『未来よ こんにちは』

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人生における様々な"別れ"を描き続けて来たミア・ハンセン=ラブが、
"来るべき未来"への仄かな希望を、
見事な運動の連鎖による演出のリズムで描き切った傑作

上原輝樹

今や、フランスの若手映画作家を代表する存在になったミア・ハンセン=ラブは、長編第二作『あの夏の子供たち』(09)で、彼女の作品を製作することになっていたプロデューサーとの死別を、映画製作会社最期の日々と一家の柱を失った家族の悲劇を通じて描き、長編第三作『グッバイ・ファーストラブ』(11)では、自らの"初恋"との決別を弧を描くような人生の瑞々しい時間の流れの中に描き、続く『EDEN/エデン』(14)では、青春の日々との苦い別れをダフト・パンクを輩出したフレンチ・エレクトロシーンに関わった兄スヴェンの人生をモデルに描いた。彼女は人生における様々な"別れ"を、自伝的要素を交えて描いてきた映画作家である、とひとまず言ってみても差し支えないだろう。

本作『未来よ こんにちは』においても、そのマナーは踏襲されている。そんな彼女の作品群を、フランスの批評家ドミニク・パイーニは、"家族小説"と呼ぶ(※1)。その"家族"は、必ずしも血の繋がった血縁に限られるわけではなく、映画プロデューサーのような人物も含めて、<映画=人生>であったトリュフォー的な意味での"家族"、あるいは、共に長い時間を過ごすことになった"偶然の家族"であることもあった。しかし、本作では共に哲学教師であった彼女の両親、とりわけルソー派の哲学者である母親ロランスが、イザベル・ユペール演じる主人公ナタリーの人物造形に大きく寄与しており、ハンセン=ラブの"家族小説"サーガも、いよいよ核心に迫ってきたという趣きである。

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ミア・ハンセン=ラブが自ら語った所(※2)に依れば、ナタリーの授業でジャン・ジャック・ルソーの哲学(「ジュリー、あるいは新エロイーズ」(1761)からの引用)に言及する場面があるが、その場面の脚本は、母親ロランスに助言を仰いだものであるという。また、ロランスをモデルにしたナタリーの役柄は、脚本執筆時からイザベル・ユペールが演じることを想定して当て書きされたものであり、この役を演じるのはユペール以外には考えられなかった、とも語っている。そして、豊かな自然光が差し込み、美しく整理された書棚やキッチンが知的生活の充実感を滲ませる、夫妻が住むアパートメントの雰囲気は、ミアの子供時代や十代の頃の記憶に基づいて造形されており、"哲学教師"という職業とともに、本作の核を成す重要な要素としてつよい印象を残している。

しかし、ごく慎ましく知的生活を享受しているように見えたナタリーの生活に、望みもしない変化が訪れる。夫妻のふたりの子供も今や成人となり親元を離れ独立しているのだが、夫ハインツ(アンドレ・マルコン)から、好きな女性が出来たから別れてほしい、と切り出されるのだ。折しも、彼女が手掛けていた哲学の教科書が今の時代にそぐわないという評価を下され、心血を注いで来た仕事も難しい局面を迎えつつあり、更には、不安症的な発作から頻繁に電話で呼び出してナタリーを困らせていた母親イヴェットとも、終の分かれの時が近づいていた。彼女の周囲から、近しい人々が、ひとり、またひとりと去って行く。

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若い頃はモデルをしていたというナタリーの母親イヴェットを演じるエディット・スコブが未だにコケティッシュな魅力を湛えていて素晴らしいのだが、ミア・ハンセン=ラブは、彼女のキャスティングも早い段階から決めていて、かつて、ジョルジュ・フランジュの『顔のない眼』(60)や、彼女のパートナーであるオリヴィエ・アサイヤスの『夏時間の庭』(08)でスコブを見て以来、魅了され続けていたという。スコブとユペールの間で辛辣な言葉が飛び交う、人生の黄昏を迎えた母娘の日常描写には、それでも尚、二大女優の絶妙なユーモアが漂い、人々の自然な佇まいや振る舞いを生起させる演出のリアリズムの中に、映画を見ることの味わいがあることを、この映画は優しく教えてくれる。

年齢を重ねるとともに、誰もが経験していく"老い"がナタリーの人生に重くのしかかってくるが、そうした重力から逃れようとするかのように、ナタリーは"動き"を止めない。ミア・ハンセン=ラブとは『EDEN/エデン』に続いて2度目のコラボレーションとなるドニ・ルノワールのキャメラは、動き続けるユペールを、カット割りの多いショットの連鎖で捉え続け、彼女の全作品と、『カルロス』(10)以降の作品でアサイヤスを支えて来たマリオン・モニエが、カットじりの短い編集でショットを繋ぎアクション映画さながらのリズムを生み出している。このリズムの快活さと、ハンセン=ラブ特有の自然光を活かした、さながら印象派的ともいうべきロケーション撮影で得た目映い光景の数々が、"老い"と"別れ"という鈍重に傾きがちなテーマを、重力の磁場から掬い上げている。

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映画のリズムとルックだけが、作品を重力から解放しているわけではない。ナタリーは、かつての教え子ファビアン(ジャン・ルイ・トランティニャンを祖父にもつロマン・コリンカ)と久しぶりの再会を果たす。ファビアンは、"自分の頭で考える"というナタリーの教えを身につけた彼女の教育の最大の成果で、ナタリーの監修を受けて、哲学書も執筆している教師だったが、混迷を深める現代にあって、"哲学教師"であることだけが自分のやるべきこととは思えず、職を辞して執筆活動に注力し、アナーキストの仲間たちとフレンチアルプスのヴェルコール山間地帯でコミューンを始めるところだった。未だ魅力の失われていないナタリーと、ファビアンの久しぶりの再会に、ロマンスの気配が漂わないこともないが、ハンセン=ラブは、そのような手垢に塗れた"物語"で、ナタリーを救おうとはしないだろう。

ファビアンから、アナーキスト仲間のコミューンに誘われたナタリーは、母が愛していた猫パンドラを連れて山間のロッジを訪れる。そこでは、現代社会の行き詰まりが議論され、ファビアンの書棚には、産業革命以降の社会を否定し、爆弾テロを起こしたユマボマーの書籍も散見される。ナタリーは、彼等と共にラディカリズムを生きるのは自分の性分ではない、バトンは既に"来るべき未来"に託されているのだと感じ、一方のファビアンは、"68年"を経験した哲学教師が、なぜ今の状況(サルコジ政権下のフランス)で政治的な行動を起こさないのか疑問を呈する。二人の関係に微かな亀裂が入るが、この亀裂こそが、思想的重力の磁場に風穴を空け、映画の風通しを良くしている。もちろん、ここでその風穴を開けた行動の主体は、ナタリーの方である。

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しかし、このヴェルコールの山間地帯から放たれたラディカリズムは、「一体、自分の人生はどうなってしまったのか?」とトム・ハンクスがモダンロックの名曲「ワンス・イン・ア・ライフタイム」(トーキング・ヘッズ)をカヴァーする秀逸なオープニングで始まる『王様たちのホログラム』(トム・ティクヴァ/16)の中で唐突に描かれる、王国サウジアラビアで揺籃期を迎える反乱分子たちの姿とも共振しているように見える。朗らかなアメリカ人トム・ハンクスが主演を務める『王様たちのホログラム』でサウジアラビアの反乱分子が描かれるのも虚をつかれるし、『未来よ こんにちは』でユマボマーが参照されるのも些か唐突に思えるかもしれないが、ふとした瞬間に不穏さが顔を覗かせる、それが21世紀の世界のリアリズムというものだろう。この2つの映画は、そうして穿たれた亀裂を通じて、フレームの外の世界に開かれている。

そして、この"不穏さ"も、"老い"や"孤独"とともに、"Things to Come"(本作の英題)="来るべき未来"の射程に取り込まれて行くことになる。1959年に発表されたオーネット・コールマンの"Tha Shape of Jazz to Come"というアルバムが、フリージャズの到来を予見したように、ハンセン=ラブは、"来るべき未来"の到来を、自らの母親の人生をモデルにした虚構に託して描いた。現代社会は綻びを見せ、人々は老いて行くが、人生における様々な"別れ"を描き続けるハンセン=ラブの作品において、"別れ"とは次なる新しい可能性を生み出す、期待の萌芽に他ならない。「人生は欲望があれば、幸福ではなくても期待で生きられる。幸福を手に入れる前こそ幸福なのです」という授業で引用されたルソーの言葉が脳裏を木霊し、光と影、幸福と悲しみ、生と死、楽観主義と悲観主義といった二重性の矛盾が人生を支配する中でも、祝福すべき存在は育まれていくはずだ。耳を澄ませば、The Freetwoodsの「Unchained Melody」のアカペラが朗らかに流れてくる。


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『未来よ こんにちは』
英題:Things to come

3月25日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
 
監督:ミア・ハンセン=ラブ
製作:シャルル・ジリベール
脚本:ミア・ハンセン=ラブ、サラ・ル・ピカール、ソラル・フォルト
撮影:ドニ・ルノワール
美術:アンナ・ファルゲール
編集:マリオン・モニエ
録音:ヴァンサン・ヴァトゥー、オリヴィエ・ゴワナール
衣装:ラシェール・ラウー
海外セールス:レ・フィルム・デュ・ロザンジュ
出演:イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ、エディット・スコブ

© 2016 CG Cinema・Arte France Cinema・DetailFilm・Rhone-Alpes Cinema

2016年/フランス・ドイツ/102分/カラー/1:1.85/5.1
配給:クレストインターナショナル

『未来よ こんにちは』
オフィシャルサイト
http://crest-inter.co.jp/mirai/





























※1
http://www.outsideintokyo.jp/j/
interview/miahansen-love/
index2.html
































※2
Sight & Sound: september 2016
Mia Hansen-Løve Interview
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