『眠れる美女』


妄信に狂う世界への怒りに満ちた、愛と精神の覚醒の物語
star.gifstar.gifstar.gifstar.gifstar.gif 上原輝樹

21歳で交通事故に遭い、以来17年間植物人間状態となっていた女性エリアーナの尊厳死を巡る人々の反応は、イタリアを二分した。娘の尊厳死を受け入れるために、延命装置を外したいという両親の願いは、"奇跡"を信じるカトリック信仰の強いイタリアにおいて、"非人道的な行為"として、多くの人々によって非難を浴びていたのだ。2009年のイタリアで実際に起きたこの事態に直面したベロッキオは、多くの人々の反応に対して違和感と怒りを感じたのだという。そうした現実に対する怒りを、ヴェロッキオは新たに作り上げた3つの物語に託して、人間が示しうる尊厳の形を提示してみせる。

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国会議員ウリアーノ・ベッファルディは、ベルルスコーニ首相が進める延命治療を継続させる暫定法案に賛成票を投じるかどうかで頭を悩ませている。法案に賛成票を投じなければ、党の方針に背くことになり、自らの政治生命を危機に晒すことになる。ウリアーノが延命治療の継続に反対するのは、彼自身の妻が病いに苦しみ、延命治療を停止させた過去があるからだが、その行為を許すことが出来ない娘マリア(アルバ・ロケヴァケル)は、父親に辛く当たる。逆境の中で、いかにして一人の人間として正しい判断を下すことが出来るのか、苦渋の選択の中でも人間の尊厳を貫こうとする国会議員ウリアーノをイタリアの名優トニ・セルヴィッロが重厚な存在感で演じている。

2012年のイタリア映画祭で上映されたデ・セリオ兄弟の野心作『七つの慈しみ』(11)で主演を務め、ヴェロッキオ監督作品『夜よ、こんにちは』(03)では誘拐されるモロ元首相役を演じた、一目見ただけで忘れ難い印象を残す俳優ロベルト・ヘルリツカが、ウリアーノが相談を持ちかける精神科医役で出演しているところも嬉しい。ヘルリツカは、パオロ・ソレンティーノの新作『La grande bellezza』(13)でも、トニ・セルヴィッロと共演していることが伝えられている。

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ウリアーノの、ただでさえ深い眉間の皺を更に深くしようというのか、アルバ・ロケヴァケルが演じるマリアは、そのカソリック的な信心深さで、延命措置の継続に賛成しており、街で行われているデモに参加し、父親との意見の相違を際立たせる。しかし、身につけている洋服からも暗示されているように、修道女的ファナティズムに陥っているマリアの目を覚まさんとする、電撃的な出会いが彼女を襲うだろう。この"冷や水を浴びせる"決定的瞬間は俊速で訪れ、やがて全てを変えていく。結果的に、マリアにキューピッドの矢を放ち、兄ロベルト(ミケーレ・リオンディーノ)との仲を取り持つことになった弟ピッピーノ(ファブリツィオ・ファルコ)は、メディアを初めとした多くの人々が妄信に走る世界で、真実を口走る、情緒不安定なトリックスターとして、ヴェロッキオ監督の怒りを託されている。

マヤ・サンサが演じる麻薬中毒者ロッサと医師パリッドの出会いも、上述の二人にならって俊速で描かれる。演出の切れ味が鋭いのだ。舞台である病院には、延命治療の継続を停止されようとしているエリアーナを探す、半ば暴徒化したデモ隊が押し寄せ、そのどさくさの流れの中に突如姿を現したロッサは、一瞬のうちに手首を切る。暴れるロッサをパリッドが組敷き、この世から去ろうとする命を食い止める。ここでは、決定的瞬間はオペラ的とも言える劇的な演技アンサンブルの流れの末に訪れる。ベロッキオは、ロッサが"顔色が悪い"と呼ぶ、"天使"のような男パリッドを、自らの息子ピエール・ジョルジョ・ベロッキオに演じさせている。

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イザベル・ユペールが演じる"聖母"のような母親は、植物人間状態と化した娘ローザ(カルロッタ・チマドール)とエリアーナを重ね合わし、"奇跡"が起きることを信じて、日々、祈りを捧げている。大女優としてキャリアを築いた母親に憧れを抱く息子のフェデリコ(ブレンノ・プラシド)は、自身も役者になることを夢見ている。そんな息子に対して、ローザの奇跡の復活劇を演出すべく"聖母"の大役を務めるのに一生懸命な母親は、あまりにも冷たく振る舞うだろう。戯曲の一場面を熱演する息子に差し向けられた"聖母"を演じるイザベル・ユペールの視線は、寒気を感じさせるほどの冷淡さと無関心で、息子の心を深く傷つけるに違いない。本作のユペールは、その冷淡な視線の強度によって、忘れ難い存在感を発揮している。

教会の椅子に横たわるロッサの寝姿から始まる本作は、タイトル通り、"眠れる美女たち"ばかりが登場する映画である。その中には、一見眠っているわけではない"美女"も実は"眠っている=目覚めていない"精神状態にあるとして描かれる。ロッサは天使のようなパリッドの献身によって精神の深い眠りから目を覚ます、文字通りの"眠れる美女"だが、マリアは起きて活動しているにも関わらず、妄信によって意識が"覚醒していない=眠っている"状態であるから、起きながらにして覚醒していない"眠れる美女"として描かれる。その眠りを解くのは、"冷や水の一撃"を切っ掛けに得たロベルトへの恋心であり、父親の愛であるだろう。そして、文字通りの"眠れる美女"、植物人間状態のローザの復活劇を信仰する"聖母"も、起きてはいるが、意識が暗黒時代を彷徨っている"眠れる美女"として描かれている。しかも、"聖母"の彼女には、愛による救済が訪れることはない。

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死んでいるものを蘇らせようとし、生きているものの生気を殺ごうとする、あるいは、まだ生きているものが死のうとすることの倒錯をヴェロッキオは見逃そうとはしない。21世紀に入ってからも、『母の微笑』(02)、『夜よ、こんにちは』(03)、『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』(09)、そして本作と、傑作を連発するイタリアの巨匠マルコ・ベロッキオが、3年前の私たちのインタヴューで語ってくれた「どの映画も、淡々と冷めた気持ちで撮ったものなどひとつもなく、毎回のめり込むようにして撮っている」という言葉が、決定的瞬間の現前に激情を込めるヴェロッキオ監督の演出を目にする度に、脳裏に甦ってくる。


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『眠れる美女』
原題:Bella Addormentata

10月19日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか、全国順次絶賛公開中
 
監督:マルコ・ベロッキオ
製作:リカルド・トッツィ、ジョヴァンニ・スタビリーニ、マルコ・キメンツ
原案:マルコ・ベロッキオ
脚本:マルコ・ベロッキオ、ヴェロニカ・ライモ、ステファノ・ルッリ
撮影:ダニエーレ・チプリ
美術:マルコ・デンティッチ
衣装:セルジョ・バッロ
編集:フランチェスカ・カルヴェリ
音楽:カルロ・クリヴェッリ
出演:トニ・セルヴィッロ、イザベル・ユペール、アルバ・ロルヴァケル、マヤ・サンサ、ピエール・ジョルジョ・ベロッキオ、ミケーレ・リオンディーノ、ファブリツィオ・ファルコ、ジャン・マルコ・トニャッツィ、ブレンノ・プラシド、ロベルト・ヘルリッカ、ジージョ・モッラ、カルロッタ・チマドール

© 2012 Cattleya Srl - Babe Films SAS

2012年/イタリア・フランス/115分/カラー/35mm/スコープサイズ
配給:エスパース・サロウ

『眠れる美女』
オフィシャルサイト
http://nemureru-bellocchio.com
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