『やがて来たる者へ』

上原輝樹
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"無知"というものは恐ろしい。今から3年前、2008年に公開されたスパイク・リーの『セントアンナの奇跡』について、よりによって、イタリア映画の専門家岡本太郎さんに作品の感想を尋ねられる機会があって、何の淀みもなく、とてもスパイク・リーらしい、良い映画だと思います、と答えてしまったのだ。岡本さんは、それに対して、あー、そうですか、僕は見ていないのですが、イタリアではえらく評判が悪いのです。とお応えになった。

本作『やがて来たる者へ』の製作年が2009年だから、その時点で私がこの映画を観ていなかったのは恥ずべきことではないのだが、2011年の今、イタリアの山村に住む人々の日常と、その日常の中で起きた虐殺事件をリアリズムで描いた本作を観て、スパイクの『セントアンナの奇跡』が、如何にもアメリカ映画的、と言ったらイーストウッドに失礼にあたるから、スパイク・リー的に脚色された、あまりにもフィクションの要素が強い作品であったことがおのずと知れて、赤面の体で冒頭の感想が浮かび上がってくる。

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日本では去年のイタリア映画祭2010で上映され好評を博した本作『やがて来たる者へ』は、イタリアのネオレアリズモを生む糧ともなったポー川流域の肥沃な土地と、イタリア半島を背骨のように縦貫するアペニン山脈との間に位置する豊かな自然に抱かれた山村マルザポットで、実際に起きたナチスによる虐殺事件を、主人公の少女マルティーナの視点から描いている。

マルティーナは、大所帯の農家の末娘で、生まれたばかりの弟を自分の胸の中で亡くすという体験をして以来、口をきかなくなってしまった。そんな多感な少女の目を通して描かれる、ジョルジュ・ディレッティ監督の師匠エルマンノ・オルミ(※)譲りの農村の暮らしを伝えるリアリズム描写が素晴らしく、スクリーンからは、森の湿気や樹木の香りまで伝わってくるかのようだ。そして、マルティーナのお転婆な姉ベニャミーナを演じるアルバ・ロケヴァケルは、都会に憧れを抱く、ヴァイタリティに富んだ現代的感覚を持った女性だが、彼女の凛とした健康美が山村の匂い立つ自然美とともに、本作に官能的な喜びをもたらしている。

占領下ながらも、強かに日々の生活を続けていた村人たちだったが、ナチス・ドイツとファシスト党、それに抵抗するパルチザンの対立が日増しに強まっていき、村も爆撃されるという状況に追いつめられていく。少し前までは、家を訪れるナチスの兵士に食料を分け与える風景すら見られたのだが、今やこの村の風景もすっかり変わってしまった。そんな状況の変化を敏感に感じ取ったマルティーナは、大人たちが複雑に対立するさまを文章に記し、なぜ?という率直な疑問を口ではなくペンで表現するのだが、その文章を見た親や教師に、こんなことを書いてはいけない、と諌められる。

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政治的な経緯を知らず目に見えた事実だけを描いたマルティーナの文章は、結果として、ナチス・ドイツだけを批判するものではなく、パルチザンの行動も子供の目には理解し難い残酷さを示すものであったことを物語っている。"ナチス・ドイツの蛮行"を批判するに留まらず、"人類がおこなってきた、今現在も進行中の蛮行"に対するより深い意味で疑念を呈する言葉になっており、そこでは、マルティーナの言葉を封印しようとする親や学校の教師ですら、その批判を免れているわけではない。この点で、本作は凡百のフィクションを超える複雑さを獲得するに至っている。

"やがて来たる者"が誰かという問いは、映画を観れば、誰もが容易にその答えを口にすることできるが、その"者"は、本作の中では唯一というべき"フィクション"であったことが監督の口から明かされている。つまり、現実はこの映画よりも更に希望がなく、過酷であったということだ。監督は、この"者"を作品に投じることで、"未来"への希望を託すしかなかったわけであり、それほどまでに"行なわれた蛮行"は絶望的であったわけだが、同時に、それとは対照的にスクリーンに投影される"自然"には生命が溢れている。この視点は、イタリアの農民文化を発見した"ネオレアリズモ"の思想、そのものといってよい。

その"ネオレアリズモ"の伝統に加えて、音楽の仕事をしていたという経歴を持つディレッティ監督のセンスを活かした、牧歌的というよりは、先進的というべき音響的サウンドトラックが、映像と音、それぞれの個性を際立たせる効果を上げており、その点が、21世紀に作られた映画であることの"貧しさ"ではなく、ユニークな"豊かさ"の感覚を観るものに感じさせてくれることが、観客には"救い"である。


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『やがて来る者へ』
原題:L'uomo che verra

10月22日(土)より、岩波ホールにて全国順次公開
 
監督:ジョルジョ・ディリッティ
製作:シモーネ・バキーニ、ジョルジョ・ディリッティ
原案:ジョルジョ・ディリッティ
脚本:ジョバンニ・カラボッティ、タニア・ペドローニ、ジョルジョ・ディリッティ
編集:パオロ・マルゾーニ、ジョルジョ・ディリッティ
音楽:マルコ・ビスカリーニ、ダニエレ・フルラーティ
出演:アルバ・ロルバケル、マヤ・サンサ

© ARANCIAFILM 2009

2009年/イタリア/117分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル
配給:アルシネテラン

『やがて来る者へ』
オフィシャルサイト
http://www.alcine-terran.com/
yagate/























































(※)ポー川とネオレアリズモ、エルマンノ・オルミについては以下を参照ください。 http://www.outsideintokyo.jp/
j/review/ermannoolmi/
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