『ずっとあなたを愛してる』

上原輝樹
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世界30カ国以上で翻訳・出版されている『灰色の魂』で知られる、フランスの小説家フィリップ・クローデルが、自らオリジナルの脚本を書き上げ、監督を務めた初の劇場長編映画『ずっとあなたを愛してる』は、愛すべき我が子を殺め、15年の刑期に服したジュリエットという美しく聡明な女性が犯した罪と罰、人間の心の深淵を、繊細なタッチで時には乾いたユーモアすら交えながら誠実に描き、誰もが何らかの形で経験することになる人生における"喪失"の悲劇を生き抜くためのある種の見通しすら与えてくれる珠玉の一遍である。

重厚かつ深淵なテーマを、クローデルの人間性なのだろう、今時珍しい程の大人の"優しさ"に満ちた視線が画面の隅々にまで行き渡り、丁寧な筆致で物語が語られていく、それを均衡のとれた素晴らしい俳優陣が自然な演技で支えている。2009年英国アカデミーをはじめ幾多の主演女優賞にノミネートされたクリスティン・スコット・トーマス(『イングリッシュ・ペイシェント』(96)、『ゴスフォード・パーク』(01))が主演のジュリエットを演じ、ジュリエットの「長き不在」を生きた妹レアをエルザ・ジルベルスタイン、クローデル監督本人が大いに投影されたと思しき、ジュリエットの理解者ミシェルをロラン・グレヴィルが演じる。同居する祖父(ジャン=クロード・アルノー)が、口を訊けないという障害を抱えていても豊かな表情でコミュニケーションをすることができる老人であったり、クローデル監督の実際の養女、ベトナム生まれのリズ・セギュールが家族の一員を演じていたり、人生のペーソスと親密な気配が"生きづらさ"に囚われた人の心を解放する。

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そんな素晴らしい珠玉の一遍には、作家クローデルの私生活が、当初の目論見とは別に自ずと映画の中に入ってきてしまったと、本人は振り返る。今まで10作を超える数の小説を発表しながらも、そのいずれの小説よりも、初めての映画作品である本作に最もあからさまに自らの私生活が投影されたという告白こそが、何よりも"映画"という表現形態が本質的に持つ強靭な"暴露性"を証明しているように思えてならない。その"暴露性"は、表現における"自由"を担保する最も重要な要素であり、そうした"自由"は、しばしば職業的な映画作家によってではなく、危険をおかして外部からやってきた冒険者によって実現されてきた。そうした先人のひとりであるはずのマルグリット・デュラスは、彼が作り上げたパンテオンの中で最高位に位置すると語るクローデルだが、あくまで演劇に依拠した気配が濃厚な「文学の映画」を撮り続けたデュラスに比べて、本作は、監督第一作にして既に映像言語によって語られる映画らしい映画に仕上がっている印象を受ける。恐らく今見ても異形の光を放つに違いないデュラスの作品に比べれば、いかにも良く出来過ぎているように見えるかもしれない本作は、それでも、デュラスが作り上げた美しい異形のモダニティのその先にある、ポストモダンの分断した社会における"一度失われた人間性の再生"を誠実に描いているところに感動的な新しさがあるのだと思う。


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『ずっとあなたを愛してる』
原題:Il y a longtemps que je t'aime

12月26日(土)より銀座テアトルシネマ他全国順次公開

監督・脚本・台詞:フィリップ・クローデル
製作代表:イヴ・マリミオン
エグゼクティブ・プロデューサー:シルヴェストル・ガリノ
製作補:アルフレッド・ユルメール
音楽:ジャン=ルイ・オベール
撮影監督:ジェローム・アルメラ
助監督:ジュリアン・ジディ
衣装:ジャクリーヌ・ブシャール
美術:サミュエル・デオール
録音:ピエール・ルノワール、ステファン・ブランクール
出演:クリスティン・スコット・トーマス、エルザ・ジルベルスタイン、セルジュ・アザナヴィシウス、ロラン・グレヴィル、フレデリック・ピエロ、リズ・セギュール、ジャン=クロード・アルノー、ムス・ズエリ、リリー=ローズ

2008年/フランス・ドイツ合作/117分/35mm/1:1.85/ドルビーデジタル
c 2008 UGC YM - UGC IMAGES - FRANCE 3 CINEMA - INTEGRAL FILM
配給:ロングライド

『ずっとあなたを愛してる』
オフィシャルサイト
http://www.zutto-movie.jp/


対談:フィリップ・クローデル
 ×高橋啓(翻訳家)
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