『アウトレイジ』@カンヌ映画国際映画祭2010

クラウディア
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北野監督のカンヌ映画祭コンペティション参加は『菊次郎の夏』以来、11年ぶり、また『BROTHER』以来となるヤクザ映画とあって、カンヌに集った記者たちの関心の高さはコンペ出品作の中でもトップクラスであった。が、いざプレス上映が終わると激しい暴力描写から賛否両論、ヨーロッパ系の記者の反応は『カイエ・ドゥ・シネマ』等数誌を除いて芳しいものとは言い難かった。これまでの北野作品における暴力は静謐なイメージを伴ってきたが、ヤクザの世界で男たちが生き残りを賭け、裏切りや駆け引きなど壮絶な権力闘争を繰り広げる本作においては怒号が飛び交い、過激な暴力シーンが炸裂する。従来の北野ファンから拒否反応が出ても不思議はない。

しかしこれらの反応は北野監督にとっては予想の範囲内だったのではないか。北野監督は「賞には何ら期待していない。世間の人は、賞よりもカンヌのコンペに選ばれること自体が凄いということをわかっていないんじゃないか。700〜800本の中から(20本前後が)選ばれるのだから、それだけで栄誉。さらに賞をもらおうだなんて図々しい。そもそもカンヌを意識しているのならこんな暴力映画は撮らない。カンヌがこの映画でコンペに呼んでくれたことに感謝」と賞を期待する周囲をいさめてもいたが、このコメントはかなり正しい。そしてかなり本音なのではないだろうか。カンヌ(及び多くの海外映画祭)では思索的で東洋的情緒溢れる神秘性を備えた作品が受けることをわかっているであろう北野監督。「狙って」いたのだとしたらこの作品にはならないであろう。

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北野監督はフランス文化省から芸術文化勲章の最高章であるコマンドゥールを授与され、ポンピドゥー・センターで特集上映が組まれ、3月からパリ市内のカルティエ現代美術財団主催の「BEAT TAKESHI KITANO GOSSE DE PEINTRE」(ビートたけし/北野武 絵描き小僧)においてはビートたけし/北野武氏による絵画・映像・立体、さらにアトラクションなど多岐にわたる内容の個展が開催中、初の自伝「Kitano Per Kitano」がフランスの出版社から出版されるなど、まさにフランスで'旬'な北野氏だが、ここでカンヌをあえて目指さない、「狙わない」姿勢は粋と言っても良い。

公式上映の入場時、北野監督は万雷の歓迎の拍手に迎えられ感激の面持ちであった。そして途中退席する観客はほとんど見られず、随所に笑いも起こるまずまずの反応に上映後はかなりご機嫌。「欧州の映画祭で上映された『HANA-BI』『座頭市』『菊次郎の夏』に続き、今回がベスト4に入るウケ方だったんじゃないか」。この時には批評家筋からのネガティブな評価も耳に入っていたはずである。が、北野監督が見ていたのはどこまでも観客の反応であった。

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『アウトレイジ』においては登場人物が見事'全員悪人'である。そこにかえって清々しさすら覚える。北野作品初参加の俳優たち、それぞれが実にはまっている(特に加瀬亮は秀逸)。北野監督自身が「現代のヤクザは金の稼ぎ方がITや株。指を切ってわびるより金」と話すとおり、現代ヤクザ社会が日本の企業や学校・政界などの縮図を表し、会社員の悲哀ならぬヤクザの葛藤(かっとう)をリアルに描き出している。またヤクザたちの文字通り血で血を洗う戦い、ヒーロー不在の状況は閉塞感漂う現代を色濃く映しているかのようでもある。北野監督は影響を受けた監督として、海外の作品ではマーティン・スコセッシ監督の映画『グッドフェローズ』やフランシス・フォード・コッポラ監督の映画『ゴッドファーザー』を挙げているが、本作には北野監督オリジナルの虚無的な世界観の中にその二人の影も感じ取れ、(今までのフランス人が好みそうな)ミニマリスティックで静寂さすら漂う、北野監督の90年代の'傑作暴力映画'とは明らかに異なるスタイル、バイオレンスもコメディーもふんだんに盛り込まれたテンポの良い、エンターテイメント性の高い作品に仕上がっている。それが逆にフランスでの賛否両論を生んだのであろうことは想像に難くない。たしかにカンヌでのプレスの論調としては否定的な記事の方が多くみられたものの、痛快な娯楽作品として非常に良い出来、単純に楽しい、と感想を語る記者が意外に多かったのも事実。緻密に計算されたであろう、スタイリッシュな映像も見応え十分である。アメリカ系某映画批評誌の記者は本作に関しての評で「難癖つけずに楽しめ」と言い放った。まさに、である。

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『アウトレイジ』

6月12日(土)丸の内ルーブル 他全国ロードショー

監督・脚本・編集:北野武
ライン・プロデューサー:小宮慎二
アソシエイト・プロデューサー:梅澤勝路、葉梨忠男、武田佳典
プロデューサー:森昌行、吉田多喜男
音楽:鈴木慶一
撮影:柳島克己
照明:高屋齋
美術:磯田典宏
録音:堀内戦治
編集:太田義則
助監督:稲葉博文
衣装デザイン:黒澤和子
大友組組長衣装:山本燿司
装飾:尾関龍生
メイク:細川昌子
記録:吉田久美子
音響効果:柴崎憲治
キャスティング:吉川威史
製作担当:里吉優也
出演:ビートたけし、椎名桔平、加瀬亮、三浦友和、國村隼、杉本哲太、塚本高史、中野英雄、石橋蓮司、小日向文世、北村総一朗

2010年/日本/109分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル
配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野

© 2010「アウトレイジ」製作委員会

『アウトレイジ』
オフィシャルサイト
http://office-kitano.co.jp/
outrage/main.html
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