『愛の残像』

上原輝樹
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エスカレータのないアパートメントの階段を、スチル撮影用とはいえ、それなりの重量の機材を持って上がれば、どんな季節でも汗をかくものだ。そうしてかいた汗で肌を光らせ息を切らす若いキャメラマンの到着を、友人と食事をしながら待っていた、というよりは待つ素振りも見せずに、いつも通りの午後を過ごしているように見えた女優が、彼を一瞥したその瞬間に見初める。この自らの欲望を成就するための頭脳戦をつつがなく遂行するローラ・スメットのアクションを、ほとんどメカニックな的確さで描写する冒頭の3分間が観るものを映画に一気に引き込んでしまう。特別な瞬間が人の一生を変えてしまう、その恐ろしい物語の顛末を私たちは目撃することになるだろう。

ロック・ミュージシャンのジョニー・アリディと女優のナタリー・バイを両親に持ち、産まれた時から人前に出る事を宿命づけられていたかのような女優、ローラ・スメットの艶めかしさに最初に驚かされたのは、シャブロルの『石の微笑』(04)でのことだった。私のことを好きなら、人をひとり殺してほしいと要求し、彼女を溺愛する青年(ブノワ・マジメル)を破滅に追い込む謎めいた女を演じたのが彼女だった。次に彼女の姿をスクリーンで観ることが出来たのは、アガサ・クリスティーのミステリー『ゼロ時間の謎』(パスカル・トマ/07)だったが、この時の彼女は、分かりやすすぎる程の悪女の役を割り当てられ、その役を不穏な明るさを振り舞いて演じる姿は、あまりにも堂々としていて、どこか観るものを不安にさせる不自然さを漂わせていた。

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本作でローラ・スメットが演じるキャロルが漂わせているのは、『石の微笑』直系の妖気である。キャロルには、彼女自身「たまたま結婚してしまった、失敗だった」と後悔している、映画プロデューサーの夫がいる。夫はハリウッドやロンドンにいて、パリにはたまに帰ってくる程度だ。夫からキャロルに送られた手紙には、僕達の関係は君次第だ、こっちに来てくれないか?僕達は最初、お互いに譲り合おうと決めたではないか、と書かれているが、キャロルの心はもはや夫の元にはなく、新しい恋人フランソワとともにある(はずだ)。しかし、一瞬にして惹かれ合った二人は一気に距離を縮めていくが、自然と口笛を吹いてしまうような、少女めいたときめきを隠せないのはフランソワの方で、キャロルは自分の周囲に"バリア"を築いている。そもそもフランソワを見初めたのはキャロルだった(はずだ)が、キャロルの心は、恋愛の力学の中で常に揺らいでいる。

バスタブに浸かるキャロルを撮ろうとするフランソワは、愛する対象と撮影する対象の"距離"を消し去り、一体化する幸福感に満たされることを欲しているが、恋人同士とは異質の、女優とキャメラマンという関係性がプライベートに持ち込まれることを嫌悪するかのようなキャロルは、撮らないでと言ってフランソワを拒絶をする。そして、夫が戻って来たら僕らはどうなるのだろう、と不安を口にするフランソワに対し、キャロルは、もう私に飽きたの?それならそれでいいから、そう言って、私が病気になって頭が狂ったとしても、それでも私を愛してると言える?先のことはわからないのよ、だから"愛してる"なんて言わないで、と切り返すのだった。防御本能からだろうか、自分の周りに"バリア"を張り巡らし、先回りして二人の関係をよりリスキーなものにしてしまう、キャロルのフラジャリティを表現する脚本が素晴らしい。『夜風の匂い』(98)以来、ガレル作品で女性の台詞を担当してきたアルレット・ラングマンの貢献もあるに違いない。

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ゴダール同様、しばしば、その美しい映像美が特徴として語られるフィリップ・ガレルの作品だが、やはりゴダールの作品と同様に、とりわけ近年の作品に関して、脚本が優れた映画であることも忘れる事はできない。そのダイアローグの自然さ故に、映画で起きていることを、映画作家の現実人生で起きたこととつい混同して観てしまうことを恐れつつも、一度は愛する男性を手中に収めながらも、ある種の奔放さと精神的な不安定でその関係自体を不安に陥れるキャロルの、精神的に不安定な女優の人物造形は、私たちに何人かの女性たちを想起させてしまう。ニコやジーン・セバーグといったガレルと人生を共に歩んだ女性たち、そして、マリリン・モンローやロミー・シュナイダーといった華々しく銀幕を飾った女優たちの数奇な運命の秘密。

私たちは、私生児として生まれ、その後アーティストとして毀誉褒貶に晒されながらも、先駆者として崇拝されつつジャンキーとして死んでいったニコや、(『J.エドガー』も記憶に新しい)フーバー長官のFBIにマークされ死に追いやられたジーン・セバーグの人生について、幾つかの義憤に駆られるような事実を知っているかもしれない。本作でさり気なく挿入されている、キャロルを監視するエージェントの存在や、ある組織への支援を語るキャロルの台詞は、ブラック・パンサーを支援していたというジーン・セバーグの逸話と合致する。映画冒頭の階段で上がるアパートメントは、エレベータ代を払わなかったが為に、その使用を禁止されていたという、かつてガレルとニコが住んでいたアパートメントを想起させないこともない。

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しかし、数多くの証言や書かれた文献などの存在に関わらず、彼女たちの真実を知りえない私たちが、何ひとつもっともらしいことを言えるわけではなく、本作の際立った特徴は、この物語が「スピリット」(テオフィル・ゴーチェ)という小説に想を得ており、しかも、寓話性を強調するアイリス・イン、アイリス・アウトを多用するナラティブを用い、ガレルの作品の中でも虚構性の高い作品と言うべきなのであるのも関わらず、やはり、女優という職業の陰で精神を病んだ女性たちの姿を、彼女たちが生きた精神的、社会的不条理をフィルムに刻印するのだという、ガレルの義憤がなかったと断言することは難しい。その映画的虚構と現実の"揺らぎ"の中で、ガレルの映画は、観る度に相貌を変えていく。

結局のところ、フランソワ(ルイ・ガレル)は、キャロルを闇から救うことは出来ないだろう。そもそも絶望した人間を救うことは難しい。やがてフワンソワには新しい人生が訪れる。新しいパートナーのエブ(クレモンティーヌ・ポワダツ)は、フランソワの子を宿しているのだ。エブの告白に、初めは戸惑いを見せたフランソワだったが、時間が経つにつれて、新しい状況を受け入れつつあるように見えた。少なくとも、メトロの階段で通り掛かりのベビーカーの母親を助けるという陽気さを見せるほどには。しかし、フランソワの後ろ髪を引くものがある。鏡の中から話し掛ける、ローラ・スメットの吐く"息"と"声"の力強いこと!特別な瞬間が生んだ、消え去らない愛の恐ろしさに、生と死の境界線上を"揺らぐ"フランソワ。

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それは同時に、若い男が抱く、子どもを授かるということへの不安と畏れからの逃亡と、新しい生活へのコミットメントとの間で生ずる"揺らぎ"でもあるだろう。ウディ・アレンの傑作『マッチ・ポイント』(05)で、生まれた赤子を見たジョナサン・リース=マイヤーズが、この子の誕生が全ての災いの始まりとなるに違いないと予感する、あの不吉なエンディングをも想起させる悲劇が、本作において、未然に防がれたかどうかはわからない。ただ、鏡の中のキャロルと話すフランソワのルイ・ガレルは、クリストフ・オノレの『美しいひと』(08)で女生徒レア・セドゥを一途に追った若い教師を彷彿とさせる狂った恋の一途さでローラ・スメットを追うだろう。今になって、"キャロル、僕らは眠りの民なんだよ。"というフランソワが手紙に記した言葉がメランコリックに脳裏に響き始める。

原題『La frontière de l'aube/夜明けのフロンティア』(つまり時刻的には"丑三つ時"だろうか)が、正に暗喩する"霊性"と"映画"が闇の中で重なっていき、ハリウッド・バビロン的ヴォイドが映画を穿っていく。今まであからさまでなかったシュールレアリズムへの接近を虚構性の高い物語の中で試み、フィリップ・ガレル自らの新境地を切り拓く、恐るべき霊的リアリズム映画は、この親子にしか描き得ない"狂った愛"を描く。しかし、そもそも"狂っていない愛"などあるのだろうか?儚く"揺らぐ"映画の時間の中で、観客はまたも途方にくれるしかない。本作は、この10年間、(ストローブ=ユイレらの幾つかのドキュメンタリー作品を除いて)オタール・イオセリアーニ監督とジャック・リヴェット監督の作品を交互に撮り、ここ5年程は、リヴェットとイオセリアーニの間に、ガレルの作品を撮ってきたウィリアム・ルプチャンスキーの、余りにも美しい遺作となった。


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『愛の残像』
原題:La Frontière de l'aube

6月23日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー!
 
監督:フィリップ・ガレル
脚本:フィリップ・ガレル、マルク・ショロデンコ、アルレット・ラングマン
撮影:ウィリアム・ルプシャンスキー
出演:ルイ・ガレル、ローラ・スメット、クレマンティーヌ・ポワダツ

© 2008 - Rectangle Productions / StudioUrania

2008年/フランス/108分/モノクロ/1:1.66/デジタル/ドルビーSRD
配給:ビターズ・エンド

『愛の残像』
オフィシャルサイト
http://bitters.co.jp/
garrel-ai/zanzo.html
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