『ミルク』

江口研一
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映画監督のガス・ヴァン・サントは、ゲイであることを公言しながら、ゲイの世界に特化した映画作りを避けてきた。長編処女作の『マラ・ノーチェ』や、多くの人に影響を与えてきた『マイ・プライベート・アイダホ』など、ゲイの主人公やテーマを扱っているものも多いが、どれも、登場人物はアウトサイダーとして描かれ、一般の観客にも支持されている。また『グッド・ウィル・ハンティング』『小説家を見つけたら』など、ハリウッド映画のように、ふつうの観客が楽しめるストーリーテリングを採用しながら、その上でどこか彼らしいテイストをこめた映画も作ってきた。そして『エレファント』『ジェリー』『ラスト・デイズ』のミニマル3部作と呼ばれる、より玄人受けのする映画作りを経ながら、実在したゲイの活動家、ハーヴィー・ミルクの生涯を描く最新作の『ミルク』は、より広い観客層に理解されることを意識している。

"カストロ通りの市長"と人々に愛されながら、サンフランシスコの市政執行委員に当選したミルクは、元同僚委員のダン・ホワイト(『ブッシュ』でジョージ・W・ブッシュを演じたジョシュ・ブローリンが熱演しているが、最初はトム・クルーズに打診していたという)にサンフランシスコ市長と共に銃撃され、彼を知る人たちにショックを与えた。ゲイやマイノリティーを教育の現場や様々な職業から閉め出すための法律立案への反対運動を積極的に行った彼は、保守派からは目の敵にされていた。市長と市政委員を殺したのにも拘らず、ストレスとジャンク・フードの過剰摂取という理由から、ダン・ホワイトは信じられないほど短い刑で釈放された。それを受けたゲイ・コミュニティーの暴動は全米を揺るがせ、その後のゲイやマイノリティーの権利闘争へ繋がることに。

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この映画で、ガス・ヴァン・サントは監督賞を逃したが、ショーン・ペンは最優秀男優賞を、ダスティン・ランス・ブラックは脚本賞を受賞した。受賞した彼らの果たした役割の素晴らしさは言うまでもないが、そんな彼らを含めたバランスの取り方は、確実にガス・ヴァン・サントの力によるものだ。政治的に熱くなりがちなショーン・ペンが暴走しようとし始めるところを丁度よく押しとどめ、ゲイの政治に走りがちになる脚本をエンタテインメントとして広く見られるようにうまく裾野を広げている。かつて彼は、オリバー・ストーンが映画化することになっていたハーヴィー・ミルクの映画に、ストーンが降板した後に入り、政治的なガチンコ対決になるはずだった脚本を何度か書き上げたが、結局実現には至らなかった。そしてハリウッドではありがちなように、月日は流れ、ダスティン・ランス・ブラックが、当時の活動家らと連絡を取りながら書き上げた別の企画が浮上し、ガス・ヴァン・サントに連絡が入った。ガス・ヴァン・サントはこの映画に、ミルクの若い恋人スコット役にジェームズ・フランコ、活動家の一人に『イントゥ・ザ・ワイルド』のエミール・ハーシュ、そしてもう一人の恋人にディエゴ・ルナを配するなど、若い才能を注入し、当時のエネルギーを再現することに成功。特に最初にサンフランシスコのカストロ通りの街の様子を当時の映像と、カメラのシャッターを切る度にストップモーションになる感覚を重ねることで、その時代に彼らが街に辿り着いた高揚感を再現している。

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一人のおばあさんが黒人にあてがわれたバスの後ろから前に移らなかったら公民権運動がずっと後のことになったかもしれないように、ハーヴィー・ミルクの闘いがなければ、僕らがいま享受している自由もまだ達成できていなかったかもしれない。それが今では、場所によっては同性同士でも結婚できるようになった。あらゆる面で、まだまだ闘いは続いているが、人として与えられるべき当然の自由のために闘ったハーヴィー・ミルクの映画を、ガス・ヴァン・サントが撮ってくれたことが何よりもうれしい。彼が『ブロークバック・マウンテン』から手を引き、自分ではなく、アン・リーが撮ったことでより大きな映画になってよかったと公言するように、するりと引いてしまう可能性だってあったはずだから。そして今までの流れからいけば、大きな映画を撮った後は、より自分らしい実験性の強い作品がくることになるが、またずいぶんと大きな映画が続きそうな噂がある。なんとも楽しみだ。


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『ミルク』
MILK

4月18日(土)
シネマライズ、シネカノン有楽町2丁目、新宿バルト9他にて全国ロードショー

監督:ガス・ヴァン・サント
脚本/製作総指揮:ダスティン・ランス・ブラック
製作:ダン・ジンクス、ブルース・コーエン
製作総指揮:マイケル・ロンドン、バーバラ・A・ホール
撮影監督:ハリス・サヴィデス、A.S.C.
美術:ビル・グルーム
編集:エリオット・グレアム
衣装デザイン:ダニー・グリッカー
音楽:ダニー・エルフマン
キャスティング:フランシーン・マイスラー、C.S.A.
出演:ショーン・ペン、ジョシュ・ブローリン、エミール・ハーシュ、ジェームズ・フランコ、ディエゴ・ルナ、アリソン・ピル、ヴィクター・ガーバー、デニス・オヘア、ジョセフ・クロス、ルーカス・グラビール、ブランドン・ボイス

2008年/アメリカ/128分/カラー/アメリカン・ビスタ/ドルビーSR
© 2008 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
配給:ピックス

『ミルク』
オフィシャルサイト
http://www.milk-movie.jp/

『ミルク』
YouTubeサイト
http://www.youtube.com/user/
MilkSupervisor
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