『ザ・ロード』

上原輝樹
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終末世界に残された"父と息子の物語"というだけで涙を誘うのは、私にも年端の行かない一人息子がいるからか?

原作小説「ザ・ロード」の印象を持って映画に臨むと、オープニングシーンの暖かみのある映像に一瞬虚を突かれる。しかし、それもほんの束の間のことで、すぐに生きとし生けるもの全てが死に絶えつつある焼灼(しょうしゃく)された土地が広がる終末世界が私たちの眼前にどんよりと広がっていく。

『ノーカントリー』(原作「血と暴力の国」)でコーマック・マッカーシーに降臨した饒舌なモノローグの神は本作では影を潜め、一人息子との残された時間の中で、子どもが自分の死後も人間らしく生き延びて行くことが出来るよう、サバイバルするための"技術"よりも、胸に秘めた"火"を消さずに受け継ごうとい う精神性の擁護に映画の時間は費やされる。高齢になってから一人息子を授かったという、原作小説の作者マッカーシーが、50年後、100年後は一体どんな世界になっているのだろうか、と想像力を働かせ、最悪の世界の中でも希望の種を子どもに託したいと願った、その作家のパーソナルな想いが色濃く反映された 本作だからこそ、父親と父親にすがるしかない子ども、両者の必死さが何の衒いもなく正面から描かれていて、どうしても涙を誘う。もっとも、そこまで恐ろしい終末世界ではなくても、父と幼い子どもの関係とは多かれ少なかれ本作の親子に似ているはずで、その意味では、近未来のSFという設定ながらも"ヴィゴが演じているあの男は私だ"とスクリーンに自己を投影しながら、本作を観る父親も多いに違いない。

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この自殺者とカニバリズムが跋扈する残酷な大人のための童話を、独特の世界観で描きだしたのが、『マラルメの陽光』(エリセ/92)『アザース』(アメナーバル/01)『トーク・トゥー・ハー』(アルモドバル/02)、『それでも恋するバルセロナ』(アレン/08)、『ニュームーン/トワイライトサーガ』(ワイツ/09)で知られるスペインの名撮影監督ハビエル・アギーレソロベ。どこまで歩いても救いのない終末世界の全体像を"光"の存在を減じるマットなパレットで描き上げている。これに、フラッシュバックでごく稀に回想される過去の、アギーレソロベらしい陽光に満ちたシーンが、終末世界とのコントラストを高め、それぞれの世界観を際立たせている。

『ザ・ロード』における救いのなさは、まず端的に事物の描写によって示される。21世紀の幾つかの優れた作品で象徴的にマジックを生み出す空間として、特権的に映像化されてきた"森"ですらこの親子を守ることはできない。守るどころか、枯れかけた大木は、地震による大地の胎動によって、何本もが折り重なって多方向から小さな親子の上に倒れかかり、既に空前の灯火となりつつある彼らの命を奪おうとすらするだろう。

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更に『ザ・ロード』では"母性"も禁じられている。シャーリーズ・セロン演じる"母親"は、自ら産んだ子どもを放棄して、「何も見透せない盲目の暗黒」、「耳をすますと耳が痛む暗黒」(※)へと消えて行ってしまう。残された父親は狼狽するばかりでなす術もない。この愛する妻の信頼を得ることにも失敗し、恐らくは、生涯で一度も殴り合いの喧嘩などしたこともないような、ごくごく普通の父親をヴィゴ・モーテンセンが演じている。妻に去られたヴィゴは、残された彼女の写真をしばらく身につけていたが、ある時、意を決してその写真を捨てる。そして、結婚指輪も捨てようとするのだが、まだ彼女への愛情が残っていて、指輪を捨てることはできない。そんな、未練がましさを見せる普通の男を、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)『イースタン・プロミス』(07)で男の中の男を演じたヴィゴが演じているところが素晴らしい。

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どこまでも弱い"男"という存在の哀しさが映画を支配する中、それでも自分の死後も生き残ってほしいと願う息子のために、捨て身で胸に秘めた"火"を伝えんとする、死にゆく父親に残された最後の人間性が、熱く観るものの胸をうつ。


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『ザ・ロード』
原題:THE ROAD

6月26日(土)、TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー

監督:ジョン・ヒルコート
原作:コーマック・マッカーシー
製作:ニック・ウェクスラー
製作総指揮:ラッド・シモンズ、マーク・バタン
脚本:ジョー・ペンホール
撮影:ハビエル・アギー・レサロペ
編集:ジョン・グレゴリー
出演:ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、ロバート・デュヴァル、ガイ・ピアース、シャーリーズ・セロン

2010年/アメリカ/112分/カラー/シネマスコープサイズ/ドルビーデジタル/SDDS/DTS
配給:ブロードメディア・スタジオ

『ザ・ロード』
オフィシャルサイト
http://www.theroad-movie.jp/
index.html











































































































(※)原作小説より引用
「ザ・ロード」
コーマック・マッカーシー
訳:黒原敏行
早川書房
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