『ジェイソン・ボーン』

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ポスト・スノーデン時代のリアリティと共に、
9年振りにスクリーンに帰還した"ジェイソン・ボーン"

上原輝樹

物語:
ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)が消息を絶ってから何年もの歳月が経過したある日、元同僚であるニッキー(ジュリア・スタイルズ)はボーンを見つけ、彼にある事実を告げる。それはCIAが世界中の情報を監視し、技術開発やテロ活動までをも裏で操作することを目的としたプログラムが始動したというものだった。ボーンは再び姿を現すこととなり、長官デューイ(トミー・リー・ジョーンズ)によって追跡を任されたCIAエージェントのリー(アリシア・ヴィキャンデル)は、彼が最も求めているものを提供すれば、再びCIA側に取り込めるのではないかと考え始める。
しかし、"最も危険な兵器"であるボーンは、追跡者すら想像できない、ある目的を持って動いていた...。

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レビュー:
"ボーン"3部作(『ボーン・アイデンティティー』(02)、『ボーン・スプレマシー』(04)、『ボーン・アルティメイタム』(07))の最終章から9年、生身の人間による卓越したアクションと、手持ちカメラで捉えた映像を職人芸の域に達する編集技術で滑らかに繋げる高速カッティングで、"本格派"アクション映画に革新をもたらした"ボーン"シリーズが、マット・デイモン主演、ポール・グリーングラス監督という然るべき布陣に、トミー・リー・ジョーンズ、アリシア・ヴィキャンデル、ヴァンサン・カッセルという強力な助演を得て、スクリーンに帰ってきた。

9年振りの帰還を遂げた『ジェイソン・ボーン』(16)は、その間に起きた様々な世界情勢の変化に対して、俊敏に反応する反射神経の良さを見せている。"ボーン"シリーズの見所のひとつに"チェイス・シーン"があるが、本作で最初の"チェイス・シーン"の舞台に選ばれたのが、英国の離脱に先んじてEUを大きく揺さぶったギリシア金融危機、その震源となった緊縮財政反対派のデモが行われたシンタグマ広場であること、そして、劇中で新たにCIAが始動させようとしているプログラムが、ポスト・スノーデンの時代のリアリティを反映した、デジタル化した市民生活のプライバシーの監視という、国家と市民との間に横たわる21世紀的な"自由の危機"の問題に関わるものであること、そうした作品に組み込まれた作り手の視点が、本作の依って立つリベラルな立場を明らかにしている。

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つまり、『ジェイソン・ボーン』が作られた背景には、ローラ・ ポイトラス の『シチズンフォー』(14)と、同時刊行されたグレン・グリーンウォルドの著書「暴露:スノーデンが私に託したファイル」(新潮社)によって明かされた"米CIAによる市民の監視"が、既に一般的な情報リテラシーとして人々に共有されている世界が前提としてあるのだから、もはや、『ジェイソン・ボーン』を荒唐無稽なアクション映画として無邪気に楽しめる時代を私たちは生きてはいない。

そもそも、ケン・ローチの『リフ・ラフ』(91)で長編商業映画のカメラマンデヴューを飾った経歴の持ち主であり、"ダイレクト・シネマ"の先駆者ロバート・デューが残した「台車はいらない、クレーンもいらない、撮って撮って撮りまくれ!」という言葉を心にとめて(ただし、今作では台車やクレーンを使うことは不可避だったようだが)撮影に臨んだというダン・アクロイドが撮影監督を務め、ジャーナリストとしてキャリアをスタートしたポール・グリーングラスが監督を務めているのだから、現実社会のリアリティを孕まない作品など生まれるべくもないのだが。

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もちろん、2002年の『ボーン・アイデンティティ』撮影前に役作りのために始めたボクシングを、それ以来、16年間続けて来たというマット・デイモンの存在がなければ、"ボーン"シリーズも存在しないのは明らかだが、"ダイレクト・シネマ"の「撮って撮って撮りまくれ!」の精神を、"高速カッティング"の職人芸によって、高度な映画芸術に昇華している点に、やはり本作の神髄が現れていると思う。ここに、ドキュメンタリー映画の手法と商業映画が鬩ぎ合う、ただ"映画"と呼ぶしかない、ひとつの領分が存在している。

その点で言えば、今まさに日本で公開中の"史上最高のドキュメンタリー映画"『チリの闘い 三部作』(75-78)を、『ジェイソン・ボーン』の観客に薦めたとしても何ら筋違いの話ではないだろう。『ジェイソン・ボーン』の劇中で、CIAの若き敏腕エージェントを演じるアリシア・ヴィキャンデルは「CIAは、"今までのCIA"から、変わらなければならない」という台詞を言う。"今までのCIA"とは何か?『チリの闘い』は、それを知る絶好の機会を見るものに与えてくれるだけではなく、最高の映画体験を見るものに経験させてくれる"必見"の映画である。

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『ジェイソン・ボーン』
英題:JASON BOURNE

10月7日(金)公開
 
監督:ポール・グリーングラス
製作:フランク・マーシャル、ジェフリー・M・ワイナー、ベン・スミス、マット・デイモン、ポール・グリーングラス、グレゴリー・グッドマン
キャラクター創造:ロバート・ラドラム
脚本:ポール・グリーングラス、クリストファー・ラウズ
撮影:バリー・アクロイド
音楽:ジョン・パウエル、デヴィッド・バックリー
出演:マット・デイモン、ジュリア・スタイルズ、アリシア・ヴィカンダー、ヴァンサン・カッセル、トミー・リー・ジョーンズ

© Universal Pictures

2016年/アメリカ/123分/カラー
配給:東宝東和

『ジェイソン・ボーン』
オフィシャルサイト
http://bourne.jp


























































































































































『チリの闘い』
原題: LA BATALLA DE CHILELa Lucha de un Pueblo sin Armas
 
製作・監督・脚本:パトリシオ・グスマン
支援: クリス・マルケル、キューバ映画芸術産業庁、マッカーサー基金
プロデューサー:パトリシア・ボエロ、ホルヘ・サンチェス
ナレーター:アビリオ・フェルナンデス
助監督:ホセ・バルトロメ
撮影:ホルヘ・ミューレル・シルバ
編集:ペドロ・チャスケル
録音:ベルナルド・メンス
サウンド・ミキシング:カルロス・フェルナンデス
制作:フェデリコ・エルトン
アーカイブ: ESTUDIO HEYNOWSKY & SCHEUMANN NOTICIARIO CHILE FILMS ARCHIVO ICAIC REVISTA CHILE HOY ISKRA

© 1975, 1976, 1978 Patricio Guzmán

1975、1976、1978年/チリ・フランス・キューバ/263分/16mm/デジタル
配給:アイ・ヴィー・シー
配給協力:ノーム
宣伝:スリーピン

『チリの闘い』
オフィシャルサイト
http://www.ivc-tokyo.co.jp/
chile-tatakai/

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