン・リブ映画になりそうなところだが、そこはさすがオゾンとドヌーヴ。そこを軽やかなユーモアで飛び越え、お茶目で華麗、でもピリッと風刺の効いた映画に仕上げた。そういう意味ではとってもフランスらしい作品。

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本作を観ながら思い出したのはかつてのドヌーヴのこの発言。「ウーマン・リブは、男性を頭から否定し、ヒステリックで、まったくユーモアを欠いています。人生においていちばん大事なものはユーモアだとわたしは考えていますから、そんな集団行動は滑稽だと思うし、ウーマン・リブには全然共感できません(略)男性を否定するのではなく、男性が男性の利益のために女性を無視してつくった掟や制度を否定したいのです」(映画とは何か 山田宏一映画インタビュー集より)

この発言から36年。本作でもドヌーヴの姿勢は変わっていない。スザンヌはたしかに男性たちを凌駕していくが、そこに存在否定の姿勢はない。自分をより開花させていくためにスザンヌは階段を上って行く。カトリーヌ・ドヌーヴという女優が今もって若手監督たちに望まれ、彼女もまたそれに積極的に応える背景には、彼女のこの一貫した姿勢に、ようやく時代が追いついたことも関係しているだろう。しかし。作品毎に趣向が異なるオゾンだが、今回は全てのパズルがピタリとはまったように気持ちいい。これもどっしりとしたドヌーヴの存在が為せる技だろうか。

この作品を観た多くの人が、カトリーヌ・ドヌーヴという女優の魅力を再認識するだろう。そして、女性の多くは自分が女であることを前向きに考えるようになるだろう。カトリーヌ・ドヌーヴ、万歳。


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『しあわせの雨傘』
英題:POTICHE

2011年1月8日(土)より、TOHOシネマズ シャンテ、新宿ピカデリー他全国順次公開
 
監督・脚本・脚色:フランソワ・オゾン
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー、ファブリス・ルキーニ、カリン・ヴィアール、ジュディット・ゴドレーシュ、ジェレミー・レニエ

© Mandarin Cinema 2010

2010年/フランス/カラー/103分
配給:ギャガ

『しあわせの雨傘』
オフィシャルサイト
http://amagasa.gaga.ne.jp/
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