『家族の灯り』

01.jpg

105歳のオリヴェイラ監督が、人の魂を殺す「貧しさ」に真正面から向き合った傑作
star.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

「大人の言うことは常に正しい。これが私に対する教育の基本であって、これらは私の血となり肉となった。」(アウシュビッツの所長、ルドルフ・ホェスの証言)

全てのショットが一幅の絵画のように美しく、開巻早々から身を乗り出し目を皿のようにして見た。貧しくも誠実に生きようとする主人公とその家族の時間を通じて、105歳のオリヴェイラ監督が、人の魂を殺す「貧しさ」に真正面から向き合った傑作である。ペドロ・コスタが、「先日マノエル・ド・オリヴェイラと食事をする機会があり、彼は私に、君は貧しい人たちの映画ばかり作り、私は豊かな人たちの映画ばかり作っている、そろそろ役割を交換してみようか?と言ったんだ」と笑みを浮かべながら語ったのは、アテネ・フランセ文化センターでポルトガル映画史のレクチャーが行われた2010年7月のことだった。オリヴェイラ監督の来るべき作品のエッセンスがペドロ・コスタの口から伝えられた約3年半後の今、その言葉通り、人間が「貧しさ」によって置かれ得る状況をアクチュアルに描いた作品が、私たちの眼前のスクリーンに届けられた。

主人公のジェボを、オリヴェイラ監督が『インディア・ソング』(マルグリット・デュラス/75)の副領事役を見て目を付けていたというフランスの名優マイケル・ロンズデール、妻ドロテイアをあのクラウディア・カルディナーレ、息子ジョアンと嫁ソフィアをオリヴェイラ組の常連リカルド・トレバとレオノール・シルヴェイラが演じている。主人公ジェボとソフィアの関係に『東京物語』(53)を彷彿させる瞬間を見たり、家族の長年の友人カンディニアを演じたジャンヌ・モローの一瞬の表情に『突然炎のごとく』(62)の時のお茶目な笑顔を想起したり、映画史に迷い込む時ならぬ幸福に戸惑いを感じながらも、大女優たちを完璧に演出し、熾烈な"ヒューマン・コンディション"をスクリーンに濃密に描き出すオリヴェイラ監督の演出手腕と、経済性の極地とも言うべきシンプルなカット割りに終始驚かされ続けた。

02.jpg

レナート・ベルタの撮影による、まさに"光と影の魔術師"レンブラントの作品を思わせる濃密な光と影が織りなすテクスチャーが、あまりに多くの時間が流れ去った、ある種の歴史的感慨すら喚起する絵画のようなオープニングショットから続く、オリヴェイラ監督の長編処女作『アニキ・ボボ』(42)で夜の石畳を駈け抜ける少年を追う大きな"影"を直載に想起させる、ジョアンの犯罪を仄めかす大きな手の"影"のショット、そして終盤近く、聖母マリアを見つけ、目を輝かせて祈りを捧げるソフィアを捉える美しくも謎めいたショットまで、オリヴェイラ監督は、人間の魂を巡る因果応報を、シンプルさに徹して、緩むことなく一気に描き切っている。

もっとも、ナラティブの力強いシンプルさとは裏腹に、本作で扱われている問題は複雑である。誠実に生きようと努めたジェボは、そのあまりの生真面目さ故に、かえって一家を見通しの悪い雲の下に淀ませてしまったのかもしれない。生涯の伴侶である妻ドロテイアに、我が息子の所業についての真実が知らされることもないのだろう。原題(『Gebo et L'ombre/ジェボと影』)が示唆する通り、ジェボの妻ドロテイアの人生は"影"の中に匿われ、様々な真実から遠ざけられている。そして、家を出た息子ジョアンは、今や"影"となって父親のジェボを脅かし、再び舞い戻る時には一家に災いすらもたらすだろう。

03.jpg

年老いて哀れみすら誘う善人ジェボに罪があるのだとしたら、それはエンディングで起こる事態に起因するものではなく、以前からこつこつと日常に積み重ねられた、家族を真実から遠ざけ"影"に置き続けた"暗さ"にこそある。その"暗さ"に対して、息子のジョアンが相応の復讐を図ることに道理はあるだろう。だから、ジェボの最後の犠牲的決断は、自らと家族全員を"影=欺瞞"から解放するオリヴェイラ流の辛辣なハッピー・エンディングであると言えるかもしれない。オリヴェイラ監督は、ラウル・ブランダン原作戯曲のエンディング(※)をより現代の苛烈さに見合うべく変更している。"豊かさ"や"貧しさ"といった状況によって、人はどのようにでも変わりうる。そして、"魂"は人生における光と影の時間を通り過ぎ、いずれ因果が巡る。ジェボはその時、自分の生きている時間の内に自らの意思で、その決着を付けてみせるのだ。


『家族の灯り』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(0)

『家族の灯り』
英題:GEBO AND THE SHADOW

2月15日(土)より岩波ホールほか、全国順次公開
 
監督:マノエル・ド・オリヴェイラ
製作:ルイス・ウルバーノ、サンドロ・アギラル、マルティーヌ・ドゥ・クレルモン=トネール
原作戯曲:ラウル・ブランダン
脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
撮影:レナート・ベルタ
編集:ヴァレリー・ロワズルー
出演:マイケル・ロンズデール、クラウディア・カルディナーレ、ジャンヌ・モロー、レオノール・シルヴェイラ、リカルド・トレパ、ルイス・ミゲル・シントラ

© 2012 - O SOM E A FURIA / MACT PRODUCTIONS

2012年/ポルトガル、フランス/91分/カラー
配給:アルシネテラン

『家族の灯り』
オフィシャルサイト
http://www.alcine-terran.com/kazoku/












































































































(※)プレス資料に掲載されているマイケル・ロンズデールのインタヴューによると、戯曲では、ジェボが刑務所でのつらい生活を終えて家に帰ると息子がいて、財産を守っている。そして2人は一緒に酒を飲む、という恐らくは映画より幸せな結末になっているが、オリヴェイラはそれを変えている。
印刷