『オブリビオン』

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地上1,000メートルのラブ・ストーリーは忘却の彼方へ 
star.gifstar.gifstar.gifstar_half.gif 上原輝樹

2077年、人類は宇宙からの侵略を受け、核爆弾を使う総力戦を戦った挙句敵には勝利したものの、放射能汚染で地球はもはや人類の暮らすことのできない土地と化していた。生き残った人類は土星へ移住して暮らしながら、未だ侵略者<スカヴ(禿鷹)>との戦いを続けているというディストピアの世界が、本作『オブリビオン』の初期設定である。

トム・クルーズ演じる主人公のジャックは、"ドローン"という無人偵察機を駆使して、無惨な状態にある地球を監視する役割を担っているが、とりたてて人並み外れた能力を持ったヒーロー的人物というわけではなく、妻のヴィクトリア(アンドレア・ライズブロー)と共に、地上1,000メートルに聳え立つ"スカイ・タワー"で、司令官サリー(メリッサ・レオ)からの指令を受けて日々慎ましく暮らしている。機密保全の義務から、ジャックの記憶は強制的に消去された"オブリビオン=忘却"の状態にあり、スパースターのトム・クルーズが演じているのは、様々なビークルを乗りこなす以外、これといった特殊な能力もない上に、記憶もなくしている、ある種の痛い人であるといっても差し支えないのだが、"トム・クルーズ"というブランドイメージを利用して観客を巧妙に騙すナラティブは成功しているように思える。

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ブルースクリーンによるCG合成を使わずに、美しいセットを組んでスクリーン・プロセスによる撮影を行ったという"スカイ・タワー"における、ジャックの妻"最高のパートナー"であるヴィクトリアとの日常を描くジョセフ・コシンスキー監督の手つきは、ほとんど小津安二郎の映画を想わせる禁欲の気配を漂わせている。サリーとヴィクトリアが毎日交わす「あなたたちは今日も最高のパートナー?」「はい、私たちは最高のパートナーです」という、どこかファシズム的な不気味さを醸し出す日常会話=業務報告が、小津的な禁欲の背後にある、スタイリッシュなエロティシズムを喚起するに違いなく、そうして召還された天空に浮かぶプールにおけるトム・クルーズとアンドレア・ライズブローのあまりにも慎ましやかなラブシーンが実に美しい。『シャドー・ダンサー』(11)でIRAの"疑惑"の一員を演じたアンドレア・ライズブローをヴィクトリア役に起用したキャスティングの妙も効いている。

そして、コロンビア大学で建築学を学んだ経歴の持ち主である、ジョセフ・コシンスキー監督の出自が映画との幸福なマリアージュを実現しているというべき"スカイ・タワー"の造形が素晴らしい。リチャード・スペンサーの「Spencer House III」を想起させる"スカイ・タワー"の造形は、明らかにモダニズム建築の系譜に属しているように見える。1952年に建てられた「Spencer House II」は、後年名を馳せることになる学生時代のフランク・ゲーリーもプロジェクトに参加していたというが(http://www.trianglemodernisthouses.com/spencer.htm)、1930〜60年代に建築やインテリア、家具、工業デザイン、グラフィックデザインの分野で輝かしい功績を残した"ミッド・センチュリー・モダン"の成果は、同時代以降に作られた多くのSF映画における"未来の居住空間"のイメージに決定的な影響を与えたことは、キューブリックの『2001年宇宙の旅』(68)を想起すれば一目瞭然だろう。

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2077年という時代設定の本作における、唯一の未来の"居住空間"として描かれる"スカイ・タワー"が、ミッド・センチュリーの雰囲気を醸し出していることは、20世紀中葉に夢見られた"未来"ほど、"ヴァーチャルに"理想的な未来を喚起させるものはないということを雄弁に物語っている。そして、ここで詳述することは避けるが、"ヴァーチャルに理想的な未来"と対峙する形で "持続可能にリアルな未来"の姿が後に描かれることになるが、そのイメージがあまりにもアメリカ的で一種の郷愁を誘うのも計算通りのことだろう。

時折、人工的には消去しきれなかった記憶の断片がフラッシュバックとして甦り、ニューヨークの雑踏の中で一人の女性(オルガ・キュリレンコ)と視線を交える、ジャックの過去の"忘れ難い記憶"は、彼の脳が自らに覚醒を促しているサインだろうか。もはや無人だと思われていた地球に生存者の影がちらつくのを目撃したり、地球に墜落してきた宇宙船を調べていくうちに、ジャックは自らの封印された過去の探求へと歩みを進めてゆく。「人は"自分を選べない"。そのことを知って、人は初めて自由になる」とは、いみじくも日本で同日に公開された映画『イノセント・ガーデン』の冒頭で語られる台詞だが、本作におけるトム・クルーズにも、自由に生きる=十全に生きるためには必須の、"本当の自分"を知るための旅が待ち受けていることだろう。

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その旅路は、いささか見慣れたものではあるけれども、今年のカンヌを賑わせたホドロフスキーのドキュメンタリー『Jodorowsky's Dune』の主題である未完の大作『Dune』の美術に参加したことでも知られるクリス・フォスやピーター・エルソン、クリス・ムーアなどに代表される70年代のSFアートをこよなく愛するというコシンスキー監督の、レトロフューチャー感溢れる"ドローン"や"バブルシップ"といったマシーンが目を楽しませてくれるし、4Kデジタルカメラで撮影された初の長編映画として記憶されることになるだろう映像美には、無条件で観る者の気持ちを高揚させる作用があるように思える。しかし、個人的に本作で最も心を惹かれたのは、身勝手な妄想を許してくれる"スカイ・タワー"における、ジャックとヴィクトリア夫妻の慎ましやかな日常であったことを言い添えておきたい。この"最高のパートナー"であった夫婦の間に"愛の記憶"が存在しなかったと誰が言えるだろうか?


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『オブリビオン』
原題:OBLIVION

5月31日(金)より、TOHOシネマズ 日劇ほかロードショー
 
監督・原作・製作:ジョセフ・コシンスキー
製作:ピーター・チャーニン、ディラン・クラーク
撮影:クラウディオ・ミランダ
プロダクション・デザイン:ダーレン・ギルフォード
編集:リチャード・フランシス=ブルース
衣装デザイン:マーリーン・スチュワート
オリジナル音楽:M83(アンソニー・ゴンザレス)
スコア音楽:ジョセフ・トラパニーズ
出演:トム・クルーズ、モーガン・フリーマン、オルガ・キュリレンコ、アンドレア・ライズブロー、ニコライ・コスター=ワルドー、メリッサ・レオ

© 2013 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

2013年/アメリカ/124分/カラー
配給:東宝東和

『オブリビオン』
オフィシャルサイト
http://oblivion-movie.jp/
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