『愛、アムール』

amour_01.jpg

愛、"amour"とは、迸り出るもの
star.gifstar.gifstar.gifstar.gifstar_half.gif 上原輝樹

80代の男女のラブ・ストーリーが、ここまで美しく優雅に、しかもあからさまに描かれることがあっただろうか。ハネケは、老齢につきものの"老い"と"死"を前にして、"若者の特権"と看做されてきた"美しい恋愛"を老人の手に引き寄せようとしているかのようだ。

ジャン=ルイ・トランティニャンとエマニュエル・リヴァが完璧に演じる、互いを優しく気遣う老夫婦の前では、娘役のイザベル・ユペールは、彼らのおせっかいな母親のように見える。事実、ユペール演じる娘エヴァの突然の訪問に動揺した父親のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は、アンヌ(エマニュエル・リヴァ)の病床の姿を見せまいと、部屋の鍵を掛けて娘を困らさせてしまう。

amour_02.jpg

実際、恋するものが病に伏していたら、相手が譬え肉親とはいえ、人の目に晒したくないと本能的に構えてしまうのが、人間というものだろう。そこに"なし崩しの生"の諦念を描くのではなく、"人間の尊厳"を見るハネケの視線は2003年の怪作『タイム・オブ・ザ・ウルフ』とも通じている。

ハネケ監督の両親のウィーンにあるアパートメントの記憶に基づいて再現したといわれる、二人が長年暮らして来たはずのパリのアパートメントの秀逸な内装は、ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペールと等価のキャラクターとして、本作の造形に貢献しているように見える。

amour_03.jpg

それでも、あの最後のシーンについて、エマニュエル・リヴァが、彼女はキスを待っていたのです、と語る(プレス資料インタヴュー)とき、やはり、『愛、アムール』は、エマニュエル・リヴァの映画なのだという、強い感情の高ぶりに胸を揺さぶられずにはいられない。彼女のその果たされなかった思い、その思いが成就しなかった瞬間にこそ、"amour"が迸り出る。それは、観客の目に触れることなく、心に働きかけ、聴こえては消えてゆく音楽のように、掴みどころがない。

長年を連れ添って、それでもまだお互いを気遣う優しさを見せることが出来る者は、幸せであるに違いない。しかし、それが"amour"だろうか?むしろ、"amour"とは、リヴァが演じたアンヌが瞬間的にそうしてみせたように、予想に反して迸り出るものなのかもしれない。カサヴェテスが言ったように、"Love Streams/愛は奔流となって流れる"のだ。『愛、アムール』は、そんな人間の心のダイナミックな奔流を、老いて動きも慎ましくなった"老人"という対象を託すことで、強烈なコントラストの下に描きだす、極めて緻密かつ、野心的なアート・フィルムであるように思う。

amour_04.jpg


『愛、アムール』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(1)

Posted by ikalabo69 | 2013.03.16

無音。BGMは観客が飲み込む唾(まじ)。キャメラ固定で回転無し、ズームアップ無し。
パリのアパルトマン一室のみで描かれるほぼ舞台劇。執拗映されるは扉越しの部屋の断片。外界との接点は鳩!が迷い込む窓ひとつ。その部屋で、じいちゃん、必死にでも最初は余裕で修復作業するも…。
そう、魅力的な老夫婦が静かに静か静かに崩れていく。

俺、最初このタイトルでハズカシながらのひとり観ゴメンが、うわぁ導入からやばヒで、ラスト近くで踏ん張りが効かなくなるほど。
ちょっと畏怖くなって、心底誰か側にいて欲しいと思った。マジで。

あと、「あ、これカンヌ最高賞で、今年のアカデミー外国語賞だよね!観ようよ、『愛、アムール』うわぁオシャレそう!」
なんて、ポカポカ陽気の幸せアタマで御入場のお二人さんは、漆黒の行方不明になるよ。

『愛、アムール』
原題:AMOUR

2013年3月9日(土)Bunkamuraル・シネマ、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館、吉祥寺バウスシアター他全国ロードショー

監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ
撮影:ダリウス・コンジ
美術:ジャン=ヴァンサン・ピュゾ
衣装:カトリーヌ・ルテリエ
録音:ギヨーム・シャマ、ジャン=ピエール・ラフォルス
編集:モニカ・ウィリ、ナディーヌ・ミューズ
製作:マーガレット・メネゴーズ(パリ)、シュテファン・アルント(ベルリン)、ファイト・ハイデュシュカ、ミヒャエル・カッツ(ウィーン)
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール、アレクサンドル・タロー、ウィリアム・シメル、ラモン・アジール、リタ・ブランコ、キャロル・フランク、ディナラ・ドルカロヴァ、ローラン・カペルト、ジャン=ミシェル・モンロック、シュザンヌ・シュミット、ダミアン・ジュイユロ、ヴァリッド・アフキール

(c) 2012 Les Films du Losange - X Filme Creative Pool - Wega Film - France 3 Cinema - Ard Degeto - Bayerisher Rundfunk - Westdeutscher Rundfunk

2012年/フランス・ドイツ・オーストリア/カラー/ビスタ/ドルビーSRD/127分
配給:ロングライド

『愛、アムール』
オフィシャルサイト
http://www.ai-movie.jp/



白いリボン公開記念映画祭
ミヒャエル・ハネケの軌跡

『白いリボン』レビュー

『ファニーゲームU.S.A.』レビュー
印刷