『捜査官X』

上原輝樹
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映画の舞台は、多くの少数民族が存在し、濃い緑の森林と複雑な地形に多様な動植物が生息することで知られる、中国の最南西部に位置する雲南省、豊かな自然に囲まれたその地に慎ましく暮らす家族をキャメラは映し出す。二人の子宝に恵まれた若い夫婦が住まう一軒家は、木造2階建ての1階屋根部分に牧草が敷き詰められおり、そこで牛が飼われている。まず、この山間地帯の景観に恵まれたロケーションと未だかつてスクリーンで見た事のない牛舎を持つ一軒家を仕立て上げたイー・チュンマンのプロダクション・デザインに魅了される。

映画は、幼い兄弟の兄が弟の乳歯を抜こうとするシーンから始まる。大雑把な性格の長男は、弟の歯に糸を結びつけドアの力を利用して抜歯しようと企むが、賢い弟は、本能的に危険を察知したかのように兄の手を逃れ、父の元へ行く。ドニー・イェン演ずる若き父親ジンシーは、指で息子の歯に触れたかと思いきや、その瞬間に歯を抜いてしまう。農村でただ慎ましく暮らすだけの男にしては、いかにも出来すぎた手技を見せるのだが、ここでのピーター・チャン監督の演出はさり気なく、出来ることなら、今見たものはしばし忘れて頂いて結構といわんばかりの素っ気なさである。

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豊かな緑が映える、こののどかな山村で、ある日事件が起きる。武侠劇で見慣れた風情の、見るからにやさぐれた荒くれ者の二人組が村にやって来て、両替商に押し入ったのだ。運悪く、その場に居合わせたジンシーは、両替商に助太刀して戦う羽目になるが、ホウホウの体で大男の拳骨をくぐり抜け、小男の刀をかわし、必至に防戦を繰り広げるうちに、相手の打ち所が悪かったり、ジンシーの拳の当たり所が良かったりするうちに、ついにはこの二人組をやっつけて、村の英雄に祭り上げられてしまう。

しかし、この強盗撃退劇を単なるまぐれだと思わなかったのが、事件を聞きつけて村にやってきたシュウ捜査官だった(イップ師匠のドニー・イェンを知る観客ならば、捜査官と同じことを思ったに違いないが!)。シュウ捜査官は、死んだ二人組の遺体を調べ、人体の急所を一突きで仕留めていることから、ジンシーが人並み外れた武術の使い手であることを確信し、単なる正当防衛ではなく殺人事件として捜査するよう、町の警察に働きかけるのだった。村の誰からも好人物として評価され、家族にも優しく接し、今や英雄として慕われるジンシーを、シュウ捜査官が執拗に捜査するのは、過去に温情をかけた犯罪者が、その後、酷い犯行に及んだという経験がトラウマになっているからだった。

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「シュウ捜査官は北野武が演じるべきだ」とチャン監督に語ったという金城武が、市川崑監督作品で田舎の田園地帯に都会からやってくる金田一耕助の書生的風情を漂わせながら、言葉のあまり通じない四川語を話す捜査官役を余裕を持って演じているように見えるところが何とも楽しく、本作の大きな魅力のひとつになっている。シュウ捜査官が、ユーモラスな局面も盛り込みつつ紆余曲折を経て、ジンシーの過去を執拗に追求していき、クローネンバーグの『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)さながらに、いよいよ彼の隠された過去が暴かれていくのだが、ここから先は本編でお楽しみ頂くとして、ここで、本作の時代設定となっている1917年という記号に少しだけ触れておきたい。

中国における「1911年」はつい昨年100周年を迎え、古代から続いてきた君主制を倒し共和制国家、中華民国を樹立(1912年)した孫文の辛亥革命を描いた『1911』が、(映画の出来映えとしては残念な部類に入ると言わざるを得ないけれども)日本でも公開された。アジアにおける初の民主化革命が1911年に始まり、数年間の動乱を経た後の「1917年」を中国文化におけるリベラリズムの始まりの年とする研究(※1)もあるようで、ロウ・イエが言及した1930年代における"個人を重視した作家達"(※2)の存在もこの流れとは無縁ではないのかもしれない。いずれにしても、このリベラリズムは、共産主義思想の台頭や、日本による侵略といった不幸な歴史の中で抑圧されていくことになるのだが。

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本作におけるシュウ捜査官の科学的な捜査や遵法精神は、そんな中国近代化黎明期へのノスタルジックな参照であると同時に、ハリウッド進出も果たした国際派、ピーター・チャン監督のリベラルな感性の現れであると言ってよいだろう。ジミー・ウォングを配しタランティーノ世代への目配せも効かせ、往年の名アクション女優クララ・ウェイとドニー・イェンを民家の屋根伝いに走らせる香港映画的超絶アクションシーンで目の肥えた観客を唸らせるサービス精神旺盛な監督の柔軟な感性は、トレント・レズナーばりにドープなサウンドを響かせるサウンドトラックと好対照ながらも絶妙にマッチする、あまり聞き覚えのない野鳥たちの鳴き声を忍ばせた音響にまで行き渡っている。

単なる娯楽映画を超えて作品全体に行き渡る"人間以外の生き物"や"自然"への感性は、中国のその他の地域に比べて、4倍の降水量の雨が降るという雲南省を舞台にした映画に相応しいクライマックスと共鳴し、完全犯罪的な用意周到さでエンドマークを迎えることになるだろう。


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『捜査官X』
英題:WU XIA

4月21日(土)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
 
監督・製作:ピ−ター・チャン
美術:イー・チュンマン
衣装:ドラ・ン
撮影:ジェイク・ポロック、ライ・イウファイ
脚本:オーブリー・ラム
出演:ドニー・イェン、金城武、タン・ウェイ、ジミー・ウォング、クララ・ウェイ、リー・シャオラン

© 2011 We Pictures Ltd. Stellar Mega Films Co., Ltd. All Rights Reserved.

2011年/香港、中国/115分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル
配給:ブロードメディア・スタジオ

『捜査官X』
オフィシャルサイト
http://sousakan-x.com/












































































































※ 1
ジェローム・B・グリーダー『胡適と中国のルネサンス:中国革命におけるリベラリズム1917~1937年』
http://barbare.cocolog-nifty.com/
blog/2012/02/
b19171937-9e94.html


※ 2
OUTSIDE IN TOKYO/ロウ・イエ インタヴュー
http://www.outsideintokyo.jp/j/
interview/louye/05.html
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