『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈り物』

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他人の作品を愛した人生、そして、愛は巡る
star.gifstar.gifstar.gifstar_half.gif 鍛冶紀子

あのハーブ&ドロシーが再びスクリーンに戻って来た。およそ2,000点に及ぶコレクションを全てナショナル・ギャラリーに寄贈してから16年。彼らのコレクションは終わっていなかった......どころか! 以前にも増したスピードで増えつづけ、その数は4,000点以上に。前作『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』(08)で、「作品が引き取られたときは安心した。長年の問題が解決して肩の荷が降りた」と語っていたのに!

アート作品の安住の地は美術館であるという。厳密に管理された環境下で保管されるし、人の目に触れる機会も与えられる。散逸を防ぐ意味でもひとつのコレクションとして収蔵してもらえる意義は大きい。しかし、昨今の経済状況の中、美術館も経営が苦しいのが事実。閉鎖する美術館もあるほどだ。コレクションを増やせばその分管理費等々がかさむ。行き場の見つからないアート作品も多いと聞く。

4,000点以上にも膨れあがったヴォーゲルコレクションを前に、さすがのナショナル・ギャラリーもその全てを収蔵することは無理だと判断。担当の学芸員は会見の中で、コレクション点数が2,000点ほどだった時点で美術館側は全ての受け入れに不安があったと語っているから、ハーブ&ドロシーは16年前の段階で既に自分たちのコレクションが多すぎるゆえに行く末が安泰ではないことを知っていたはずだ。なのにコレクションを増やすことをやめなかった。いや、やめられなかったと言った方が正しいだろう。ハーブとドロシーにとって、生きることとコレクションすることはもはや同意義なのだ。これを人間の業と言わずして何と言おうか。

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頭を抱えたナショナル・ギャラリーは、クレス・コレクションを参考に、ハーブ&ドロシーのコレクションを50点ずつ全米50州の美術館に寄贈する一大プロジェクトを立ち上げる。収蔵先となった美術館は、5年以内に展覧会を開かなければならない。カメラは各州での展覧会の様子を中心に、収蔵作品の作者であるアーティストたち、そしてハーブ&ドロシーの姿を追う。

美術館を巡るハーブの姿に一瞬息を飲んだ。前作からその老いは格段に進み、私たち観る者は彼の人生の終わりが近づいていることを知る。歩行もままならないようで車椅子に乗っているのだが、その車椅子を押すドロシーの腰もまた、前作よりも格段に曲がっているのだった。思わずしんみりしていたら、スクリーンの中のハーブがゆっくりと車いすから立ち上がり、ガラスケースにしがみつくようにして作品を眺め始めた。それは彼が重点的に蒐集したアーティストのひとりであるリチャード・タトルの作品で、見つめながらハーブは「美しい青だ。すばらしい」とつぶやく。思わず目頭が熱くなった。

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前作のレビューでも書いたが、ハーブ&ドロシーの蒐集の様はアートへの過剰なまでの執着心と言える一面がある。「現代のおとぎ話」と語られているようだが、1LDKのアパートに数千点ものアート作品を押し込んだ暮らしはそんなファンタジックなものであるはずがない。しかし、自分のコレクションのひとつであったリチャード・タトルの作品に今なお新鮮な感嘆をもって「すばらしい」と見入るハーブの姿には、業や執着をはるかに越えたアートへの誠実な愛を感じる。そしてそのハーブの姿をリチャード・タトルは「コレクションの根底にあるのはアートに全力を注ぐ行為」と評する。互いにリスペクトしあう関係であることがわかる。作品を理解するためにはアーティスト自身を理解することが大事だと考えるハーブ&ドロシーは、数多くのアーティストたちと親交を深めてきた。二人に励まされて制作を続けたアーティストのひとりであるチャールズ・クロフは、「彼らに認めてもらえたことで、自分の人生は間違っていなかったと思えるんだ」と語る。

「50×50プロジェクト」には、さまざまな意見があったようだ。アーティストの中には反対意見の者もいた。ハーブも一カ所での収蔵を強く望んだようだ。でも叶わなかった。しかし、ドロシーは結果としてよかったと語っている。インターネットで全作品が観覧できることを「夢見たい」と言い、自宅でサイトにアクセスしては画像がアップされているかどうかをチェックしている。「これがわたしの次のプロジェクト」と語るドロシーのキーボードタッチは軽やかだ。

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そして時は過ぎ、やがてハーブはこの世を去る。「僕の人生はアート史だ」と言いきったハーバート・ヴォーゲル。残されたドロシーはある決断をし、新たなスタートを切る。「今度はシンプルに暮らすの」という言葉に、一瞬「もしや家を埋め尽くすアート作品に嫌気を感じることもあったのだろうか?」という考えが頭をもたげる。あの環境で暮らすのは容易でなかったはずだ。果たして?だが、そんなのは邪推に過ぎなかったことがエンドロールで明らかになる。スタッフクレジットが出たからと客席を後にせず、しかと最後まで観てほしい。

劇中、ハーブがかつて作品を「作る側」にいたことがしばしば語られる。これは憶測に過ぎないが、彼は挫折をもって「集める側」に回ったのではなかろうか。ハーブのコレクション熱の発端はここにあるような気がする。稀代のコレクターによる自己分析がぜひとも聞いてみたかった。晩年、かなり口数が少なくなっていたようだから、求めても語ることはなかったかもしれないが。

1LDKのアパートから全米へ羽ばたいていったヴォーゲルコレクションは、発見者であり持ち主であったハーブ&ドロシー・ヴォーゲルの名を後世に伝えて行くだろう。そして、ハーブ&ドロシーは本当のおとぎ話となり、彼らの姿を追ったこのフィルムは貴重な資料として彼らのコレクションとともに大事に保管されていくだろう。


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『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈り物』
英題:Herb & Dorothy 50×50

3月30日(土)より、新宿ピカデリー、東京都写真美術館ホール他、全国順次ロードショー
 
監督・プロデューサー:佐々木芽生
エグゼクティブ・プロデューサー:カール・カッツ、キャシー・プライス
撮影監督:アクセル・ボーマン
編集:バーナディン・コーリッシュ
音楽:デヴィッド・マズリン
アソシエイト・プロデューサー:山崎健
撮影:ラファエル・デ・ラ・ルス、エリック・シライ、イアン・サラディガ、モーラン・ファロン
モーション・グラフィックス:エナート・ガヴィッシュ、バート・モス、ドナ・プレナー 
出演:ハーバート・ヴォーゲル、ドロシー・ヴォーゲル、リチャード・タトル、クリスト、ロバート・バリー、パット・ステア、マーク・コスタビ、チャールズ・クロフ、マーティ・ジョンソン 他

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2013年/アメリカ/87分/カラー/デジタル
配給:(株)ファイン・ライン・メディア・ジャパン

『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈り物』
オフィシャルサイト
http://www.herbanddorothy.com/
jp/



『ハーブ&ドロシー』レビュー
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