『オマールの壁』

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上原輝樹

ヨルダン川西岸地区では、イスラエルがパレスチナ自治区との境界のすぐ外側、つまりパレスチナ自治区内に建てた"分離壁"が、市井の人々の生活を分断しているのだという。イスラエルは、分離壁は自爆テロの防止に役立っていると主張しているが、国連総会は、分離壁の建設は国際法に違反する、パレスチナの人々に対する不当な差別であるとして非難決議(2004年)を採択している。2005年の『パラダイス・ナウ』でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたハニ・アブ・アサド監督の『オマールの壁』(13)は、そんな分断された町の中で暮らす若者たちの尋常ならざる日常を、扇情的なタッチに陥ることなく、サスペンスフルな人間ドラマとして描き、見るものを惹き付ける。カンヌ国際映画祭「或る視点」でのプレミア上映を皮切りに、多くの映画祭で高い評価を得た後、パレスチナ代表として2度目のアカデミー賞外国語映画賞ノミネートも果たしている。

『オマールの壁』は、まず何よりも、主人公オマール(アダム・バクリ)の恋、そして、オマールの友人である3人の若者の日常が豊かに息づく"青春映画"である。オマールは、友人タレク(エヤド・ホーラーニ)の妹ナディア(リーム・リューバニ)と秘かに関係を育んでいるが、タレクにそのことを打ち明けることが出来ずにいる。オマールとナディアは、いつかタレクにそのことを打ち明けて、この壁で包囲された町から脱出して海外で暮らすことを夢見ているのだ。この主人公を演じるアダム・パクリが、実に画面映えのする"良い顔"をしていて、本作を青春映画として成立させるに充分な魅力を放っている。イスラエル生まれのパレスチナ人アダム・パクリは、映画監督で俳優の父を持ち、ふたりの兄も俳優であるという俳優一家に育った。アダムは本作に次いで、エイミー・ワインハウスのドキュメンタリー『AMY エイミー』の監督を務めたアシフ・カパディアが、アゼルバイジャンを舞台に戦火の恋愛を描いた『Ali and Nino』(16)でも主役を務めている。

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しかし、確かなものに見えたオマールとナディアの関係に試練の時が訪れる。タレクとオマール、そして、アムジャド(サメール・ビシャラット)は、町の人々を抑圧するイスラエル軍に対して"抵抗"を試みるべく、日々訓練を重ねていた。私たちは多くの"映画"で、反撃の機会を狙って、喧嘩の仕方や武術を身につけようと鍛錬に励む若者を目にしてきたが、本作の場合、事態は深刻だ。本作が秀逸なのは、その"深刻さ"を殊更強調して観客に違和感をつきつけるのではなく、あくまで"映画"という制度内に収まって恙無く物語を語ることに注力している点だろう。そして、ついに、訓練が実行に移される日が来る。夜も深まったある日、3人は、鉄条網で囲まれたイスラエル兵舎の入り口付近に一発の銃弾を打ち込むことに成功する。乗り付けた車を爆破し、証拠隠滅を図った彼らだったが、その翌日、イスラエルの秘密警察に急襲される。なぜ、すぐに見つかってしまったのか?疑心暗鬼が募る中、迷路のように細い道が行き渡る街路を舞台に行われる追跡劇は、本作の見せ場のひとつを形成している。

隣接する家々をすり抜け、狭い路地を駆け抜けるオマールだが、イスラエルの秘密警察に敢えなく捉えられてしまう。そして、収監されたオマールに狡猾な方法で接近した捜査官ラミ(ワリード・ズエイター)は、手練主管を駆使してオマールを"スパイ"に仕立て上げようとしていく。映画は、何とかその手前で踏みとどまろうとするオマールの"希望"と、一度収監されたことから周囲の信頼が揺らいでいく"冷酷な現実"とが鬩ぎ合う緻密なナラティブを最後の最後まで持続していく。そして、観客は、見事な語りと若きアダム・パクリの美しさに魅せられて映画に没入していると、ある瞬間に、映画の背景となっているパレスチナの"現実"が眼前に拡がったかのような錯覚を覚え、はたと我に返る。この異次元の"リアル"を圧倒的な瞬間風速で物質的質量を伴って観客の現前に立ち上らせること、ハニ・アブ・アサド監督は、その異物感を残すことに、映画の制度的なナラティブを駆使して賭けたのではないか。(彼の映画の主人公ヴェントゥーラについて語った)ペドロ・コスタの言葉を借りれば、「彼の青春はすばやく過ぎ去り、闇の中に消えてしまう」。映画は、そんな"青春"を掬い上げ、スクリーンに映し出すことで"抵抗"を試みる。

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Comment(1)

Posted by PineWood | 2016.06.15

今日、アップリンク渋谷で本編を見ました。障壁に阻まれた現代版ロミオとジュリエットだと思った…。シェークスピアの描いた時代劇では家柄と家柄との対立が悲劇を招いたが…。現代はイスラエル入植と分断国家の悲劇が青春群像に大きな影を落とす…!最近はパレスチナとイスラエル国間でロールチェンジをしたり映画人の協力が見られるフィールドでは在るが、その壁は心理的に威圧的でもある!冒頭で楽々と登れた壁に老人の助けが必要なラスト近くのプレッシャーと決意が余りにスリリングだ!猛烈な拷問で供述を引き出し仲間を売らせる男も型通りの悪人には描いてはいない…。誰が悪いという事を直接言う訳では無く映画はニュースフィルムの様なラストショットを迎える…。明日に向かって撃て!

『オマールの壁』
原題:OMAR

4月16日(土)より、角川シネマ新宿、渋谷アップリンクほか全国順次公開
 
監督・脚本・製作:ハニ・アブ・アサド
出演:アダム・バクリ、ワリード・ズエイター、リーム・リューバニ、サメール・ビシャラット、エヤド・ホーラーニ

2013年/パレスチナ/97分/カラー
配給・宣伝:アップリンク

『オマールの壁』
オフィシャルサイト
http://www.uplink.co.jp/omar/
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