『僕の心の奥の文法』

上原輝樹
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デイヴィッド・グロスマン原作「Intimate Grammar」の映画化。1963年イスラエルのテルアビブに暮らす庶民一家の物語。次男のアハロンは、引っ込み思案でインテリ気質の男の子。『ブリキの太鼓』の主人公は3歳で成長を止めてしまったが、アハロンは好きでそうなっているわけではないけれども、12歳から身長があまり伸びない。母親や親戚から、大きくなる気がないの!とからかい半分叱咤激励され、いやな気分を味わっている。映画の前半は、こうした家族や親戚、同じアパートに住む個性的な住人たち、学校の友達との交流が、快適なテンポでそこはかとない滑稽さを滲ませた筆致で描かれていく。

アハロンは、精一杯の愛情を注がれて育てられたが、大学に行っていない両親は、彼のようなタイプの子どもとどのように接すれば良いのかわからず、自分達の価値観を押しつけアハロンを窒息させてしまう。家族の中でアハロンの味方だった祖母は、ある日突然施設に預けられ居なくなり、アハロンの理解者である姉は、兵士として国に徴兵されてしまう。そんなアハロンの心の支えは、友情の誓いを立てた親友と、バレエのプリマドンナを目指している、いつもニコニコしている美しい同級の女の子、ヨヒだけだった。

ローティーンの男子と女子の淡く儚い"初恋"とすら呼べるかどうかもわからない親密な感情のやり取りが、観る者に映画的な快楽を味合わさせてくれる。しかし、その幸福な状態は長くは続かない。親友とヨヒが、自分を差し置いて親密さを深めていき、粗野ながら頼りがいのある、尊敬していた父親にも幻滅する事件が起きてしまう。いよいよ精神的に追い詰められていくアハロンは、彼の好きな英語の文法"現在進行形"を心の奥で諳誦することで、辛い現実に立ち向かおうとするのだが、、、

60年代のテルアビブの暮らしを魅惑的なプロダクションデザインで再現し、ブラジルのリオや日本の尾道のような起伏に富んだ美しいロケーションも映画的快楽を高める。映画後半、アハロンが悩みを深めていくに連れて、映画の流れはメランコリックに澱んでいき、幻想的な色合いを深めて行くにつれて、ビル・エヴァンスを想起させる静謐なピアノのサウンドトラックが効果的に響き出す。長編2作目、ニル・ベルグマン監督による、必死に今を生きようとする主人公を思春期特有の繊細さと官能の目覚めを通して描いた、瑞々しいアンチ成長物語である。


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『僕の心の奥の文法』
原題:Hadikduk Hapnimi

TIFF 第23回東京国際映画祭【コンペティション】部門上映作品
 
監督・脚本:ニル・ベルグマン
プロデューサー:アサフ・アミール
ライン・プロデューサー/アソシエイト・プロデューサー:マリア・フェルドマン
撮影監督:ビニヤミン・ニムロッド・チラム
編集:エイナット・グレイザー・ザルヒン
作曲:オンドレイ・スウクープ
美術:イドー・ドレヴ
音響:アヴィヴ・アルデマ
キャスティング・ディレクター:ミハル・コレン
出演:ロイ・エルスベルグ、オルリ・ジルベルシャッツ、イェフダ・アルマゴール、エヴリン・カプルン、ヤエル・スゲレスキー、リフカ・グル

© Libretto Films - Norma Productions

110分/ヘブライ語/カラー/35mm/2010年/イスラエル

『僕の心の奥の文法』
オフィシャルサイト(英語)
www.norma.co.il/
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