『お家(うち)をさがそう』

上原輝樹
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"普通の人々"の崩壊してゆく日常を描いた『アメリカン・ビューティー』(99)、"暴力"の因果が巡る世界で父と子の絆を描いた『ロード・トゥ・パーディション』(02)、戦闘なき"戦争"という日常の中で戦争の狂気を描いた『ジャーヘッド』(05)、平凡な日常に耐えられず"新しい人生"を歩もうとする夫婦の悲劇を描いた『レボリューショナリー・ロード』(08)、と一貫してアメリカを舞台に"普通の人々"の日常に巣食う悲劇を描いてきたイギリス演劇界出身、サム・メンデス監督の新作『お家をさがそう』は、監督のフィルモグラフィの中で最も肩の力が抜けたオフビートなコメディである。正直に言って、この監督にもこんなカジュアルな作品が作れるのかという新鮮な驚きを禁じ得ない。

しかし、本作の脚本家があの"McSweeney's"の創設者デイブ・エガーズ(とヴェンデラ・ヴィーダ共作)によるものだと知れば、その"驚き"は"納得"へと変わるかもしれない。"McSweeney's"は季刊で発行されているアメリカの文芸誌だが、その形態が毎回奇妙奇天烈で、デジタル全盛の時代にあって、"物"へのフェティッシュなこだわりとユーモアのセンスで毎回好事家を楽しませている。最新号Issue36(※)は、ハゲ頭&口ひげ&赤ら顔のオヤジの顔が立方体に張り巡らされた"箱"仕様のもので、ナンセンスな魅力を放ちながら、好き者の購買意欲をそそる。そんなデイブ・エガーズのオリジナル脚本から始まった本作であるから、ユーモアのセンスは保証付きと言って良い。

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キャスティングがいつも印象的なサム・メンデス監督のフィルモグラフィの中では、『ジャーヘッド』並みに地味なキャスティングと言える本作の俳優陣だが、その地味さが気軽さを生み、映画全体にゆるさ、軽さをもたらすことに成功している。"地味"とは言っても、主演のカップル、バートとヴェローナを演じるジョン・クラシンスキーとマーヤ・ルドルフはともにアメリカでは実力派のコメディアンとして広く知られる俳優であるし、バートの両親役にジェフ・ダニエルズとキャサリン・オハラ、バートの友人LNを怪演して爆笑を誘うマギー・ギレンホールといった芸達者で脇を固めるあたり、サム・メンデスらしい実に抜け目のないキャスティングである。

嫁がアフリカン・アメリカンであることから、孫は黒い顔で生まれてくるのかしら?と嫁本人の面前で屈託のない笑顔を見せながら能天気に放言し、その生まれてくる初孫の顔を見るまでもなく、いそいそと北欧への移住計画を進める両親からあっさりと見放されたバートとヴェロニカのカップルは、当てにしていた両親の家をあきらめ、自分達の力で住処を手に入れるべく全米を横断する家探しの旅に出ることになる。"ロードムービー"というには、いささか"ロード"の印象が薄い本作は、物語の設定上は、アリゾナ州のフェニックス、ツーソン、ウィスコンシン州のマディソン、カナダのモントリオール、フロリダ州のマイアミといった地を転々とすることになっているのだが、実際は、全てをコネチカットで撮るという映画ならではの"嘘"で効率的に撮り上げている。要所要所に非常に印象的な風景を配置し、アメリカーナ的風情を漂わせる撮影を手掛けたのは、ミシェル・ゴンドリーの『エターナル・サンシャイン』などで知られるエレン・クラスだが、道理で"ロード"の印象が薄いのは、本作が何も主人公の成長/非成長=<人生>を長尺で描く"アメリカン・ニュー・シネマ"的ロードムービーのフォーマットではなく、むしろ、車による移動中の2人のダイアローグも冗長に流れず、移動した先々での個別の演劇的な空間の組み合わせで全編が構成される、古典的なコメディのフォーマットが採用されているからだろう。彼らの人生全体を俯瞰するのではなく、その一時期を切り取って彼らが当面向き合っている課題と彼らを取り巻く状況の齟齬を軽快に浮き立たせる本作は、サム・メンデスの出自である"演劇"の優位性を濃厚に感じさせながらも、実に愛すべきコメディに仕上がっており、監督の新境地を見る思いがする。

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一方で、オリジナル楽曲を提供したシンガーソングライター、アレクシ・マードックの楽曲は、監督の明白な狙い通り『ハロルドとモード』におけるキャット・スティーブンスの役割を明らかに果たしており、むしろその点で強烈に"アメリカン・ニュー・シネマ"的なムードを漂わせている。『ハロルドとモード』で金銭的に何不自由のない環境で育ったハロルドの精神の脆弱性と自らの人生で自由を勝ち取ってきた老闘士モードとが見せるある種異様なコントラストと彼らの祝福されるべき出会いは、価値観の対立が表面化した、いかにも60〜70代的テーマと言っても良いが、その時代以来恒常化し、より可視化された世代間差や多様化する価値観の齟齬は、本作ではバートと彼の両親やヒッピーかぶれの旧友LN、そして、バートとヴェロニカの間に日常的に横たわっており、"普通の人々"を襲うサム・メンデス的主題として常に現実に揺さぶりを掛けている。それでも、真面目さと優しさを湛えたユーモアを映画全編に漂わせるコメディアンのジョン・クラシンスキーが演じる主人公は、意外としぶとい現代っ子気質で様々な問題に溢れる日常を何とかやり過ごし、観るものを何処までも"革新性"とは無縁の朗らかさで暖めてくれる。


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『お家をさがそう』
原題:Away We Go

3月19日ヒューマントラスト渋谷ほか全国順次ロードショー
 
監督:サム・メンデス
脚本:デイヴ・エガーズ&ヴェンデラ・ヴィーダ
プロデューサー:エドワード・サクソン、マーク・タートルトープ、ピーター・サラフ
エグゼクティブ・プロデューサー:マリ・ジョー・ウィンクラー=イヨフレダ、ピッパ・ハリス
撮影監督:エレン・クラス、ASC
プロダクション・デザイナー:ジェス・ゴンコール
編集:サラ・フラック、A.C.E.
衣装:ジョン・ダン
音楽スーパーバイザー:ランドール・ポスター
音楽:アレクシ・マードック
キャスティング:エレン・ルイス&デブラ・ゼイン、C.S.A.
出演:ジョン・クラシンスキー、マーヤ・ルドルフ、ジェフ・ダニエルズ、マギー・ギレンホール、アリソン・ジャネイ、クリス・メッシーナ、キャサリン・オハラ、ポール・シュナイダー、カルメン・イジョゴ、ジム・ガフィガン、ジョシュ・ハミルトン、メラニー・リンスキー

© 2009 Focus Features LLC.  All Rights Reserved.

2009年/アメリカ/98分/カラー/ドルビーデジタル/ビスタサイズ
配給:フェイス・トゥ・フェイス

『お家をさがそう』
オフィシャルサイト
http://www.ddp-movie.jp/ouchi/


(※)McSweeney's 最新号 Issue36
http://store.mcsweeneys.net/
index.cfm/fuseaction/
catalog.detail/object_id/f722fbbd-
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