『THE DEPTHS』

鍛冶紀子
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濱口監督のツイッターを遡っていたら、石田法嗣(ほうし)に関するつぶやきのひとつで「『THE DEPTHS』以来、キャメラの後ろでまるで「世界がショットとして生まれたがっている」ような感覚、予感を持つことがあります」という記述があって、思わず「あ!」と声を挙げてしまった。まさに『THE DEPTHS』(10)を観ながら、「世界がショットとなるべく立ち上がっているよう」と走り書きしていたのだ。

本作で印象的なのは、カメラを前にしたときの石田法嗣の狂気的なまなざしと、キム・ミンジュンの超越的なまでの包容力、そして、彼らがいる世界を適切なショットで切り取る濱口竜介の力量だ。濱口監督といえば、東京藝術大学大学院の修了制作として撮った『PASSION』(08)が、学生映画の域を超えていると話題になったほどだから、今さら作品の完成度に驚くことはなかろうと言われるかもしれないが、既に俳優として名を馳せているキム・ミンジュンが加わったことにより『THE DEPTHS』の安定感はそれまでの濱口作品よりも、もう一段階高いところにあるように思う。

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わたしが「世界がショットとなるべく立ち上がっているよう」と走り書きしたのは、蛇行する山手線(だろうか?)を俯瞰で捉えたショットを観たときだった。この街のどこかに彼らがいる。それと同時に、彼らが居ようが居まいが世界はここにある。その相反する事実を一瞬にして伝える美しいショットだった。ただ普通の街の風景なのに。それがこんなにも多くを語り、そして観る者の心を捉えるとは。まさに「世界がショットとして生まれたがっている」と表現することの適切さよ!

『THE DEPTHS』ではさまざまな「あっちの世界とこっちの世界」が描かれている。ファインダー越しのあっちとこっち。鏡によって隔てられたあっちとこっち。性的なあっちとこっち。家族のいる世界とひとりの世界。そして韓国と日本。ふいに差し挟まれる街の俯瞰ショットは、そんなさまざまな二項対立をふわりと内包してしまう。映画が世界の一部を切り取ったものだとするならば、その画面の外には無限大に世界が広がっているわけで、そこではすべてがニュートラルに存在している。濱口監督が切り取るショットの多くは、その画面の外(すべてがニュートラルにある世界)を感じさてくれる。目の前にある世界を適切に切り取ったショットによって、物語であることの確かさ=あっちの世界と、私たちの暮らす世界と地続きであること=こっちの世界が混ざり合い、この世界の一部として立ち上がってくる。

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本作は主人公がカメラマンであることからカメラの存在なくしては語れないのだが、カメラを通して世界を観ることは、先ほどのショットの話と同様、世界の一部を切り取ることであり、時間軸においても現在を切り取ることを意味する。現在の前後には過去と未来があり、偶然切り取られた現在によって未来はいくつもの可能性を孕む。

カメラマンのペファン(キム・ミンジュン)と男娼のリュウ(石田法嗣)は、まさに偶然切り取られた現在によって生じた未来に関わり合っていく。その関わり方は常にファインダーのあっちとこっちの関わりであり、実際に唇を重ね、鏡の隔たりさえ乗り越えてしまう木村(米村亮太郎)とリュウのような生々しい関わりと比べると、ファインダー越しのあっちの世界とこっちの世界は永遠に重なり合わないように見える。

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しかし、物語が進むにつれて二人の距離は近づいていく。ペファンはファインダー越しのリュウにモデルとしての可能性を感じ、リュウは抜き差しならぬ事情によってペファンを頼ろうとする。やがて決定的な事態となり、ペファンはリュウを韓国へ連れていくことを決める。それまでペファンはリュウを男娼としてではなく、ひとりの青年として誠実に接していたのだが、ペファンの友人と寝ているリュウを見て以来、リュウが生きる"あっちの世界"を意識せざるをえなくなる。

濱口作品ではたびたびモノレールが印象的に使われているが、本作でもモノレールが二つの世界をつなぐパイプのメタファーとして重要な役割を果たしている。あっちの世界でもなく、こっちの世界でもないモノレールの中で、ペファンはリュウの、リュウはペファンの笑顔をカメラにおさめる。しかし、その笑顔はファインダーをなくしては成り立たず、私たちはふたつの世界の決定的なズレを知らしめられる。ラストシーン、驚くべき"物理的なズレ"によって幕を閉じるのだが、これはどうやって撮ったのだろう?見事なチームワークとしか言いようがない。まさか偶然ではあるまいに。


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Comment(3)

Posted by シマウマ | 2015.11.16

予告編を観てしまったことを後悔しています。
石田法嗣さんの存在感、目の力に圧倒され、ストーリーを読んで、全編が観たくて、知りたくて調べたおしてるのに本編を観る術がない。
知らぬが仏とはこの事でしょうか?
もしかして、私がまだ発見できていないだけでDVD化はされているんでしょうか?
とにかく観たい映画です

Posted by jesu | 2013.11.25

是非 この映画を観たくて仕方がありません。
が、こちらは地方なので 東京に観に行く事も叶いません。
この、男娼であるリュウが魅力的です。
軽視されながらも皆が惹きつけられる それが どんな風か
カメラマンのペファンがどんな風に惹かれるのか …
観たくて しょうがありません どうか 是非 DVD化にして頂けないでしょうか。
宜しくお願い致します。

Posted by アッキー | 2012.11.04

東京フィルメックスの時に見たかったのですが、都合が付かずに2年越しにやっと見れました。
待った甲斐がありました。久しぶりにいい作品に出会えました。
機会がありましたらまた上映してください。
できればDVD化もお願いします。
ありがとうございました。

『THE DEPTHS』

7月28日(土)〜8月10日(金)オーディトリウム渋谷(レイトショーにて連日21:00~)濱口竜介監督作品をプログラム上映
 
監督:濱口竜介
製作:東京藝術大学大学院映像研究科・韓国国立フィルムアカデミー
プロデューサー:原尭志、シム・ユンボ
脚本:濱口竜介、大浦光太
撮影監督:ヤン・グニョン
照明:後閑健太
整音:金地宏晃
美術:田中浩二
編集:山崎梓
助監督:菊地健雄
出演:キム・ミンジュン、石田法嗣、パク・ソヒ、米村亮太朗、村上淳 ほか

2010年/121分/HD(Blu-ray上映)/カラー

濱口竜介レトロスペクティヴ
公式サイト
http://www.hamaguchix3.com/


濱口竜介レトロスペクティヴ
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