『ザ・バンク 堕ちた巨像』

上原輝樹
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現在進行形で進化を続けるドイツ出身のトム・ティクヴァ監督(『ラン・ローラ・ラン』『ヘヴン』『パリ、ジュテーム』『パフューム』)の新作『ザ・バンク 堕ちた巨像』は、旬の俳優クライヴ・オーウェンを主演に迎え、『イースタン・プロミス』に続いての競演となるナオミ・ワッツと名優アーミン・ミューラー=スタールをバイ・プレーヤーに配した、まずは海外旅行気分すら味わえる快心の犯罪アクションに仕上がっていると言って差し支えないだろう。

旅の出発地点はベルリン、インターポール捜査官サリンジャー(クライヴ・オーウェン)は、メガバンクIBBCの不正の証拠を掴みかけた同僚の捜査官が目の前で何ものかに殺害され、危険な捜査にのめり込んでいく。フランス、リヨンのインターポール本部(※1)、サリンジャー捜査官のデスクは『大統領の陰謀』の記者のデスクさながら資料の山、壁は一面捜査の資料で埋め尽くされている。その人間臭さ故のサリンジャーの孤独な闘いが、IBBCルクセンブルク本社の巨大モダン建築との対比で浮き彫りにされていく。ニューヨーク検事局のエレノア(ナオミ・ワッツ)からの情報を得て、共にミラノへ渡ったサリンジャーだが、ここでもまた重要な証人が暗殺されてしまう、、、

映画宣伝当初のフレコミでは、メガバンクの国際犯罪を暴く社会派エンターテイメント、現在の金融危機を予見するかのようなタイムリーな映画、といったことが謳われていたが、物語が展開していくに従って、メガバンクの犯罪はフィクションの背景としてだいぶ後退していく印象。映画は、グローバル化した現代における、国境を超えた犯罪アクションの趣きを増していく。この後、舞台は本作のクライマックス、次から次に湧くように出てくる無尽蔵の刺客に襲われる"グッゲンハイム美術館での銃撃戦"が展開するニューヨーク、そして、最終地点のトルコはイスタンブールへと移っていく。

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当初期待された"社会派映画"感やタイムリー性は徐々に薄れていくものの、映画のつくりが素晴らしく、観るものを惹きつける上質なエンターテイメントに時間を忘れさせられる。ティクヴァ監督お得意の、"走る"シーンと群衆の俯瞰ショットが今回も効果的にストーリーに組み込まれ、多彩な登場人物の"顔"と各都市のモダン建築群が撮影監督フランク・グリーベのドイツ人らしい厳格なフレームワークに収まっており、登場人物が多く、複雑な物語を説明的にならず上手く映像に語らせることに成功している。また、ティクヴァ監督の作品を常に手掛けてきた、クリメック&ハイルのサウンドチームが監督との共同作業で今回も素晴らしい仕事をしている。無自覚に添え物的に音楽が流れたり、効果を狙い過ぎる感じがなく、引き算のサウンドデザインがストーリーテリングに奉仕すべく的確な効果を挙げている。

しかし、この映画、アメリカでの試写の段階では評判が悪く、2008年8月公開予定が2009年2月に延期され、その間によりアクション映画の側面を強調するための再撮影がなされたのだという(※2)。

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監督自ら、クライマックスの壮絶な銃撃戦の舞台となったニューヨークのグッゲンハイム美術館に因んで、タイトルは『グッゲンハイム』にするべきじゃないかと語ったとも伝えられている通り、アメリカ公開時のポスターやDVDのパッケージには、グッゲンハイムのあの印象的な螺旋階段がメインビジュアルに使われているのだが、どうやら、この"グッゲンハイムの銃撃戦"、再撮影の時に撮られたもののように思えてならない。マイケル・マンの『ヒート』の銃撃戦に次いで映画史に残るであろうこのシーンが、試写の時点で入っていれば、さらにアクション映画の側面を強調するための撮り直しが必要だとは到底思わないだろうし、この再撮影の期間と"グッゲンハイムの銃撃戦"の準備と撮影に掛けた期間(プロダクションノートによると約6ヶ月)が一致していることからみてもその可能性が高いように思われる(筆者の勝手な推測だが)。

いずれにしても、試写の時点では公開版よりも、アクション色が薄かったということは、メガバンクの不正を暴く社会派映画的な側面が強かったということだろう。経済アナリストの森永卓郎氏がコメントしているように「この映画は、もちろんフィクションだが、銀行の本質を描いているという意味では紛れもないノン・フィクションだ」という点がより明確だったはずで、そのノン・フィクション色を薄めるべくアクションシーンが加えられたという意図が実際に映画製作に働いたのだとしたら、本作で結果的にアクションシーンの影に追いやられた"メガバンクの犯罪"は、逆説的にますます不気味な信憑性を帯びてそのリアリティを獲得することになる。

そういう視点で本作を観てみると、様々な難局を乗り越えたトム・ティクヴァ監督の力量に感心させられると共に、多くの人間が関わる"映画"という表現形態の難しさに怖さを感じつつも、それゆえの魔力に改めて魅せられる思いがする。


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『ザ・バンク 堕ちた巨像』
The International

4月4日(土)
丸の内ピカデリーほか全国ロードショー

監督・音楽:トム・ティクヴァ
製作:チャールズ・ローヴェン
製作:リチャード・サックル
製作:ロイド・フィリップス
脚本:エリック・ウォーレン・シンガー
製作総指揮:アラン・G・グレイザー
製作総指揮:ライアン・カヴァノー
撮影:フランク・グリーベ
美術:ウリ・ハニッシュ
編集:マティルド・ボヌフォア
衣裳:ナイラ・ディクソン
音楽:ジョニー・クリメック&ラインホルト・ハイル
出演:クライヴ・オーウェン、ナオミ・ワッツ、アーミン・ミューラー=スタール、ウルリッヒ・トムセン、ブライアン・F・オバーン

2009年/アメリカ/117分/カラー/1:2.35/SDDS・ドルビーデジタル・ドルビーSR
© 2009 Sony Pictures Digital Inc. All Rights Reserved.
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

『ザ・バンク 堕ちた巨像』
オフィシャルサイト
http://www.sonypictures.jp/
movies/theinternational/












※1
インターポール
国際刑事警察機構(ICPO)の通称。国際犯罪の防止・解決のために、加盟国の警察により結成された国際機関。情報の収集と交換、捜査協力が主な役割で、最終的な身柄拘束(逮捕)はできない。
































































※2
IMDBより
http://www.imdb.com/title/
tt0963178/
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