『恋の罪』

浅井学
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渋谷・円山町のホテル街でマネキン人形と接合された遺体が見つかった猟奇的殺人事件。なぜ女は殺されたのか。ラブホテルのネオンと娼婦と詩とマーラー交響曲の調べ。90年代、渋谷で実際に起きたエリートキャリアOL殺人事件からインスパイアされオリジナルのストーリーとして生み出された、このダークで濃厚甘美なめくるめく園子温ワールドに泥酔した。

それぞれの闇を抱えた3人の女が交差する。猟奇殺人事件を追う女刑事・和子(水野美紀)は、優しい夫と可愛い子どもに恵まれた一見、理性的でバランスのとれた女性に思える。しかしそのバランスは強烈なサド気質の愛人との関係をつづけることでぎりぎり保たれていた(サドと言えば、『恋の罪』はマルキ・ド・サドの小説タイトルからきている)。
夫の前で貞操なセレブ妻を演じながらも空虚な日々を過ごす主婦・いずみ(神楽坂恵)は、息詰る"人形の家"に閉じこもる生活が耐えきれずスーパーのバイトをはじめたのをかわきりに、ひいてはアダルトビデオ出演まで、その抑圧的な人生の反動からか三段跳びで自己解放へ向かう。そしてやがては見知らぬ男を誘うまでになるが、そんな時に渋谷のホテル街で一人の女と運命的に出会う。
その女は、普段は大学助教授の顔を持つ美津子(冨樫真)。もちろん、経済的に何不自由もなく、容姿端麗な才媛であるが、夜には派手な化粧とコスチュームを身にまとい憑かれたように体を売る。いずみはやがて、その才能と狂気の二重性に惹かれていき廃墟でカラダを売るようになる。美津子は叱咤するように言う「わたしのところまで堕ちてこい」。美津子の抱える闇はさらに深く、事件のキモとなっている。
女刑事・和子は自らのこころの深層を探るかのように、"遺体"の足跡をたどり真相に迫っていく。やがて臨界点に達するその時まで、3人の女が生み出すカオスは膨張しつづける。激しく渇きを感じる女たちがからみあい、狂気と漆黒の闇に踊るその様は、ネガティブな感情よりもむしろエネルギッシュな生命力と解放感の喜びに満ちあふれている。観ているものの既成概念や日常性が揺さぶられつづける。

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この映画は3人の"女"の物語であるとともに、3人の"女優"のための映画である。『愛のむきだし』で開花した当時は無名の満島ひかりの例を挙げるまでもなく、恒例ともなった"女優・虎の穴"とも言うべき園監督による地獄の手ほどきで追い込まれた、女優達が「今まで目を背けてきた部分と徹底的に向きあい」(神楽坂)、役柄の人生を「全身全霊をかけて生き抜こう」(冨樫)と決意し演じきったその異様なほどの迫力は、観客の誰をも圧倒するはずだ。このスクリーンからほとばしるエネルギーこそが今世界中で賞賛される園子温映画の魅力そのものだろう。
先日、2012年日本公開が決定している『ヒミズ』は、ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門において主演を務めた染谷将太、二階堂ふみの二人が最優秀新人俳優賞を受賞するという快挙を達成した。園監督の演出手腕が現代映画において先端かつ極みに達したことを証明するできごととなった。
若き日に『俺は園子温だ!』という自主制作映画を世に問うてから26年あまり、もはやその映像を観るだけで、「これは、園子温だ!」と言わしめる、その圧倒的な個性とパワーをもった作品群は世界の映画関係者の注目を集めつづけるだろう。一、園子温ファンとしてもやや中毒的なまでに新作が待ち遠しくてたまらない。

さて、美津子がマーラー交響曲第5番 第4楽章を背景に円山町のネオンの光の中を徘徊する姿を、ヴィスコンティ『ベニスに死す』にて、その美しい第4楽章の調べとともに疫病が蔓延するベニスの町を孤独に徘徊する主人公アッシェンバッハの姿を重ねあわせるシネフィルの人も多いだろう。園監督は、旅先のギリシャの遺跡に佇みながら、街角で焚き火に妖しく照らされる古代ヨーロッパの娼婦たちを幻視し、その光景が現代の渋谷区円山町と重なって見えたそう。そんな時空を超えた幻想感を音楽と映像で見事に再現したようだ。
二度、三度とさまざまな角度から味わいつくしたい。


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『恋の罪』

11月12日(土)より、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
 
監督・脚本:園子温
撮影:谷川創平
照明:金子康博
録音:渡辺真司
出演:水野美紀、冨樫真、神楽坂恵、児嶋一哉、二階堂智、小林竜樹、五辻真吾、深水元基、町田マリー 、大方斐紗子、津田寛治、岩松了

© 2011「恋の罪」製作委員会

2011年/日本/カラー/35mm/144min/アメリカンビスタ/DTS-SR
配給:日活

『恋の罪』
オフィシャルサイト
http://www.koi-tumi.com/
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