『ヤギと男と男と壁と』

浅井 学
heslov_01.jpg

"事実"と言われてもにわかには信じがたい。「ヤギを視線だけで殺す」「壁を通り抜ける」「キラキラ眼力で敵の戦意を奪う」などなど、1980年代にこれらの能力を獲得すべく日夜訓練にいそしんでいた米軍の部隊があったという。その名も「新地球軍」。この映画は、そんな魅力的な"トンデモ"エピソードを、ジョージ・クルーニー、ジェフ・ブリッジス、ユアン・マクレガー、ケビン・スペイシーら超豪華俳優陣が大真面目に演じきるのだから面白くないはずがない。

米軍が冷戦時代からイラク戦争にいたるまで、"超能力"をどのように軍事利用しようと試みたかを関係者に取材したルポタージュ、『実録・アメリカ超能力部隊(ジョン・ロンスン)』が原作。ユリ・ゲラー(あるいは清田くん!)のスプーン曲げや『ノストラダムスの大予言』に興奮した"ムー民(オカルト情報誌『ムー』の愛読者)"諸氏には、過去に聞き知ったニューエイジなトピックにどこか懐かしくもあったり、挿入歌のボストン「宇宙の彼方へ(More Than A Feeling)1976年」に鳥肌が立ったり。アラウンド40、50には、豪華俳優陣による贅沢すぎる"おバカ"競演以外にも、70、80年代へのタイムスリップ感を楽しめる。

heslov_02.jpg

アメリカの地方紙の新聞記者ボブ・ウィルトン(ユアン・マクレガー)は離婚の痛手を断ち切ろうと、戦下のイラクへ取材に志願して向かう。そこで出会ったのが、ビジネスマン風情のリン・キャシティ(ジョージ・クルーニー)。実はこの男、現役の特殊工作員で、その昔、アメリカ軍の超極秘部隊「新地球軍」に所属していたエスパー兵士だった。好奇心からウィルトンは同行して戦火のイラク国内へ。テロリストに拉致されたり、市街戦に巻きこまれたり、砂漠で車がエンコしたりとトラブルがつづくが、そこはリンの"超能力"で切り抜ける。

道中でリンがボブに語る「新地球軍」の話は驚愕すべきものだった。ベトナム戦争で負傷した際に"神の啓示"を受けて帰還した陸軍小大将ビル・ジャンゴ(ジェフ・ブリッジス)は、ヒッピーコミュニティーやいかにも怪しげなニューエイジ団体をまわり(この回想シーンあたりで前出のボストン「宇宙の彼方へ」が流れる!)、この体験を記したレポートを元に「新地球軍」を創設。"ラブ&ピース"の精神に基づき、ヨガや瞑想、透視、燃える石炭の上を裸足で走るなどの"訓練"を行う(全員、長髪に髭面のヒッピースタイルで!)。ここでリンはNo.2のエスパー戦士となったという。『スターウォーズ』新三部作でジェダイ(超能力者)の騎士、オビ=ワン・ケノービを演じたユアン・マクレガーに対し、この映画では"エスパー戦士"であるリン、ジョージ・クルーニーが「私はジェダイだ!」と真顔で言い切る。これは、鉄板。

heslov_03.jpg

さて、クスクスと笑いながらこの映画を見ていくにつれ、これがいくらノンフィクションがベースになっているエピソードとはいえ、やはり現実離れした感はいなめない。しかし、思い起こせば、80年代のレーガン政権に推進された「SDI戦略防衛構想(通称:スターウォーズ計画)」もそれなりの"トンデモ"計画だったわけで、あまりにSF的で実戦に耐えるレベルには程遠い技術(あるいはウソの実験報告!)に基づいた内容で「予算と資源の壮大な浪費」とも評されたことも周知の事実。それなら「新地球軍」くらいあってもおかしくないと思えてくる。ひょっとして、超能力者の"お告げ"でアフガニスタンのゲリラ掃討作戦を実行しているとか、ダウンジング(棒や振り子などの装置の動きによって地下水や油田などを探す)を応用した装置でウサーマ・ビン=ラーディンの行方を探していたといった "トンデモ"話が数年後に話題のウィキリークスあたりで暴露されるかもしれない。それほど、最先端の"サイエンス"と"テクノロジー"、そして洗練された"インテリジェンス"を駆使したアメリカの特に中近東における軍事作戦の昨今の手詰まり感は、疑念や苛立ちを超えてどこか滑稽にさえ思えてくる。

最後に特筆すべきは撮影のロバート・エルスウィット。ポール・トーマス・アンダーソン監督作品の撮影で知られ、『ブギーナイツ』(97)『マグノリア』(99)、そして『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)ではアカデミー撮影賞を受賞している。豪華俳優陣の秀逸な演技とともに、この映画の世界観のためにエルスウィットが映し出す、戦地でありながらどこかおかしみを醸し出すトボケた風情もあわせて堪能したい。


『ヤギと男と男と壁と』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(0)

『ヤギと男と男と壁と』
原題:The Men Who Stare at Goats

8月14日(土)シネセゾン渋谷、シネ・リーブル池袋 ほか全国順次ロードショー

監督:グラント・ヘスロフ
製作:ジョージ・クルーニー
原作:ジョン・ロンスン
脚本:ピーター・ストラーン
撮影:ロバート・エルスウィット
出演:ジョージ・クルーニー、ジェフ・ブリッジス、ユアン・マクレガー、ケビン・スペイシー 他

2009年/アメリカ・イギリス/94分/カラー/35ミリ/シネマスコープサイズ
配給:日活

©Westgate Film Services, LLC. All Rights Reserved

『ヤギと男と男と壁と』
オフィシャルサイト
http://www.yagi-otoko.jp/
印刷