『スリーデイズ』

上原輝樹
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似通った邦題が紛らわしいと思わざるをえない『すべて彼女のために』と『この愛のために撃て』、この長編2作にして"謂われなき事件に巻き込まれた一般人の主人公が、愛する女性のために悪戦苦闘しながら苦境を切り抜けていく冒険譚"というどこにでも転がっていそうなジャンル映画的クリシェをフレンチ・ノワール・アクションのスタイルで魅力的に描くことに成功したフレッド・カヴァイエ監督。その長編処女作『すべて彼女のために』のポール・ハギスによるリメイク『スリーデイズ』は、観るものを苛つかせる、二組のカップルがレストランのテーブルを囲み率直な物言いで口論を繰り広げるシーンで開巻する。

この口論のテーマが"女性の上司を持つ事は、部下である男性、そして女性にとっても、如何に苦痛なことか!"というPCの嵐が吹き荒れた一昔前のアメリカ映画であれば、とても冒頭に持ってくることが許されるような話題ではないのだが、この苦々しさが21世紀のアメリカの、ひいては世界の直面している当たり前の現実であるとでも言いたげな小利口さに苛立ちを感じ、更には、主人公のカップル(ラッセル・クロウ演じる大学教授ジョンとエリザベス・バンクスが演じる妻ララ)が帰宅した翌朝、子供と共の朝食の団欒で交わされる、夫妻の皮肉とウィットの効いた会話が、如何にも良く書かれた台詞然としていて、朝っぱらの子持ち夫婦の会話としてはスムース過ぎ、何とも地に足が着いた心地がしない。

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と、苦々しい思いで観ていると、その朝の団欒を突き破って、警官が玄関前に現れ、妻を女性上司の殺人容疑で逮捕するという急展開。それでも、どうせ冤罪に決まっている、すぐに疑いも晴れるのだろうと大概の観客は思うはずなのだが、これがなかなかそうはいかない、という事の説明を弁護士が声を荒らげ、ジョンに対して行う。なぜ、それ程までに妻ララの身の潔白を証明することが難しいのか?それは、目撃者の証言があるということと、物的証拠があることだと弁護士は言う。物語上、このままララが刑に服さなければならない状況が続くとは考えづらい、という疑問を観客の頭にインセプトする事自体が、この映画を走らせる原動力になり、冒頭から感じている不快感こそが、やがて訪れるカタルシスへの布石であることに観客が気付くのは随分あとのことになる。

夫のラッセル・クロウが、このまま大人しくしているはずもないとは誰もが考えることではあるのだが、映画は、妻にはあと"三日間"の猶予しかないとジョンが気付いた頃から、徐々に走り始め、終盤大いに加速し、最後までを一気に駆け抜ける。ジョンが塀の外から指揮する孤独な脱獄劇は、ブレッソンの『抵抗 死刑囚の手記より』ほど厳密ではなく、マイケル・マンの『パブリック・エネミーズ』ほどスタイリッシュではないかもしれないが、良く出来たポップソングのような疾走感に溢れている。

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"敵"であるはずの刑事たちに見応えのある俳優たちがキャスティングされていると感じるのもあながち気のせいではないだろう。イギリス出身でコラムリストとしても活躍するレニー・ジェームズ(ナブルシ警部補)や終盤で証拠物件の存在を巡って心地良い律儀さを発揮するジェイソン・ベギー(ケイン刑事)といった渋い脇役たちが、追う側の刑事役を演じ、逃げようとする脱獄犯を決定的に追いつめてしまうことがないように天の采配を仰ぐが如く、分岐点に置いて悉く間違った判断を下す。ジョンの父を演じるブライアン・デネヒーの涙を見せない"泣き"の演技まで織り込んで脱獄犯一味を応援する、このポール・ハギスのウエットな民主主義が、カヴァイエ得意の巻き込まれ型主人公の冒険譚と絶妙にマッチする。

この逃走劇の末に訪れるカタルシスは、前半の苛立ちと苦々しさを覆すにあまりあると言うべきだろう。そして、この「スリーデイズ」=三日間は、イエス・キリストが処刑され、復活するまでに掛かった日数であることは、"信じること"が全てであると最後の最後に告げる本作にあって、単なる偶然の符合であるとは思われない。


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『スリーデイズ』
原題:THE NEXT THREE DAYS

9月23日(土)より、全国ロードショー
 
監督・脚本・製作:ポール・ハギス
製作:マイケル・ノジック
製作総指揮:アニエス・メントレ
音楽:ダニー・エルフマン
出演:ラッセル・クロウ、エリザベス・デネヒー、レニー・ジェームズ、オリヴィア・ワイルド、タイ・シンプキンス、リーアム・ニーソン

© 2010 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved.

2010年/アメリカ/134分/カラー/シネマスコープ/ドルビーSR/ドルビーデジタル
配給:ギャガ

『スリーデイズ』
オフィシャルサイト
http://threedays.gaga.ne.jp/
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