『マイレージ、マイライフ』

上原輝樹
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『オー・ブラザー』(00)、『グッドナイト&グッドラック』(05)『シリアナ』(05)、『フィクサー』(07)など、21世紀アメリカ映画佳作群で の印象的な演技、ソダーバーグとパートナーシップを組み共同経営していた、第二次世界大戦中の軍隊不適格者の除隊を定めた米陸軍規則第8項と同じ名を持 つ、製作会社セクション・エイトでのプロデューサー業と監督業(『コンフェッション』(02))、そして、世界の紛争や飢餓問題に取り組む団体を設立、国 連平和大使にも任命され"モノを言う"ハリウッド俳優として知られるジョージ・クルーニーが、不況下のアメリカ国内を飛行機で飛び回り、リストラされた社 員に"クビ"を言い渡す敏腕リストラ宣告人を演じる、という設定が、まず興味深い。

監督・脚本のジェイソン・ライトマン(『サンキュー・スモーキング』(05)、『JUNO/ジュノ』(07))は、当初からクルーニーを主人公のライア ン・ビンガム役に当て書きしたというだけあって、クルーニー本人のキャラクタとして知られる"50代独身"、"子供持つ気なし"、"自由気ままな根無し 草"というパブリック・イメージを主人公の人物造形に上手く盛り込むことに成功している。


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リストラ宣告人ライアン・ビンガムは、年間300日以上出張し全米の空を飛行機で飛び回る日々を過ごしている。空から眺めるアメリカの国土は壮観そのもの で、ウディ・ガスリーがアメリカの労働者達を歌ったフォーク・ソング「わが祖国」の21世紀版カバーと相俟って、映画はウエルメイドなハリウッド映画の雰 囲気を漂わせる。旅慣れた風情のライアンは、9.11以降の警備が厳重化した空港での立ち居振る舞いにも無駄がない。ホテルでも、行列を尻目に会員優先デ スクからスムーズにチェックイン。ビジネスマンとして勝ち組キャリアを誇るライアンが、カンファレンスに集まった多くの聴衆を前に「バックパックに入らな い人生の荷物はいっさい背負わない。我々は、一生パートナーを変えない白鳥ではなく、動きを止めたら死んでしまうサメなのです」と語る人生観は、"成功" を夢見る多くの"おひとりさま"からは激しく共感を得るものなのかもしれない。そんな彼が、今最も執着しているのが、1,000万マイル貯まると航空会社 から送られるという"コンシェルジュ・キー"。彼のマイレージは、間もなくその数に到達しようとしていた。

空からの眺望は壮観な全米の都市も、飛行機を降りて、ライアンが向かうべきリストラ断行中の企業のオフィスへ行くと、そこにはクビを言い渡されようとして いる幾多の社員達との面談が彼を待ち受けている。ライアンの感情に左右されない余裕すら感じさせる堂々たる受け答えに、彼らも渋々現状を受け入れようと冷 静になるものもいるし、納得出来ずに感情を爆発させるものもいる。それでも、そこが、敏腕リストラ宣告人の腕の見せ所。どんな状況になってもライアンの心 が乱されることはない。映画を見るものには、どこかいびつさを感じさせる彼の生き様だが、誰に迷惑をかけるわけでもなし、表面的には至って順風満帆な日々 に見える。


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そんな彼のウェイ・オブ・ライフに大きな危機が訪れるのは、キャリアウーマンのアレックス(ヴェラ・ファーミガ)との出会いがきっかけだった。ホテルの バーで出会った旅慣れた二人は、急速にカジュアルな関係へと進展、お互いを束縛しない関係を楽しむようになっていく。そんな折、不況の中でどこの会社も合 理化への道を模索するご時世、ライアンの会社も例外ではなかった。入社したての新人女性社員のナタリー(アナ・ケンドリック)が、人と直接面談するのでは なく、インターネットのTV電話を使ってリストラを告げるという大胆な合理化案を会社に提案、会社もその合理化案に理解を示し、そのアイディアの試験的導 入が検討される段階に来ていた。ライアンにとってみれば、長年に及んで確立してきた自らの仕事のノウハウが一気に無力化するようなもので、到底承服できる ものではない。しかも、目前まで来ている1,000万マイルも夢と潰えてしまう。会社は、この合理化案の実現可能性を探るべく、最もこの案に強い拒否反応 を示すライアンと計画の立案者であり新人のナタリーを組ませることに。多くの場合、"危機"というものは幾つも同時にやってくる。仕事で問題を抱え始めた ライアンに、暫く疎遠にしていた妹から結婚式への招待状が届く。"サメ"のように自由に泳ぎ回っていた彼にとっては、気後れするのに充分な"家族"との再 会だ。不自由を感じ始めた彼の心の中で、気の合う女性アレックスの存在が日増しに大きなものになってくる。


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ライアンは、リストラを宣告するとはどういうことか、優秀な理論家であるが、実務経験のないナタリーに現場を体験させるべく、彼女を同行させクライアント のオフィスへ出向く。彼女は、想像を超える人々のエモーショナルな反応にすっかり動揺してしまう。このリストラを宣告される人々は、現実にリストラされた 人たちからオーディションで選ばれたというから、ジェイソン・ライトマンの演出も半端ではない。ナタリーのみならず、我々観客にも彼ら/彼女らの感情が直 に伝わってくる。映画のフィクションが、現実社会のリアリティに肉薄する瞬間を観客も体験することになる。リストラを宣告された内のひとりである黒人女性 は、冷静な表情で「私は橋から飛び降りるわ」と言い捨て、ナタリーは本当に彼女がそうするのではないかと恐れる。ライアンに相談すると、そう真剣に受け取 ることはない、あの女性なら充分に落ち着いていたから大丈夫だ、とクルーニーならではの包容力のある物腰で彼女を落ち着かせるのだった。

しかし、その女性は自らの言葉通り、橋から身を投げてしまう。ショックから立ち直れなくなるナタリー、そして、長年積み上げてきた仕事への自信が崩れて行 くライアン。追いつめられたライアンは、心の拠り所になりつつあったアレックスへの気持ちを打ち明けるが、彼女は、当初の"了解"通り、カジュアルな関係 以上のものは全く望んでいなかった。そして、妹の結婚式では、家族へのコミットメントを試される新たな試練がライアンを持ち受けていた、、、

プレストン・スタージェスの『サリバンの旅』(41)が、恐慌時のアメリカを描いたコメディ・タッチの悲劇的な教訓を含む自分探しの旅物語であったのと同 様に、『マイレージ、マイライフ』も、一見、有名スターが主演する絹のようにスムーズなハリウッド映画に見えなくもないその外見の内側には、21世紀の 今、価値観の変動という"見えざる巨大な変化"に晒される"宙ぶらりんな(Up In The Air)現代人"の自分探しの旅が、コメディ・タッチながらも悲劇の要素を兼ね備えた娯楽作品として描き出されている。ジェイソン・ライトマン作品には、 センシティブで重くなり勝ちなテーマを、ハリウッド古典社会派映画の伝統のひとつである、何事も"軽さ"と共に表現する娯楽映画の遺伝子が確かに継承され ていることを素直に喜びたい。皮肉な事に、本国では、ライアンの自由主義的信条が崩壊していく様を描いた本作を"保守的"であると批判する自由過ぎる意見 も多く出たようだが、そのような意見に対しては、人間はそもそも"サメ"ほどには自由な生き物ではないのだから、と軽くいさめておけば充分なように思う。


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Comment(1)

Posted by PineWood | 2015.05.11

ジェイソン・ライトマン監督の名前を知ったのは、ショートショート映画祭で、その珠玉の短篇映画はエルンスト・ルビッチ監督の(天国は待ってくれる)を現代的にアレンジしたような作品。
今回の作品でも、リストラを巡る悲喜劇をビリー・ワイルダー監督タッチのユーモアとペーソスで突き放す。
主演のジョージ・クルーニーは、その後、(ファミリー・ツリー)での父親役、SF 映画(ゼロ・グラビテイ)でのベテラン宇宙飛行士などでますます芸域を広げることにー。

『マイレージ、マイライフ』
原題:UP IN THE AIR

3月20日(土)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

監督:ジェイソン・ライトマン
脚本:ジェイソン・ライトマン、シェルドン・ターナー
原作:ウォルター・カーン
製作:アイヴァン・ライトマン、ジェイソン・ライトマン、ダニエル・ダビッキ、ジェフリー・クリフォード
製作総指揮:トム・ポロック、ジョー・メジャック、テッド・グリフィン、マイケル・ビューグ
撮影:エリック・スティールバーグ
プロダクション・デザイナー:スティーブ・サクラド
編集:ダナ・E・グラウバーマン
衣装:ダニー・グリッカー
音楽スーパーバイザー:ランドール・ポスター、リック・クラーク
音楽:ロルフ・ケント
出演:ジョージ・クルーニー、ヴェラ・ファーミガ、アナ・ケンドリック、ジェイソン・ペイトマン、エイミー・モートン、メラニー・リンスキー、J.K.シ モンズ、サム・エリオット、ダニー・マクブライド、

2009年/アメリカ/109分/ビスタサイズ/DTS・SRD・SDDS・SR
配給:パラマウント ピクチャーズ

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『マイレージ、マイライフ』
オフィシャルサイト
http://www.mile-life.jp/
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